第2話 「自己紹介」と「宝石」と

黒板に、白チョークで大きく名前を書いていく。

笹原美華(ささはらみか)

親が私にくれた一番最初のプレゼントだ。

「美しく華やかに」私はこの名前をとっても気に入っている。

「笹原美香っていいます!みんな、よろしくねっ」

振り返っておじぎして、生徒たちに心からの笑顔を向けた。

この小学校では一年生から六年生まで、五人の生徒が一つの教室で一緒に授業を受ける。

先生は、私と校長の三浦先生。今日は休みの保健室の先生、それと栄養士の方が一人、この四人しかいないらしい。

全校生徒が集まっているのに、教室はかなりの余裕がある。あと三十人くらいは詰められるかもしれない。きっと、昔はそのくらい生徒がいたのだろう。

しかし、あらかじめ生徒の数が少ないとは聞いていたけどまさかここまでとは…。

「先生、先生が邪魔で名前が見えません」

一番奥の席の、おそらく一番年上のメガネの男子生徒が手を上げて指摘してきた。

「ああっ、ごめんなさい!ええっと…」

右に避けながら生徒名簿を確認する。

「たかはし、りょうすけ」

「へ?」

「高橋亮介です。俺の名前」

「ーー!ご、ごめんなさいっ」

「……しっかりしてくださいね」

黒縁の、四角メガネをくいっと持ち上げた。

高橋亮介(たかはしりょうすけ)君。六年生。小学生というより、教員試験の面接官のような子だ。

「こ、これからよろしくね。高橋さん」

「なんでさん付けなんですか?あと、亮介でいいです」

「あっ。亮介くん、よろしくねっ」

「あははっ、これじゃ、どっちが先生か分からないわねぇ。今日から亮ちゃんが先生かしら?」

おさげの女の子が手を叩きながら笑っている。

亮介くんの前の席……。

山本瞳(やまもとひとみ)さん。五年生だ。見るからに明るそうで、このクラスのお母さん的な存在の子…だと思う。

「瞳ちゃん、いいすぎだよ。先生、こまってるよぉ、きっと」

隣の席でくすくすと笑っている。太眉で糸目で、おっとりとした印象の女の子。霜月千春(しもつきちはる)さん。同じく五年生だ。 

「そんなことよりさ、早く授業終わらせて給食にしよ!お腹空いたっ」

教卓の前の席でぴょこぴょこ跳ねている男の子は一年生、渡辺勇気(わたなべゆうき)君。小さな体で精一杯体を動かしていて、なんだか可愛らしい。うちの弟もこんな感じだったなぁ。今は見る影もないけど。

そして、

「…………………」

玄関で、校長先生の後ろに隠れていた女の子、勇気君の隣の席、井上栞(いのうえしおり)さん。三年生だ。朝出会ってから生徒の中で彼女だけ一言も言葉を発していない。

この五人が私のクラスの生徒たちだ。クラスの雰囲気は元々良さそうだから、先生の私が早く馴染めるようにならないと…。

「そうだ!まだ先生の名前しか教えてなかったねっ。なんか質問ある子はいるかな?」

「はい」

綺麗に手を上げたのは亮介君だ。

「好きな食べ物はなんですか」

「えーと、お寿司……特にマグロが好きです!醤油漬けなんて、もう最高ですよね。まぁ、先生はお金持ちじゃないから回転寿司にしか行った事ないけど…」

「そこまで聞いてません」

「あ、すいません…」

き、きびしいなー亮介君。

「はーい、はーい、次私たちー」

「えっ、瞳ちゃん、ホントに聞くの」

「だいじょーぶだって、ちはるん」

二人で手を繋ぎながら、はーいと元気よく上げてきた。なんだろう、嫌な予感。

「んー、何でも聞いていいですよー」

「せんせーって、彼氏いるんですかっ」

「え、彼氏……」

瞳さんと千春さんは楽しそうにキャーキャー騒いでいる。私の心中は全く楽しくない。

確かこういう質問ってぼかして答えなきゃいけなかったよね。

「えーと、募集中でーす」

「えー、つまんなーい」

お気に召さなかったようで、口を尖らせて文句を言っている。これで、セーフ。かな。

「給食ー!ハンバーグっ」

たぶん、勇気君は私に聞きたいことはないだろう。

強いていうなら今日の給食はハンバーグではなく焼き鮭とほうれん草のおひたしだ。彼が給食を目の前にしてがっかりする姿がありありと浮かんだ。

「他に質問、栞さんは……」  

コトッ。

え。

栞さんは教卓に白い縦縞模様の貝殻を置いて、何も言わずに自分の席に戻ってしまった。

「えっ、これは…」

「先生よかったじゃん、宝石だよ、それ」

「瞳さん、宝石って?」

「しおりんは友だちに貝殻をプレゼントするの。私たちも貰ってるんだよ」

机から巻き貝の貝殻を出して見せてくれた。

「しおりんの持ってくる貝殻って、みんなとっても綺麗なの。だから宝石って呼んでるのよ」

貰った貝殻を手にとって、じっくりと見た。

わぁ、すごい。本当に綺麗だ。

艶やかな貝殻に、所々ついたままの砂が教室の蛍光灯に照らされて輝いて見えた。

確かに、宝石に見える。でもなんで、出会ったばかりの私に……?

教室の窓ガラスからはどこまでも続く真っ青な海が見える。ふいに、手に持った貝殻から波の音が聞こえてくるような気がした。

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