第3話 夜の女給デビュー
魔術師たちが政権を握るノワールアイランド。
それが常人は住みたがらない、異端児たちが集められた曰く付きの島の名だ。
この島は、謂わば魔力を持った者を隔離する牢獄。
魔力を持たない大多数の大陸民にとって、異端の力を持つ者は同じ種族とさえ認識されない。その未知の力を恐れ、この地へ島流しにするのだ。
世界の片隅にポツンと浮かぶ掃き溜めのような島だと、大陸民たちは揶揄し差別する。
だから魔力を持たずとも、この島で生まれてしまった地元民は、迫害を恐れ結局この島からでられない。
アリシアも同じだ。聞けば少し力を持っていた祖父母の代からこの島の人間らしいが、両親も姉も自分も魔力を持たない、この島では下流と呼ばれる階級が住むC地区で育った。
島でも島の外でも肩身が狭く生きづらい。
それでもアリシアが島に留まっている理由は、ただ一つ。復讐のため。
ついに、ついに、それが実現する。
アリシアは、仕事帰り夕日で燃えるように赤く染まった海辺で足を止めた。
(チャンスは一度きり)
姉のハンナを殺した男は、魔術師の中でもナンバー2と呼ばれる人物の護衛を任されている魔術師。
下流のアリシアでは、こんな機会でもない限り近づくことは許されない存在だ。
ちなみに魔力を持っているからといって、全員が魔術師を名乗れるわけではない。
魔術師とは魔力を持って生まれた中の、さらに選ばれた者だけが名乗れる称号なのだ。
(大丈夫、何度も頭の中で繰り返してきたことを、実行に移すだけ)
何も怖くない。そう自分に暗示を掛けるように深呼吸して、アリシアは帰路についたのだった。
それから復讐が決行されるまでの一週間を、アリシアはいつも通り慎ましやかに過ごした。
先日の件がトラウマとなり、仕事を辞めてしまうのではと思われたベルも、元気を取り戻し出勤してきたことにほっとする。
そしてアリシアが夜の助っ人に選ばれたことを知ると、昇進ですねと喜んでくれた。
そんな彼女の笑顔を見るのも、これで最後だろうなと思うと少し寂しい。
復讐を決行すれば、返り討ちに遭うか、捕まって処刑されるだろう。成功しようと、失敗しようと命はない。
そんなこと、承知の上。姉を失い天涯孤独となったアリシアは、とうの昔にその覚悟が出来ている。
決行当日。
やはりこの日もいつも通りに過ごしたアリシアは、夜の支度をするため夕方鏡台の前に座った。
「お姉ちゃん、どうか見守っていて」
たった一枚しかない姉の写真が入れられたロケットペンダントを握りしめ、一呼吸置いてから身支度を始める。
ますは復讐相手のグレッグに近づくため、彼の好みの見た目にしなければ。
彼はハンナを一目見て気に入っていたと聞いてから、アリシアは短かったアプリコットブラウンの髪を、姉と同じ胸元の長さまで伸ばした。
それを、あの夜の姉と同じように、サイドの髪を編み込み後ろで纏める。
ハンナは化粧っ気があまりなくても透明感のある美人だったので、アリシアも透明感を演出できるような薄化粧を練習していた。
準備が整い、鏡の中に映る自分の容姿を確認する。
二十四歳だった姉の年齢にはまだ追いついていない。それでも、記憶の中の姉の面影と自分を重ね合わせてみれば、悪くないできなんじゃないかと思えた。
「よし……いってきます」
もう、二度と戻ってくることはないだろう、質素な部屋を振り返りそう呟くと、アリシアは迷いのない足取りでエデンへという名の魔境へ向かったのだった。
「店長から聞いているよ。アリシアさん、今日はよろしくね」
カフェに着くと、夜の給仕リーダーが笑顔で迎えてくれた。
夜の従業員とは殆ど接点がなかったので、初対面だった男性に挨拶を済ませ、今夜の仕事の流れを教えてもらう。
本日は事前の情報の通り、魔術師の中でもトップたちが集まる定例集会が個室で行われる。
その後、上層部のメンバーでのただの飲み会、元い懇親会が始まるらしい。
そこで昼間のようにただ給仕するのかと思われたが、リーダーが言うに隣に座るよう呼ばれたりすれば、それに従いお酌の相手もするようにとのことだった。
個人的に貰ったチップは、そのまま懐に入れてもいい。とにかく魔術師たちには逆らわず、望まれたことには最後まで従え、とのこと。
臨機応変な女給であれと、とてもオブラートに包まれた説明だったが、直訳すると夜のこの店は、売春斡旋のような仕事もしているのだろう。
どうりで仕事内容は謎に包まれ、給料は昼間とは比べものにならない破格と噂されていただけのことはある。
ちなみに、この島でも一応倫理上売春は禁止されているのだが、魔術師たちだけは特別扱いのようだ。
姉は、どこまでのことを仕事と割り切りしていたのだろうか。愛人になることを拒んだのだから、体は売らずにうまく立ち回っていたのかもしれないが。
自分は、そんな姉の苦労をなにも知らずに、のうのうと養ってもらうばかりだった……そう思うと、チクチクと胸の奥が少し痛んだ。
「まだ少し早いから。懇親会の準備が始まるまでは控え室で待っていて」
「はい」
アリシアは、従順な素振りで頷くと、昼間は使用していない奥にある控え室へと向かった。
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