第4話 ギルバートとの出会いと復讐の幕開け
「ねえ、今夜はギルバート様、来るかしら」
「今夜こそギルバート様に見初められたいわ」
「この前の集会は外れだったよね。長老ばっかでさ」
夜の控え室は、むわっとした香水と化粧の匂いが充満しており、昼間とは雰囲気も違った。
アリシア含め昼間と同じメイド服を着ている娘たちの他、胸元がざっくりとあいた衣装や、きわどいスリットの入ったドレスを身に纏っている女性たちもいる。
そういった格好の女給たちは、魔力もそれなりにある女性が選ばれているようだ。ここで働くためというより、有望な魔術師に見初められることが目的なのだろう。愛人狙いだったり、あわよくば正妻になりたいと……
たしかにこの島で女性が裕福な生活を手に入れるためには、それが一番手っ取り早い方法なのかもしれない。
(この島は、女性の立場が弱いから)
艶やかに着飾る彼女たちの生き方を否定するつもりはないけれど、魔術師の妻となることが、一番簡単に女性がのし上がれる手段というのは、不健全に思えた。
島の外では、女性が一国の王である国もあるらしいのに。
この国では女性が首領になることはおろか、魔術師の称号を得るのも難しいだろう。
でも、仕方ない。力がすべてのこの国では、どうしたって男性が有利になるのだ。
魔術には大きく分けて二種類ある。闇を司り攻撃性の高い黒魔術と、光を司り浄化の力を持つ白魔術。
どちらを使えるかは、主に性別できまる。稀に例外も生まれるが、基本的には男性は黒魔術、女性は白魔術の能力を持って生まれてくる。
そして力がすべてのこの国で、戦闘に向いているのは黒魔術なのだ。よほどの魔力差がなければ、白魔術で黒魔術師は倒せない。
それが、魔術師組織の上層部が男社会となっている事情の一つだ。
もっとも魔力を持たない男性よりは、白魔術が使える女性の方が優位となり、あくまで性別ではなく、この島では魔力こそが絶対なのだが。
「さあ、そろそろ宴の準備を始めてもらうよ。広間に出ておくれ」
部屋にやってきたリーダーの一声で、メイド服の女性たちが動き始める。
魔力のある女給たちが、雑用を手伝うことはないようだ。
「よう、アリシア。今日から夜勤デビューかい? がんばれよ」
バックヤードに入ると、料理長が笑顔で声を掛けてくれた。
昼間の顔馴染みを見つけ、少しだけ緊張が和らぐ。
無意識だったが、自分で思っていたより緊張しているのかもしれない。
(まだ、アノ男と対面したわけでもないのに。気持ちを静めなくちゃ)
「料理長、宴会の準備を頼まれたのだけど、なにから持って行けばいい?」
「夜の客層は大酒飲みが多いからな。とりあえず、そこに並んでる酒瓶は全部運んでおくれ」
まかせて、と返事をしたアリシアは、酒瓶の入った重たい木のケースを台車に乗せ、バックヤードを後にした。
その後、会場とバックヤードを何往復かして、酒瓶を全て運び終えたアリシアは、次の仕事を探すため足早に厨房へ向かっていたのだが。
「っ!」
「おっと……」
曲がり角で誰かとぶつかりバランスを崩したところを、腰に手を添えられ支えられる。
しまった、と思った。同じ従業員ならまだよかったが、自分を支えてくれている長身の男は、仕立ての良い黒のスーツを纏っている。
客人に……つまり、魔術師にぶつかってしまったのだ。
「ぁ……申し訳ございません!」
すぐに離れ距離を取る。運が悪ければ、罰を与えられる可能性もあった。
こんなことで、復讐のチャンスをみすみす逃すわけにはいかないのに。
「…………」
「……あの?」
相手の男は怒っている風でもなかったが、なぜか無言で見つめてくる。
ぶつかったのは、銀髪に紺碧の瞳がなんとも神秘的で、目を奪われるような美丈夫だった。
