第3話 楽しみ
不審人物としてボコボコにされた青年が回復するのに、あまり時間は必要なかった。
彼の看病を申し出た使用人が、彼の幼馴染だったからだ。
聞けば、恋人同士なのだと言う。
メイドとしてここで働いているメリーは、前領主の時代から屋敷で働いているメイドだ。前領主時代に幅を利かせていたものたちは、ことごとく不正に関わっていた。
その人手不足も悩みの一つだったのだが、実家に相談したら不思議なことに不審死が相次いでしまった。
謎の事件に巻き込まれることなく、一生懸命働いていたメリーは現在ではメイドたちを指導する立場だ。
その彼女が彼の身元を保証してから、屋敷内の警戒が一気にやわらいだ。
どうやら、新しい領主は巷ではそもそも信用がないらしい。
ひどくない? とショックを受けつつも、理由を聞くと何となく気持ちは理解できた。
冒険者としては中堅だが、領民が知ってる俺は基本的に酒場で飲んだくれてる。たまに広場で大道芸で金をもらっていたり、後ろ盾があるのは理解しているが領主になったら俺も税金で遊びほうけるんじゃないか?
そんな心配をしていたときに、仕事もせずに毎日毎日と広場で遊んでいる領主の話を聞いて、恋人の職場環境が不安になり青年は領主を監視していたという。
「アーサーは、本当に私とこの街のことが心配だったんだと思います」
「いいよ、メリーはアーサーの意識が戻るまで休み――」
なぜか選挙後も領地に関わってくるわがまま王女がこういう時は『有給休暇』ってのを出すと良いって言ってたな…。
思い出し、あまりの信用のなさにショックを受けつつも、青年――アーサーを看病するメリーに少しの休日を与えることにした。
「――有給休暇だ!」
前領主の時から、屋敷の使用人にはほとんど休みがなかったという。
俺が領主になってからは休んでもらっているが、王女さまからすれば『ブラック』だとかなんとか。
こうしてアーサーのことはメリーに押し付けて、俺はアーサーが必死にメモしていた書類を眺める。
捕縛された彼の荷物に入っていたものだ。
まとめられたメモには、街の問題点、俺が広場でした発言の要点が分かりやすく要約されている。
メリーが彼の弁明をする時に、学校でも優秀でと言っていた。
アーサーは領地がもとめる『優秀な官僚』なのではないか? 翌日、俺はメリーにいくつかの回復薬を渡した。
彼女はとても感動していた。
こんなことで使用人からの株があがるんなら安いもんだ。
回復薬をいくつも消費してすぐに、アーサーは目を覚ましたと報告を受けて、彼が休んでいた使用人用の部屋から泣く声が聞こえた。
「どうした!?」
扉を開けると、……さすがに俺でも分かる、二人だけの空間が広がっていた。
メリーは嬉しそうにアーサーを抱きしめている。そんな二人が、ぎょっとした顔で俺を見つめていた。
「お、お邪魔しましたぁ……」
よし、仕切り直そう!
