no46...ベネッサの嘆き

 魔法陣から這い出た黒いゾア・スライムは、ズモモモと大きくなり、二メートルくらいの巨大なサイズになった。


「飛べ! ゾア・スライム!」


 ベネッサが指示を出すと、黒い巨大スライムは魔剣カグラの上にジャンプした

『このスライムで妾を倒すと申したか? 笑わせてくれる。ほれ――《万物分断》』


 魔剣カグラ・リナティスが飛んできたゾア・スライムに向かって一閃。空中で、ぱかっとスライムは真っ二つに別れで、べちゃっと地面に落ちた。


(ですよね?!)


『もういい。茶番も飽きた。貴様らを殺し……?!』


 二つに割れたゾア・スライムは、突然ギュッとまた集まり魔剣カグラを飲み込んだ。 ゾア・スライムの中で逃げ出そうとするリナティスだったが、時すでに遅し。ゾア・スライムの粘着質は浮遊などのスキルでは脱出できないらしい。


「ベネッサ様! もう十分です!」


「まだダメよ。リナティスはこれくらいでは……うっ」


 なんだかベネッサすごく辛そう。ルインも慌ててたし、なんかデメリットあるモンスターなのか? リナティスが対応出来ないくらいだもんね。


『小僧。なぜベネッサは苦しんでいるのだ』


「だ、誰だ?! まさかこの剣……?」


『いまは事情を説明している暇はない』


「……っ、わかった。このゾア・スライムは、第八領地ワートリンデの研究所で生まれた。新種のモンスターだ」


 ルインの話によると、《物理ダメージ無効》《魔法ダメージ無効》《分裂》《結合》《溶解》《粘着》のスキルを持つモンスターで倒すことが出来ないと言う。当時、第八領地ワートリンデはゾア・スライムによって領地の半分を溶かされたところを、ベネッサにテイムしてもらい事なきを得たらしい。


 通常、テイマーが呼び出したモンスターを使役するために術者は餌として魔力を差し出すが、ゾア・スライムの餌は術者の寿命を必要とするらしい。


(え! やばいじゃん! ベネッサもういいよ! リナティスきっと溶けてドロッドロになってるよ! ベネッサの寿命が無くなっちゃうよ!)


「いいんです。私の命など……。民の安全に比べれば……」


 ゾア・スライムはグニョグニョ動いているが、本体が真っ黒なので魔剣カグラがどうなったのかわからない。


「ベネッサ様ー!」


 無事だったリルト、ティナード、ネルフィム様が護衛騎士と共に駆けつけてくれた。ネルフィム様だけは様ってつけちゃうなー!


「フェ、フェルリオル王子……。これは酷いな……」


 ティナードが倒れてる王子の側に寄ると、驚愕の表情をした。それもそのはず、フェルリオル王子は右腕はなく心臓を貫かれ血塗れの姿だ。


「ひ、ひどい怪我……。そうだ。ベネッサ様。これを……」


 ネルフィム様が懐から出したのは、赤い小瓶だった。ベネッサの代わりにルインが受け取ろうとしたが、それをネルフィム様の護衛騎士が止めた。


「ネルフィム様! それは領主メア・ドラストリアが、もしもの為にと持たせたドラストリアの秘宝【女神の雫】ですぞ?!」


「王子が瀕死なのよ! 今使わなくて、いつ使うのよ!」


 ネルフィム様は護衛騎士を突き飛ばすと、王子へ駆け寄った。その痛ましい姿に一瞬怯むと、女神の雫の蓋を開けた……その時だった。


 ガギュン!という音と共に、視界の端にいたゾア・スライムが粉々になった。


 その光景を見て、その場にいた全員が咄嗟に身体を伏せた。それは、先ほど群衆が上下に半分こされた恐怖からだろう。その判断は正しかった。


『 《万物分断》 』


 紫の閃光が光ると、判断の遅れた護衛騎士の何人かが、下半身と別れを告げた。


「カルナセシル!」


 ルインが叫ぶよりも速く、《万物分断》を避けたカルナセシルが魔剣カグラへと走っていた。カルナセシルの向かった先――。消えたゾア・スライムのいた場所には、刀身がボロボロになった魔剣カグラが浮いていた。そこへカルナセシルの奥義が炸裂。


「奥義――フェルト・ブレード!」


 風魔法を得意とするカルナセシルが、高速移動から繰り出す渾身の一撃。ボロボロの魔剣カグラが少し欠けた。


「くっ……! なんて硬さ……」


「どけ! アクア・レイ!」


 ティナードがカルナセシルの影から飛び出してきて、ゼロ距離で水のレーザービームを魔剣カグラには当てた。確実にダメージは与えてる。


「ネルフィム!」


「いくよ! 焔えろ! クリムゾンフィスト!」


 続いてネルフィム様のファイヤーパンチ炸裂! 意外と武闘派だったのね! かっこいい!


