第4話 空が ちゃんと青にみえない

 そらが ちゃんとあおにみえない


 この詩句は、作句した当時、私にとって観念的なものであった。しかし、後年、私は実感をともなって詩句を首肯しゅこうすることになった。首肯したとき、私は自律神経を失調していて、軽い物が重く、まっすぐな物がゆがんで見えていた。私の神経は狂っていたのだ。私は、にわかに社会の毒気にあたって壊れていった。

 三十歳になっていた。その時は、日雇ひやとい警備のアルバイト仕事で、車止くるまどめなどをしていた。この職種は、結局、私には合わなかったようだ。それがはっきりとわかったのは警備業をはじめて三年が過ぎた頃で、私は迂闊うかつであった。

 警備の仕事も、はじめた頃は、仕事内容も夜間に停車した大型ワゴン車のなかにいるだけのものがおもで、気楽であった。夕方五時頃に、高田馬場にある本社に出社して、車で中野区にある邸宅まえに行き、停車して、車のなかで座哨ざしょう警備をして、ときおり邸宅のまわりを巡回警備して、早朝に帰った。警備対象者への挨拶もなしである。二人ひと組の警備で、車のなかで交代で四時間づつ仮眠もとれた。それで、一回の仕事で一万三千円を貰っていた。

 併し、いつの頃か警備仕事も安楽な車輛を使った警備だけではなくなり、大手銀行等での内装改修工事にともなう工事関係者の出入管理業務や、銀行の営業時間内における商業スペースでの立哨りっしょう警備もやらされた。警備服着用のまま来店客に「いらっしゃいませ」の挨拶もさせられ、冷汗がでた。

 勿論もちろん、私の心づもりは、警備は日雇いの気軽な仕事をするために選んでいたはずであったが、姑息こそくな会社の奸計かんけいで難しい仕事もやらされるようになった。私は、大勢の人前に立つ警備は苦手で、やりたくないが日銭ひぜにかせぐためには仕方がなかった。






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