no29...フェルリオル王子

 その日の夕飯には、本当にたくさんの料理が並べられて楽しいひと時を過ごした。

 しかし、食事を終え寝室へ向かう私をルインが止めた。


「ベネッサ様。実は今夜、面会の依頼が入っております」


 夜に面会など、貴族ではなくても非常識だ。誰だろうか。


「私と面会したいのはどなたですか?」


「少々お待ちを……」


 余程聞かれたくないのか、ルインは扉がちゃんと閉まっているのか確認すると、辺りを気にするそぶりをしながら、小さな声で囁いた。


「それが……。フェルリオル王子です」


「え……」


 予想外の回答に、思わず変な声が出てしまった。王子が私に会いたい? なんのために? ネルフィム様と間違えておりませんか?


「ベネッサ様が囚われている間に、間者を挟んで連絡がありました。どうもベネッサ様とその……今日の夜、二人だけで会いたいとの事です」


「今日? 夜? 二人?!」


「お、お静かに……」


 夜に王子と二人だけで密会……。

 それってやっぱり、そういうことよね?

 まさか王子が私のことを……?

 そんなことあります?


 王子とは何度か会ったことがあるけど、そんな素振りは今まで無かったわよ? 生まれてから一度も好きな人が出来たことの無い私には、【夜に二人で密会】などという言葉は刺激が強すぎます。ど、どうしよう……。


 私はドレスの裾をギュと握りしめた。


「ベネッサ様? 聞いていますか?」


「え? き、聞いてるわ。フェルリオル王子の事は、お父様には言ってないわよね?」


「もちろんですよ。知れたらとんでもない事になります……」


「助かったわ。ありがとう」


 普段から王子との結婚なんてありえない。と言っていた私が、王子と密会をしているなんてことが知れたらどうなるか……。お父様の事だから何を言い出すかわからないわ。


「明日の夜か……。ルイン、詳しい場所は?」


「その時になったら伝えるとの事です」


「そう……。カトリーナ、シファ聞いていたわね。準備は怠らないで」


「はい、かしこまりました」


 カトリーナがニコニコと嬉しそうに私を見ている。たぶん、先ほどお父様が話に出たローゼリア様の事を思い出せと、言ってる顔ね。


 この国のルールに『王子と結婚出来るのは、王子が成人する年の領主会議で第一領地の娘』という決まりがある。だが、これには例外が存在する。


 それを実行したのがローゼリア様だ。


 彼女は王子が成人する前に、王子の子を身籠ったのだ。それはそれは各領地からの反発は激しいく、戦争になるのではと噂された程だ。


 しかし、国は……。王はその結婚を認めた。前例を作ってしまったのだ。それからというもの、成人前の王子に対する守りは、とてつもなく硬くなった。


「あのー、ベネッサ様。夜の密会とはいえ、王子と間違いは起こさないでくださいよ?」


「な、何も起こらないわよ!」


 はぁ、夢を見過ぎよ。いくらなんでもそんなことは起こらないでしょ。……たぶん。


 密会という言葉で、ドキドキしていたけど……。私はマグルディン様がコックと話していた毒殺計画について、王子にリークすべきか悩んでいた。


 王族のマグルディン様を告発するなど、宣戦布告も甚だしい……。しかし、あれが王子の指示だったのか。それだけでも聞くべきだと思っている。もし王子の指示であったなら、私はフェルリオル王子を許すわけにはいかない。 例えフェルトグランが滅びることになっても……。


