第2話 訪れた復讐の機会
応接室から出てきた店長に事情を話し、泣きすぎて目を真っ赤に腫らし早退したベルの分も働いたアリシアは、夕方の退勤時間にはヘトヘトになっていた。
人が足りないこんな日に限って、客足は途絶えない。いつも以上に忙しい一日だった。
「やあ、アリシア。料理長からも聞いたよ、おまえが臨機応変に動いてくれたおかげで、大事にならずに済んだ」
くたびれた顔をした無精髭の店長が、退勤カードに時間を記していたアリシアに声を掛けてくる。
あのあと、店長直々にミレイユへ頭を下げに行き、なんとか怒りを納めてもらえたようだ。
「いえ、わたしはなにも。店長と、料理長のマカロンのおかげです」
「おまえは、気が利くし仕事も早い。普段から助かってるよ」
「ありがとうございます」
「……そこで、相談なんだが」
無精髭を撫でながら、店長の声のトーンが少し下がる。
いつものらりくらりしている彼が、真面目な話をするときの声音だ。
アリシアも、それを察して背筋を伸ばした。
「来週、夜の時間帯のヘルプに入ってくれないか?」
「え……」
思わず息を呑んだアリシアの反応を拒絶と捉えたのか、店長は大げさな仕草で両手を顔の前で合わせ拝んでくる。
「頼む! 先日また夜のほうの給仕が突然辞めちまってな。でも、来週は魔術師様たちの定例集会があるだろ? 人繰りが追いつかないんだ!」
「…………」
ここエデンは、昼はお茶やスイーツを楽しむカフェとして、そして夜は酒を飲みながら魔術師たちが会合を開くクラブへと姿を変える。
夜は、この島の権力者たちを相手にするため、昼間の働きぶりを見て、店長が信頼できると判断したものしか働くことができない。
つまり、アリシアは店長のお眼鏡にかなったというわけだ。
「もちろん夜の給金は昼より高いぞ! その分……リスクも高いけど、な」
「是非、やらせてください」
「そうか! はぁ、よかった~。なに、おまえなら大丈夫さ! 仕事もできるし、器量もいい。魔術師様に見初められて、愛人に昇進したりしてな、ははっ」
「ふふ、店長ったら。それは、ないですよ」
誰が魔術師なんかの愛人になるものか。そう内心で嫌悪しながらも、アリシアは笑っていた。
別に無理して愛想笑いを浮かべているわけではない。これは、心からの笑みでもある。
(ついに……ついに、この時が来た)
アリシアが、大嫌いな魔術師たち御用達のカフェで働いていた目的は、これだったのだ。
断るはずがない。
これが復讐の標的が来るであろう会合に紛れ込むことができる、唯一の方法だったのだから。
物心ついた時、すでに父はいなかった。
アリシアが赤子の頃、夜道で魔術師を乗せた馬車に牽かれ命を落としたらしい。
泥酔して自ら馬車に飛び込んできたというのが魔術師側の証言で、彼らはなんの罪にも問われなかった。
父は酒が弱く、泥酔するほど飲める人じゃなかったのに……母たちの訴えに、耳を貸してくれる人はいなかったのだ。
その後、母は女手一つで姉とアリシアを育ててくれた。けれど、アリシアが十歳の頃に、男と蒸発してそのまま行方知れず。今も生きているのか、それすら分からないが興味もない。
アリシアは、昔からお姉ちゃん子だった。七つ年の離れた姉は、アリシアのことを目に入れても痛くないと言うほど可愛がってくれたから。
アリシアが大人になるまでは自分が面倒を見ると、学校にも通わせてくれた。カフェ『エデン』で夜の給仕の仕事をしながら。
だが……そんな姉ハンナは、三年前に変死体で発見された。
美しく優しい自慢の姉の変わり果てた姿は、今もアリシアの脳裏に焼き付いている。
仕事帰りに強姦に襲われたとのことだった。犯人は未だ捕まっていない。
自警団は、犯人捜しに尽力するなんて言っていたが白々しい。
犯人は魔術師だ。数少ない目撃者を見つけ出し聞き出した。
カフェの仕事をするなかで、美しかった姉は、とある魔術師の男に目をつけられたらしい。
愛人になるよう強要されたが、姉は父を失った事情から魔術師が大嫌いだった。だから、拒んだ。それだけのことで、姉は命を奪われたのだ。
恥を掻かされたと黒魔術で火炙りにされ。
けれど目撃者の誰もがそれを黙認した。アリシアに真実を教えてくれた人も、公の場で証言してくれることはなく消息不明に。
魔術師の権威に怯え、誰一人証言しようともしなかった。
それどころか、魔術師の妻になることと引き換えに、犯人が有利になるよう偽証した者もいる。
それからというもの、アリシアは姉の敵、魔術師グレッグを同じ目に遭わせ復讐することだけを望み生きてきた。
そして半年前、ハンナと姉妹だったとはバレぬよう、姉とは違う姓を名乗りカフェへ潜入。
夜のクラブで給仕が出来るこの時を、今か今かと待ち望み、横柄な昼間の客への対応も涼しい顔で熟してきたのだ。
(お姉ちゃん、絶対に敵はとってみせるから。どうか、天国で待っていて)
ついにアリシアの、命を掛けた復讐の幕が切って落とされようとしていた。
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