no27...事件のその後
――「ベネッサ・ユーリーン。出ろ、釈放だ」
舞踏会での騒動の後、気がつくと私は牢屋に入れられていた。本来貴族用の牢屋は、鉄格子があるだけで普通の客間と変わらないが、私は平民用の暗くて臭くて寒い地下の牢屋に押し込まれていた。
平民用の牢屋を担当するのは平民だ。それゆえ平民用の牢屋に連れてこられた私の扱いは、ここ数日ろくな食事も与えられず酷いモノだった。
「釈放? 私の容疑はどうなりましたか」
「うっせーな。俺たち平民が知るわけねぇだろ! ぺっ」
「ッ……」
彼の他にもこの牢屋を任せれている平民の兵士は何人かいるが、誰も彼も同じような態度だった。税を集める貴族相手に、不平不満を抱かない平民などいない。
無言のまま男に着いて行くと、簡素な引き取り場にはお父様にお母様。ルインとシファ、そしてカルナセシルが待っていた。
「ベネッサ様! ……?! そのお姿は……?!」
「ベ、ベネッサ?! どうしたんだ?!」
舞踏会の衣装のまま、血塗れでろくに手当のされていない私の痛ましい姿を見て、ルインとお父様は怒りで手が震えた。
「貴様! 彼女は第二領地フェルトグランのベネッサ様だぞ! わかっているのか!」
私をここに連れて来た兵士に、お父様より速くルインが詰め寄ると、ヘラヘラと笑いながら兵士は答えた。
「へぇそうですか、それは申し訳ありません。手違いがあったようで一般牢に送られてきましたので、平民と同等の対応になりました」
「て、手違いだと?! ベネッサ様のことを知らぬわけないだろうが!」
恐らく毒殺を阻止した腹いせに、マグルディンあたりが手を回したのだろう。陰湿なことだ。ただ、ここで異議申し建てしたところで揉み消されるのがオチだ。
「ルイン、お父様。私は大丈夫です。些細な手違いでしょう。それよりも領室で着替えと、あの後どうなったのかお聞かせいただきたいです」
「お前がそう言うのなら……」
ルインもお父様も当然納得はしていないけど、私と同じ考えに至ったらしい。ここで騒いでも何もないと。
「とりあえずお前は無罪となった。そこは安心していい」
無罪? 確かにさっきの兵士も釈放と言っていた。私はてっきり裁判場にでも連れて行かれるのかと思ったが、一度も取り調べなく無罪? 判断が早いだけではない。異常だ。
状況証拠から私が毒殺犯ではないと判断されたとしても、モンスターを呼び出したのは私だし、立派な犯罪行為だ。
それを取り調べなく二日で無罪?
何か私の予想できない事態が起きていることは確かだった。ルインから受け取ったコートを羽織ると、私たちは領室に向かって歩き出した。
◇◆◇
「まぁ! お嬢様! なんて姿で!」
領室の扉をルインが開けて、部屋の中に入るとカトリーナが出迎えてくれた。
「カトリーナ? どうしてここに」
「どうしたもこうもありませんよ! お嬢様が捕まったって言うじゃありませんか! もう心配で心配で!」
「ありがとう。もう大丈夫よ」
「大丈夫じゃありませんわ! 冤罪の上にこの仕打ち! お嬢様が命じれば例え王だろうと、討ち取ってみせます!」
領室とはいえ、不穏な発言は控えて欲しい……。
私は、興奮するカトリーナを宥めると、ネルフィム様の血で塗れたドレスを脱ぎ、カトリーナ、シファ、カルナセシルに手伝ってもらい湯浴みをした。
身体を調べると、取り押さえられた時の擦り傷はほとんど残っていないが、ネルフィム様の護衛騎士に殴られた額の傷だけが生々しく残っている。
「回復魔法よりも、こっちを使いましょう」
湯浴みを終えて着替えた私に、そう言ってお母様がルピシアの秘薬という高価な回復薬を出してくれた。
回復魔法は無理やり怪我を治すため、怪我の具合によっては痕が残る場合がある。この秘薬は痕が残りにくいと有名な薬だ。
「うん。綺麗に治ったわね。痕が残ったらどうしようかと思ったわ」
「ありがとうございます。お母様」
お父様と違って、お母様は私の自主性をすごく大切にしてくれる。悪い言い方をすれば、放任主義だ。
しかし、さっきカトリーナに聞いたところ、私が捕まったと聞いた時は「そんな事する娘ではありません!」と中央の騎士団に抗議し、証言や検証結果から私が冤罪だと分かると、お父様が引くほどお母様は暴れていたらしい。私にはそんな素振り見せないけど、ちゃんと愛されてると実感した。
お母様の側仕えとシファに手伝ってもらい予備のドレスに着替えると、私達はお父様とルインの待つ談話室へ戻った。
「おお、ベネッサ! 傷も治ったみたいだな。あぁ、よかった」
談話室に降りると、お父様とルインが待っていた。テーブルに用意された食事を口に運ぶと、この二日間ろくなものを食べさせてもらえなかったためか、やたら美味しく感じる。
「ルイン。あの後、何が起きたのか聞かせてくれる?」
「はい――」
軽食を食べながら聞いていると、ルインの報告はやや信じられないものだった。
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