第25話

「ちょっ、もういいんじゃない?」

紺野さんがそう声をかけてくるまで僕は彼女の手をずっと引っ張っていたことを思い出した。間接的に手を繋いでいるようでパッと手を離した。

「……ごめん」

「何が?」

「いや、余計なお世話だったよね。紺野さんなら上手く振る舞えたのかもしれないけど、なんかムカついてきちゃって、強引にその場から離れることしか出来なくて」

「ううん、すごく、うれしかった。ありがとうね。ああやって絡まれたことは何度かあるけど、やっぱり慣れるもんじゃないね」

「しかも、とりあえずあそこから離れようと思って歩いてただけだから、ここまで来ちゃったし」

ここ、とは軋む階段を登り切ったところにある埃まみれの図書室だ。特に何かを考えることもなく、足が勝手に向かっていった場所。

「別に、いいよ。どうせ、もう文化祭を普通に楽しむことも出来ないってわかってたから。あのメイド服を着させられて以来…」

「…あの、メイド服ってやっぱり着たかったわけじゃなかったんだ?」

紺野さんは一瞬しまった、というように顔をしかめたが、観念したようにうん、と頷いた。

「どうして……?別に僕は知られてもよかったよ?」

「……だった。」

「え?」

「嫌だったの。私だけが知ってる新美くんのすごいところを馬鹿にするように広められるのが。もしみんながああそうなんだ、そんな趣味あるんだ、すごいね、なんて言ってほめてくれる人ばかりだったら、こんなことはしなかった。だけど、実際は小説を書いたりすることを暗い趣味とかって捉える人が多いから。私は自分にとって大切な作品とその作者を自分ができる方法で守りたかっただけ。好きだから……」

「……ありがとう。僕は素敵な読者に恵まれていると思うよ」


「これから、どうしようね。お化け屋敷行きたかったけど、今更戻る気にはなれないし、もしかしたらまた私を探してるかもしれないし……」

「ここも十分薄暗くて汚いからお化け屋敷できるよ?」

「なんか、ここはガチのやつが出てきそうだからいいや……」

「僕は文化祭が終わるまでずっとここにいるっていうのもいいよ。本当は一人でまわるはずだったけど行くところなくてここに来ようと思ってたから」

「……たまにはサボってみてもいっか……」

「うん」


それから僕と紺野さんは図書室にある本を読みふけったり、司書室からできてきたトランプで遊んだり、窓を眺めたりしながら午後を過ごした。文化祭の終わりを告げるチャイムがなるまでそれは泡沫のような時間だった。

「帰ろっか」

「うん」

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