第20話 生きて 生きて 生きて 生きぬく

 生きて 生きて 生きて 生きぬく


 夏の太陽のようにまぶしい。つらいときには念じたい詩句である。ときには、自分に暗示をかけるのも、いいかもしれない。

 私の場合、人生の大半はつらい、かなしいと感じられる時間が多く、詩句のように前向きに、明るくはなれない。あまりにつらく、かなしいから、自らを鼓舞こぶする言葉が、からだしぼるように出てきたのかもしれない。

 「生きて 生きて 生きて 生きぬく」の「生きて」は、つらさ、苦しさの第一章であり、次にくる「生きて」は、倍加した苦しみの第二章を表わし、最後の「生きて」は断末魔だんまつまの苦しみのなか、次の「生きぬく」に賭ける思いを表わしている。

 結局、ひとは詩句のようには生きられない定めである。生きられないからこそ、こう言いたいわけで、われわれは、何時いつでも、この詩句の反対側に走り込んでいる。一見、明るくほがらかなひとでも、光に影があるように、暗闇くらやみえることはない。

 私は、しかし、まだ、ほんとうの暗闇を知らない。ほんとうの絶望を知らない。今まで味わってきた苦しみ、悲しみは序章にすぎないと思われる。私は、それを知っているので、ほんとうの暗闇が恐ろしくて仕方がない。

 ほんとうの暗闇は、音のない世界、光のない世界、勿論もちろん、形もなく、重さもないだろう。私は、何もない世界が恐ろしくて仕方がない。その為、この詩句で武装しているのだが、もっとも、この詩句も私の恐怖には効果はなく、的外まとはずれな、滑稽こっけいな感じがある。またしかし、こんなものでも当てにしないとならぬ身の上はあわれである。


 

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