第22話 逃げない 生きて仕事はする

 逃げない 生きて仕事はする


 常に、現実からは逃げて生きてゆけない。金がない、なら金を稼ぐしかない。借金は払うしかない。それを、淡々とこなしてゆく以外にない。

 二十七歳の私は、建築現場の日雇ひやといの土工仕事を毎日のように出て、日銭ひぜにかせぎ、また休日や雨天の日には、絵をえがいて、自分のやるべき仕事をしてゆく以外になかった。それが、私の生きる、であった。

 いま、五十八歳の私は、ひと通り、自分のするべき表現活動を終了し、あとは老残の身の上である。むかしなら隠居生活に入るところであろうが、現代では、そうもいかない。晴耕雨読は実現しそうにない。昔話しなら、めでたし、めでたし、となるところを、何時いつまでも舞台から退場できずに、ただ、舞台に立っている。

 私の、残酷な「逃げない、生きて仕事はする」は、また、ちがう意味合いで始まっているらしい。今度は、芸術活動ではなく、ただの、食って生きるだけの生活としての「仕事」で、まったく、気乗りがしない。しかし、ただちに死ぬわけにもいかぬので生きることを選ぶしかない。

 老齢期はつまらない。若い頃とちがって、もう、心が晴れ晴れすることはなく、ただ自らが滅んでゆくのをながめるばかりである。なにか発見があるとしたら、まだ見ぬからだの不具合、心の不具合を見るばかりで、若者を羨望せんぼう眼差まなざしでながめるしかない。老齢期では「逃げれない、死ぬつもりで仕事をする」である。




 

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