第5話 生きるとは 死のうとするに にている

 生きるとは 死のうとするに にている


 追い込まれるようにいた建築現場の土工仕事は、ときおり建築廃材の錆釘さびくぎんで足をケガした。そううことが何度か続いて、気持ちが疲れると、自分が置かれている立場を、つくづくと考えた。錆釘だけではない、建築資材で手や腕、あしからだをぶつけて、あざができることはまれではなかった。また、たとえケガはなくとも作業での疲労度は、他の仕事にくらべて数段ひどかった。

 私は、元来、痩躯そうく虚弱体質きょじゃくたいしつであったから、土工仕事は四日続けて出来なかった。一週間のうち、六日仕事が出来ないからだであった。もっとも、四日続けると言っても、本来は二日もやればからだ草臥くたびれてしまって、一日休んでから、もう一日仕事に出て、また休み、とうように金にならなかった。ひと月に、十日も仕事に出ればよい方だった。まさにからだけずって、仕事をしている実感があった。

 また、後年、日雇ひやといの警備業をするようになって、数年すると、警備会社から勤務日数だけは正社員並みに、無理に仕事を入れられた。

 る日、私は風邪をひき、満足にからだを動かせなかった。この日も仕事が入っていて、警備会社に電話で欠勤を伝えると、電話口のむこうで、欠勤は事前に予定を入れてくれないと困ると言われた。急な人員じんいんの手配は出来ないので、無理にも出勤しろと言う。私は、ふらつくからだで駅の階段を上がり、下がり、電車に乗り、り革にぶらさがって、頭から血の気が引いていった。背中、わき頸筋くびすじにいやな脂汗あぶらあせが浮いた。朦朧もうろうとしながら警備現場に着いて、薄れゆく意識のなか時間だけが過ぎていった。こんなに無理をさせた警備会社の担当者は、数日後には勝手にめて、なくなっていた。私は、自分のために生きていない実感に支配された。他人に利用され、使い捨てにされる実感ばかりがあった。

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