 コンコン。


その日の夜。ベットで寝ていると、ノックの音で飛び上がった。


「ベネッサ様。カルナセシルです。王子から連絡がありました。すぐに準備を」


 こんな事もあろうかとドレスで寝ておいてよかった。多少シワになってしまったけど、仕方ない。羽織るものを手に取ると、慌ててドアを開けた。


「こちらです」


 ドアの向こうで待っていたルインとカルナセシルの後をついて領室を出ると、二人に守られながら静まり返った領塔の中、階段を上へ上へと登った。


 最上階へ着くと、そこは屋上への階段と初代王妃の肖像画が飾ってあるだけで、何もない空間だ。灯り取りのために開けられた穴から、月明かりが差し込んでいる。


「王子はどこですか?」


「ベネッサ様。初代王妃の肖像画の左の瞳に触れ、側近は周囲で待機とのことです」


「肖像画の瞳……?」


 本当にフェルリトル王子がそんな指示をしたのか、少し半信半疑になりながらも、ルインのいう事に間違いはないのだろうと、初代王妃の肖像画の左の瞳に手を触れた。


 その時だった。


 触った左目から淡い青色の光が溢れ、目の前が光で覆われると共に、私は肖像画の中へ吸い込まれた。


「ベネ……」


 一瞬だけ聞こえたルインの声も聞こえなくなり、光が収まると、私は見知らぬ薄暗い部屋へと転移していた。


 やや埃臭いその部屋の内装は、王族が使う様な調度品に囲まれた豪華な部屋で、大きな天蓋付きのベットと……。簡易的な風呂場が設置された怪しさ満点の部屋だった。


「ここは……?」


 こんな隠し部屋があるなど聞いたこともない。しかし、明らかに逢瀬を重ねるためにあしらわれた部屋なのか確かだ。


「久しぶりだね。ベネッサ、手荒な呼び出しとなってまい、すまない」


 透き通る様な男性の声にビクッと身体を震わせ視線を向けると、部屋の隅の暗がりに置かれた豪奢な椅子から、フェルリオル王子が立ち上がった。


 王子とは約一年ぶりの再会だったが、中央の旗色である白い宮廷衣に身を包み、さらさらの金髪と女子の様な小顔に、エメラルドグリーンの鋭い瞳が映える王子は、以前よりカッコよくなっていた。私はすぐに膝をついて頭を垂れた。


「第二領地フェルトグランが当主、レオス・ユーリーンの娘。ベネッサ・ユーリーンです。お会いできて光栄です。フェルリオル王子」


 片膝をついた私を見るなり、フェルリオル王子は私に駆け寄って手を差し伸べてきた。


「そのようなことはしなくてよい」


「王子……?」


 差し出された手を取らないわけにはいかず、手を置いて立たせていただくと、王子は罰の悪そうな顔をした。


「二人しかいないのだ。その様な挨拶はいらぬ」


 私の知るフェルリオル王子は、立場を重んじる反面、自分にも他人にも厳しい方のはずだ。領主候補生とはいえ、私と王子の身分の差を考えると、二人きりだろうが礼儀を欠くことは出来ない。


「この様な場所に呼び出して悪かったな。私も自由に動くことができぬゆえ……」


「いえ。王子の警護が固いのは重々承知です」


「そうか」


 ローゼリア様の一件から、王子の側近は護衛騎士も含めて十人を超える。就寝中とはいえ、なにかあればすぐにでも側近が飛んでくるはずである。どうやってこの場に……。


「あの、ちなみにこの部屋はいったい……」


「ここは、私の寝室と転移結晶で繋がった隠し部屋だ」


 転移結晶とは、いまだに数個しか見つかっていない超希少な鉱石で、共鳴し合う転移結晶同士は転移が可能と聞いたことがある。恐らく領塔最上階の初代王妃の肖像画の左目が転移結晶になっていたのだろう。


「そして、ここは私の祖母ローゼリアが、祖父と逢瀬を重ねた場所でもある」


 やっぱり。どうりでそれ専用の部屋っぽい作りになってるわけだ。普通、部屋の中に風呂などない。ここでローゼリア様が……。気まずい。こんな部屋に私を呼んでおいて、王子は私に何を求めているのだろうか。やはりそういう展開なのだろうか。


 聞くのが怖いけど、聞かないわけにはいかない。


「あの、王子。なぜここに私を……」


 話しかけると同時に、王子がスッと一歩近づくと、私の肩を力強く掴み――。


 私はベットに押し倒された。


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