第10話 ツルバミの迷い
「お前の話を聞こう」
シロガネ様が案内してくれたのは倉庫のような狭い部屋だ。窓はあるけれど外からの侵入を阻むために格子が嵌っている。雨が降り続いているせいで暗いけれど、まだ昼間だから真っ暗というほどでもない。表情を読むくらいは無理のない明るさだ。
その部屋の奥にツルバミを下ろし、扉に向かうにはシロガネ様を突破しないとならないように陣取り、あたしはシロガネ様の斜め後ろに腰を下ろした。そうすると隙間を埋めることになるし脱走しようと思っても何となく抵抗感を覚えるような気がしたからだ。まぁシロガネ様がさっき見せた実力差では突破しようとさえ思わないかもしれないけど。
「だがその前に風邪を引く。それを脱ぐと良い」
脱がないなら俺が手伝ってやるが、と大真面目な声で言うからシロガネ様なら本当にやりそうだとツルバミにも伝わったのかもしれない。ぐ、とフードを掴んでローブを脱げばその下からはツルバミ色の髪の毛が現れ、同じ色の目が鋭くあたしたちを向いた。
本来であれば柔らかそうな頬は充分に食べられていないのか痩せこけていて目の大きさが異様に目立った。かさついた唇は先ほど滲んだ赤が少し黒くなっている。でもまた強く引き結べば赤く滲みそうだ。ローブの下から現れた服は
「あたし、シーツをもらってきても良いですか」
ローブを脱いだ方が寒そうであたしは思わず口を開いていた。シロガネ様はあたしに視線を向けると細めてから許可を出す。すぐ戻ります、と言ってあたしは部屋を出た。神殿の人を見つけてちょっと寒いからシーツとお湯を、と頼んだら快く用意してくれた。シロガネ様の妻だから良くしてくれているだけなのに利用するようなことをしてごめんなさい、と心の中で謝っておく。まだ『解体屋』が神殿に現れたとは言わない方が良いように思ったからだ。
「お待たせしました! お湯ももらってきちゃいました!」
部屋に戻ればシロガネ様とツルバミは何を話すでもなくじっと見つめ合っていたようだった。正確にはツルバミは睨みつけて、シロガネ様は後ろ姿しか見えなかったから判らないけれど。
「……お前を襲った『解体屋』だぞ、タンポポ」
シロガネ様はあたしを見ずにそう言ったけれど、でも、とあたしはその背中に返す。
「子どもです。あたしも偏屈ジジイ……じゃなくて師匠に拾ってもらわなかったら今はないので。流石に食べ物はねだれませんでしたけど」
だそうだ、とシロガネ様はツルバミに言葉を向ける。ツルバミは疑うような目であたしを見て、あたしは慌てて毒とか入ってないから、と言った。問われてもいないのにそう言う方が嘘っぽく聞こえちゃったかな、と思ったけれど違うとも言えず、まぁ飲まなくても触れば温かいだろうし良いか、と自分を納得させた。
「我慢しないで
だから何もしなければすぐに冷めてしまう。あたしはそう言ってシーツもお湯が入ったカップもツルバミの前に差し出した。
「……ツルバミ、寒いでしょ。我慢しないの。このタンポポちゃんが包んであげようか?」
半ば本気で言えばツルバミは渋々シーツに手を伸ばした。相手の言葉が本気かどうかを感じ取ることができるのだろうと思う。いつの間に名前を訊いたんだ、とシロガネ様が驚いたような声を出すから、ひっくり返ってる時に、とあたしは答えた。
座るための場所じゃないから石畳に腰を下ろせば其処からひんやりと冷たさが這ってきてあまり長居はできないなと思った。もぞもぞなるべく床に触れる部分が少なくて済むように膝を抱えて座る。シロガネ様はスペースを取るためか胡座をかいて座っていた。神官様がする座り方とは思えなかったけれど、神官様のことをよく知らないしこういう神官様なんだろう、とあたしは思う。
「俺はシロガネだ。ツルバミ、お前は何故『解体屋』と名乗る?」
「……神を壊すため」
意外にもツルバミは答えた。そうか、とシロガネ様はツルバミの言葉を受け止める。何故、神を壊す、と同じトーンで続けて問い返す。ツルバミはシーツを体に巻き付けながら考える時間を稼いでいるようだった。援軍が来るとも思えない。単純に考えているのだろう。
「神を壊すとこの土地が呪われる」
「別に、良い。そうしたらこの土地から出られなくなるんだろ。それで良い」
呪われても構わない。そう思うから『解体屋』は神様を壊すのだろうけれど。呪われて出られなくなるからそれで良い、とツルバミが言う意味が理解できなくてあたしは首を傾げた。出たくないのか、とシロガネ様は更に問いかけ、ツルバミは微かに頷いた。
「そう思っていたのに悩んでいるのか?」
シロガネ様の問いにツルバミが顔を上げた。すぐに目を逸らしたけれどそれはほとんど答えたも同義で、そうか、とシロガネ様はそれも受け止める。
「タンポポが何か言ったんだろう」
「え、あたし⁉︎」
思いもよらないシロガネ様の言葉に心外すぎて思わず声をあげていたけれど、ツルバミは否定しないし、え、もしかしてそうなの? とあたしは目を真ん丸にした。何を言ったっけと急いで振り返ってみるけど心当たりがなさすぎる。
「……かーちゃんのためにそうしたかったのに、かーちゃんが本当にそうして欲しかったか、分かんなくなった」
ツルバミはそう小さな声で零すと膝を抱えて顔を埋めた。真っ白なシーツからツルバミ色の髪の毛が覗き、裾からは小さな足が見えた。かーちゃんなるものが何のことか、偏屈ジジイに面倒を見てもらったあたしだって知っている。村の人がそう呼んでいるのを何度か聞いてきたから。大切な存在なのだろう。親、というものは。
「タンポポ、このまま修繕を頼みたい。お前と神の安全は俺が保証しよう」
「は、え、はい? このまま、ですか」
ツルバミも驚いているようだ。あたしもツルバミを神様の部屋に案内して良いのかと思ったけれど、シロガネ様には考えがあるようだ。此処へツルバミを連れてきた時と同様に、シロガネ様は安全を保証すると言っている。神様が無事ならそれはそれでまぁ、良いけど。
「分かりました」
あたしの返答をツルバミは信じられないものでも見る目を向けて聞いていた。そうと決まれば、とシロガネ様は呆気に取られているツルバミに近づいてシーツでぐるぐる巻きなのを良いことに、きゅっとシーツの端をツルバミの手から取って届かない場所で結んでしまった。おい、とツルバミは慌てたけれどまさに手も足も出ない状態になっている。
「湯が欲しいなら飲ませてやるが」
「そういうことじゃない!」
シロガネ様の妙にズレた言葉にツルバミは慌てながらも噛み付いたけれど、シロガネ様は解っているようで小さく笑った。今度はツルバミの小さな体を抱き上げてあたしにカップとナイフを持ってくるよう言うと扉に向かう。
肩に担がれたツルバミと目が合いながら、あたしは慌ててシロガネ様の後に続いたのだった。
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