「リルト様!」


「ハァァアア! ダイヤモンド・スラッシュ!」


 白銀の剣でリルトが斬りかかると、魔剣カグラの刀身が一部欠けた。ゾア・スライムの分解スキルで弱った魔剣カグラには、みんなの攻撃が確実に効いている。でも、嫌な予感がする……。嵐の前の静けさとでもいうか……。静寂が訪れる死刑場に、リナティスの声が響き渡る。


『目障りだ……。《クリムゾンフレア》+《ブリッツボルト》+《アブソリュートエンド》』


 魔剣カグラから放たれた超高熱の熱風が、雷撃が、氷柱がみんなを襲い、四人が弾き飛ばされた。


「み、みんな! ぅ……」


「べネッサ様!」


 ゾア・スライムを召喚した影響が強いみたいだ。ベネッサは立つこともままならないらしい。まずい。魔剣カグラのダメージが修復されていく……。


「……ベネッサ様。貴女にお仕え出来て幸せでした。貴女だけでも、お逃げください……。さようなら!」


「ルイン?! ルイーーーーン!」


 ルインはそれだけ言い残すと、王子の折れた剣を拾い魔剣カグラに向かって走り出した。


『ふむ。千年も経つと新たなモンスターやスキルが出るのだな。其方らを侮るべきではない事は理解した。そろそろ消えてなくなれ――』


「ベネッサ様には指一本触れさせん!」


 無謀にも、ルインが魔剣カグラへと斬りかかった。勝てる見込みなどない。


 ベネッサが逃げる時間を少しでも稼ぐ為に飛びかかったのだ。戦力にならないルインが攻撃したところで、その行為に意味がないのはルインが一番分かっている。

 それでもルインに出来ることはこれしかなかった。ベネッサの命を一秒でも伸ばす。それがルインに出来る最大限の奉仕だった。


『素晴らしい忠誠心だこと。まとめてあの世に送ってやろうぞ――《万物分断》」


 紫色の閃光に周辺が包まれていく……。このままだとルインを含め、ティナードやリルト、ネルフィム様も――。


「だめ! やめて! 誰か! 誰か……。涼音さん助けて! 交代〈スイッチ〉!」


 ぐわっと押し出される感覚で、私はベネッサと入れ替わった。


「届け! 蜘蛛糸!」


 散々使ったスキルだ。今では私の意のままに操れる。

 蜘蛛糸が倒れているティナードを、リルトを、ネルフィム様を、カルナセシルを、泣きながら魔剣カグラに殴りかかってるルインを、《万物分断》の範囲外へ一瞬で引っ張り出した。


(うぅ、涼音さん……ぐす。ありがとう……)


『其方、何者だ』


 戦い方が変わった私をリナティスは警戒した。


『……先ほどの娘ではないか? 別の魂を感じる』


 リナティスの声に警戒色が混じった。


 それもそのはず、いままでベネッサは一度もカグラを構えていない。もしかしたら、リナティスは神剣カグラを恐れているのかもしれない。


「私は宮森涼音。ちょっと訳あってベネッサの中に住んでる者だよ」


(ぐすん。ありがとう、ありがとう……涼音さん……)


 ベネッサはずっと考えていたのだろう。この国の事は自分達でなんとかしようと。でもカグラだって関係ある。私だって……少しは関係ある。気がする。


「魔剣カグラ・リナティス。あんたに言いたい事がある」


『ほぉ、何だ?』


 それに、私にだって許せないことがある。私は神剣カグラを、魔剣カグラへと向けた。


「あのさ――。あんた、何ベネッサ泣かしてんのよ」


――配信累計時間:11時間15分


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