第11話 修繕作業


「良かったんですか?」


 目隠しもせず、ツルバミを神様の部屋へ通したシロガネ様にあたしは確認する。もう入っちゃったし知られちゃったし、今更ダメだなとなっても記憶を失わせるしかないのだけど、知ってしまったら知らなかった頃には戻れない。でもシロガネ様は、問題ない、と静かに答えた。シロガネ様が良いなら良いんだけど。


「お前は修繕に集中すると良い。神気が必要な場面があれば手助けしよう」


「シロガネ様の手を煩わせないようにしたいって思ってますからね⁉︎」


 シロガネ様はどうもあたしが扱える神気の量には不安があるみたいだ。確かにチグサの神様の修繕に必要な神気は相当の量だけれど、的確にやっていけばあたしでも大丈夫なはずだ。後は時間がどれだけ許してくれるか、だけど。


「まぁタンポポちゃんにまっかせてくださいって! ちゃんと直してみせるから」


 作業着の袖を捲って、あたしは刷毛を取る。ぐるぐる巻きにされたツルバミはシロガネ様に抱えられたまま、あたしが何をするのかをじっと見ているようだ。見られていてもあたしの集中力が途切れることはない。邪魔さえされなければ、やることは変わらないから。


 新たな懐紙を取り出してあたしはそれを唇で挟んだ。修繕を始めて下準備は進めた。休憩をしてから本腰を入れようと思っていたその作業はいよいよ、骨組みを繋ぐ作業だ。傘としての命は神様の意地で壊れていなかったけれど、骨は幾分と脆い。幸いにもぽっきりと折れているような箇所はないものの、力加減を間違えればあたしの力でも簡単に折れてしまいそうに感じた。神様の意地はきっと、此処にもある。傘の紙は剥がれてしまっても骨格でまだ傘だと判る。神様も時間に抗っているなら、あたしはそれを応援したい。


 さぁ、思い出して、神様。


 刷毛に神気を纏ってあたしは丁寧に神様に触れる。嫌がる様子はない。痛いとかくすぐったいとか、そういうのはないんだろうけれど物の方から拒むことだってあるから。いつだって新しい場所に触れるのは慎重さが必要だ。本当に痛いところにうっかり触れてしまったら、神様だって可哀想だ。


 親骨を一本ずつ、刷毛で撫でる。脆くなっている部分は求められる神気の量が跳ね上がった。その度にシロガネ様が身動ぎする音がしたけれど、あたしは集中を切らさない。シロガネ様の助力はまだ、必要ない。特に今はツルバミを抱えているし、あたしが崩れるわけにはいかない。


 ツルバミにこの光景を見せてシロガネ様が何を伝えたいのかは判らないけれど、あたしは目の前の神様に全神経を集中させる。神様の声は聞こえないけれど、手に馴染む感覚や神気で修復していく過程での変化を見逃したくなかった。人の言葉で喋ってくれるわけじゃないけど、物だって話さないわけじゃない。


 親骨を一周するだけでも結構な時間がかかった。まだ子骨も残っているけれど、一息ついた方が良さそうだ。神様からそっと手を離し、あたしは膝をついたままずりずりと後退する。刷毛を置いて、懐紙を取り外していつ振りかに大きく息を吸った。


「終わったのか、タンポポ」


 かけられた声にあたしは振り向いて笑う。まだです、と答えながら。


「取り敢えず第一工程が終わっただけというか。まだ子骨が残ってます。今日は其処までやってしまいたいですね!」


 シロガネ様は大真面目な表情であたしを観察している様子だった。あたしの疲労具合を測っているのかもしれない。


「お前の体力が保つかが心配だ」


 案の定心配されて、あたしは苦笑する。


「大丈夫です。中途半端に辞めちゃう方が気持ち悪いし、神様だって良い気分じゃないから。シロガネ様は時間、大丈夫ですか? まだ仕事があったり?」


 休憩を提案された時はそうとは言われなかったけど、神殿から求められた神官様としての仕事があったのだろうと言外に尋ねればシロガネ様は目を細めた。大丈夫だ、と端的に返ってきた答えは継いで、ツルバミに問われた。


「ツルバミ、お前は。冷えていないか」


「……別に。大丈夫、だけど、修繕師って何だよ、地味なんだな」


「ツルバミ」


 シロガネ様がたしなめるような声を出したけれど、良いんです、とあたしは笑って止めた。ぐるぐる巻きのツルバミに近づいてあたしはツルバミの顔を覗き込む。何だよ、とツルバミは警戒した様子であたしを睨んだけれど、下がろうにもシロガネ様に抱えられていて下がれない。あたしはツルバミをにんまりと見る。


「ド派手な修繕をすることもあるけど、建物とかでっかいヤツがそうかな〜。相手は神様だし、地味なのは期待に応えられなくて申し訳ないけど。ツルバミ、もしかして修繕するとこ見たことない?」


「な……っ」


 反論しようとしたツルバミは、視線を逸らして、ない、と小声で答えた。え、素直。思いがけない反応にあたしは益々にんまりしてしまう。


「かーちゃんは修繕師に頼むことはなかったし……そんな余裕もうちにはなかったし……壊れたもんは壊れたまま使ってた」


 そっか、とあたしはにんまりをやめてツルバミの頭を撫でる。何だよ、とツルバミはまたあたしを睨んだけど、痛くも痒くもない。修繕師も仕事だから報酬なしに直してあげることは自分に余裕がないとできない。慈善事業でやってあげるのは公共の物を修復する時くらいだ。それだって本来なら村なり町なりから報酬をもらうべき案件なんだけど、修繕師も使うし困るから直している、というのが実情だろう。現にあたしが直した橋はそうだった。


「ツルバミの服も直せそうだったら直してあげたいんだけど、今はちょっと神様の方を優先させてね。中途半端にしておけないから」


「……」


 よーし、とあたしは肩をぐるぐる回し、立ち上がって全身伸びをすると気合を入れ直して刷毛を取った。大丈夫なのか、とシロガネ様が心配してくれる。大丈夫、とあたしは安心させるために笑った。


「神様のためにも早く直してあげないと! がんばるぞー!」


 子骨の修繕は日付が変わる頃までかかったけれど、シロガネ様もツルバミも音を上げず、舟を漕ぐこともなく、あたしの仕事に付き合った。


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