第19話 もっと よくばって生きていいんだ

 もっと よくばって生きていいんだ


 私には、欲がなかった。唯一、旺盛なのは睡眠欲だけで、食欲、性欲、ともに少なかった。これは人々と比べてとう意味だが、食欲、性欲は豊富な資金がないと満足できず、睡眠欲は貧乏していても不眠症にならなければ満足できた。そして、睡眠欲は社会生活に参加しないとう観点でも私向きであった。睡眠欲は人生を謳歌おうかするよりも、人生を閉鎖してゆくようにしむけ、死の方角に向かっている。

 生存欲は、生きていたい、そして、安全に暮らしたい欲である。それから、他人に愛され、関係を築きたい、他人から認められ自尊心を満足させたい欲もある。

 自己実現の欲望は、私にもあった。しかし、それは後付けの、取って付けたものであり生来の欲望ではなかった。社会のなかで自己実現を強制されていた側面があった。

 幼稚園を卒園するときに、将来の夢を強制された。私の夢は、警察官になることであった。そう卒園写真集の端に書いてある。もっとも、私の筆跡ではない。職員が書いたものだろう。小学校を卒業するときにも、将来の夢を強制された。今度は画家であった。私は、小学校の学科で図工だけが得意であった。だから、仕方なく画家と書いたと記憶する。このとき、私は画家になりたいわけではなかった。ぼんやりではあったが、子供の思慮でも画家が職業として成り立たないのを知っていた。

 私に、自己実現の欲望はなかった。ほんとうは、何もしたくなく、じっとしていたい。もしくは、この世から消えたい、死にたいのかもしれない。この人間の世の中は間違っていると思っていた。間違っている世の中で、間違いを犯す。耐えられないことである。この詩句は、今では私の気持ちの反語になっている。



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