第21話 悲しいを いわぬ笑顔に 絹の雨

 悲しいを いわぬ笑顔に 絹の雨


 しっとりとしたさびしい心持ちのする詩句である。線の細い、華奢きゃしゃからだをした女性を思い浮かべる。

 この詩句を書いた頃、私の生活はすさみきっていた。日雇ひやとい土工の手配師は、五十年配の短軀たんく胡麻塩ごましおの坊主頭で、平然と、少ないデズラ(日当金)に100円付けたから、とうそぶいていた。そうう、心がこおる日常のなか、フィクションとしてすがりつくようにして出た詩句であった。

 だから、詩句の裏側は凄惨せいさんきわめていた。詩句をそらんじる口の底では呪詛じゅそに近い世界が広がり、目をおおうばかりだ。

 虚偽きょぎ策謀さくぼう嫉妬しっと偽善ぎぜん憤懣ふんまん、暴力、懶惰らんだが横行し、独善にひたっていた。恥を知らなかった。醜悪しゅうあくきわめていたのは、顔貌がんぼうだけにとどまらず、心底しんてい醜悪しゅうあくそのものだった。

 私は、良いひとにったことがなかった。この世で、一度も、ったことがない。以前も、今も、一度もったことのない、良いひとに、ってみたいと思っている。そう念じている。そう念じることが、今では生きている理由になり、生き続けることになっている。



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