扉を閉めようとすると、涙をぬぐいながらメリーが扉を開いた。
「領主さま、お話が……」
この雰囲気で!? 地獄だろ……。
しかしそれを表情に出すわけにも行かない。
「わかった」
返事をしつつ、差し出された椅子に座る。改めてアーサーと対峙する。
その前に、聞かなければいけないことがある。
「なんでメリーが泣いているのか聞いてもいいか?」
「領主さま、なんでもないんです!」
メリーは頬を赤らめている。
「傷が癒えたら結婚しようという話になりまして……」
その言葉に二人とも俺から目をそらす。
この空気で、領主としての駄目さを指摘されるのか……? 大体はメリーの説明と、アーサーのメモから予想はできている。
なんて憂鬱なんだ……。
「二人の結婚は祝福するとして、アーサーが屋敷に忍び込もうとした理由を聞かせてもらおう」
既に死線をくぐったからか、彼は言葉を柔らかくすることはなくドストレートに領主批判、領地の問題点を語った。
「領主さま、あなたの称号は『詐欺師』ですか? それともスキルが『大道芸人』?」
「……『トリックスター』です」
しょんぼりと返答する。
広場での演説が人々に親近感や興味を持ってもらいやすいが、威厳が無さ過ぎて不安になるという話で、スキルの話になったのだ。
ちまたでは王女の犬だとか、隣国のスパイだとか、そんな噂まであるらしい。
「聞いたことがないスキルですね……。どのような効果を持つのですか?」
「さぁ……スキルとしては詐欺師なんかと同じだと言われたことはあるけど……」
アーサーは少し考えるように自分の資料を眺める。
「少し調べる時間をください」
「ああ、傷が治るまでこの部屋を使うと良い」
結論として、アーサーは傷が癒える頃には使用人たちと打ち解け領地の官僚として採用されることになった。
この領地は不測の事態が日常茶飯事だ。
選挙の一件以降、わがまま王女さまのスキル『天啓』による突拍子もない話の実験場になっている。
異世界の知識を夢で受け取るだとか、本来であればそんな話を真に受ける人間がいるはずはない。
だが、親兄弟に愛されている王女さまのアイディアは「神童」だともてはやされ、そのアイディアを検証する場所が必要だというのだ。
他国とはいえ貴族の血筋だということで、どこからかふってわいた爵位を王からいただいている以上、王女さまの実験に付き合わないといけない。
でないとこの爵位はまたどこか誰かにプレゼントされるだろう。
遠くで不正を働いていた男爵家が領地ごととり潰され、一族みんな行方知れずという噂を聞いて、震えが止まらなくなった。
偶然だよな。
「領主さま、ちょっとお話が」
「また賄賂でも受け取ってるやつでもいたのか?」
アーサーに話しかけられ、そんな冗談を言う。一か月前にも憲兵が賄賂をもらって事件をもみ消していたばかりだ。
「スキルの話です」
「まあ、魔力制御がうまくできるくらいのスキルじゃないか?」
「領主さまの、おどけた性格は生来のものではなくスキルのせいである可能性が高いです」
「は?」
おどけた性格は少し自覚してるが、面と向かって言うかそれ?
「神話の中に出てくるスキルでしたので、調べるのに時間がかかりました。秩序を破り、物語を展開する存在として、光と闇、善や悪、異なる二面性を持っている神に連なるスキルのようです」
「それは、良いものなのか? 悪いものなのか?」
スキルに性格がひっぱられるというのは知られている話だ。
好きなものも、嫌いなものもそれらに引き寄せられる。
「強い感情を持って行動やいたずらをするものの、結果的には良い結果をもたらすことが多いそうです。スキルではなく称号なのかもしれません」
「つまり……?」
「領主さまが酒の勢いで選挙に立候補されたのは、この領地にとって良い結果をもたらすかもしれない、ということです」
大真面目に言うアーサーに、思わず笑ってしまった。
「なんだよそれ」
思わず笑ってしまった。結局分からないままじゃないか。
それでも、よく分からないままでも良いものだととらえようとしてくれる姿が嬉しい。
数年して、俺は領主としてどうにか絶妙な均衡を保っていた。
王女の実験領であり、隣国との外交の拠点になりはじめた俺の領地は、身分や種族を問わず優秀なものを排出する学びの都として有名になっていた。
すぐに結婚すると言っていたメリーやアーサーは、今年ようやく教会で結婚式をあげたらしい。「呼んでくれれば良いのに……」と愚痴っていたら元からいた使用人たちも「実は……」と嬉しい報告を白状しはじめた。
領主の仕事を放り出して祝いに来そうだから、という理由で俺だけのけものにされていたのだ……。好かれているのか嫌われているのかよく分からない。
だが、この領地は小さな変化を受け入れながら少しずつ発展していっている。
眠れない夜に、窓から見る街の明かりが少しずつ大きくなっていくことが、俺の小さな楽しみだ。
貧乏くじの領主は、かなり楽しい! 夏伐 @brs83875an
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