「いい目をしてるな」
「え?」
独りごちるような言葉に、どう反応してよいのか分からずアリシアは困惑した。
この島で自分のアメジスト色の瞳は、そこまで珍しくもない。まじまじと見られるような要素は、ないはずなのだが……
それ以上なにか言うこともなく、美しくも危険な色香を漂わせた魔術師は、アリシアを解放すると、何事もなかったように立ち去っていった。
魔術師の機嫌を損ねなくて良かったと、胸をなで下ろす。
そして、こんなところでぼうっとはしてられないと、気を引き締め直したアリシアは、仕事に戻ったのだった。
「ガッハッハ、もっと近くに来いよ」
始まった宴の席。厳つい腕で左右に座る美女を抱き寄せ、豪快に笑う男がいる。
写真でしか見たことがなかった、復讐相手のグレッグその人だ。
魔術師というよりか格闘家のように筋肉隆々の体格と、額にある古傷。いかにもあくどそうな顔つき。間違いない。
溢れ出そうになる殺気をなんとか押し込め、アリシアはギリッと下唇を噛み締めた。
まだ、だめ。焦ってはいけない。
アリシアは、落ち着いた素振りで各席を見渡す。
すでに現役を退いた長老と呼ばれる人たちが座る席が上手にある。
外れ席と呼んでいたコンパニオンもいたが、グレッグもいる下品で騒がしい下手席よりずっと落ち着いた雰囲気で接待が出来そうだ。
会話に知性が必要だったり、気難しいお年寄りのご機嫌を損ねないようにと気を張らなければならない分、下手席とは違う意味で気疲れしそうではあるが。
「ジェフリーさまぁ、今夜のお供は、わたくしを選んでくださいな」
「ギルバート様、お久しぶりです。お会いしたかったわ」
現役のトップたちが集う席は、やはり一番人気の席のようで、華のある女性たちで賑やいでいた。
(あ、あの人……)
先ほど廊下でぶつかった美丈夫を発見した。ギルバートと呼ばれ、隣の美女にしな垂れかかられても、つまらなそうに酒を飲んでいる。
ギルバートといえば、この島で実権を持つ魔術師の中でも、年若くしてナンバー3と呼ばれている男だ。
かなり破天荒な変わり者だとか、あまりよくない噂なら聞いたことがある。
そんな男にぶつかってしまったのかと、今更ながら血の気が引いた。
何事もなくてよかった。
「おい、酒がもうねーぞ!」
柄の悪い声音に、近くにいた女給が肩を竦める。グレッグが空瓶を振り回し、酒を持ってこいと騒いでいる。
「わたしが行きます」
「そ、そう? ありがとう」
ビクビクしていた給仕の耳元で囁くと、彼女は天の助けと言わんばかりに新しい酒瓶をアリシアに押しつけてきた。
落ち着いた足取りで、まっすぐにグレッグの元へ向かうと、アリシアは小さく深呼吸をした後、ついに彼へと声を掛ける。
「お待たせしてしまい、申し訳ございません」
そっと空瓶を受け取り新たな酒瓶に取り替えると、グレッグがこちらに振り向いてきた。
「っ!」
目が合った瞬間、記憶の中の姉をマネて清らかな微笑みを浮かべると、グレッグが息を呑むのが伝わってくる。
「おまえ、新人か?」
「夜の給仕は本日からです。なにか、不手際があったでしょうか?」
控えめに、そして少し不安げな表情で首を傾げると、グレッグは上機嫌に笑った。
「そうか。おい、おまえこっちに来い」
グレッグに隣の席から退けられた美女には睨まれてしまったが、無事彼のお眼鏡には適ったようだ。
「おまえ、名は?」
「アリシアと申します」
心の奥に滾る復讐の炎を隠し、清楚な振る舞いでアリシアは、復讐相手の隣に腰を下ろしたのだった。
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