第24話

「……新美くん?一緒にまわろうよ。」


バイトが終わって着替えを済ませ、とりあえず控室からスマホと財布を取り出そうとしところで紺野さんと会ってこうやって話しかけられるのは完全に予想外であった。

「……えっ?あ、いいよ。というか、紺野さんはいいの、逆に」

「うん、間宮ちゃんは茶道部の活動でいないらしいから、まわる人いなくって」

「そう、なんだ」

「どこまわるー?私このお化け屋敷良さそうだと思うんだよね。結構本格的じゃない?」

僕にも見えるようにパンフレットをひろげ、紺野さんは行きたいところを次々と指差して始めた。

「ちょっと、午後からの参加で全部回るのは無理があるんじゃない?」

「うーん、確かに。じゃあ、私が行きたいところと新美くんが行きたいところ、お互い一つずつ選んで。その二つは絶対行こ。ちなみに私はお化け屋敷」

彼女は二年一組とは別館でさらに離れた三年生のクラスを指差した。

「うーん、じゃあ僕は文芸部の展示かな」

「文芸部?本とか作ってるんだっけ?」

「うん、そうらしい。あとは絵とかかな?去年も行きたかったんだけど、時間がなくて」

「そうなんだ、じゃあそれも行こう」


前と何一つ変わることのない会話。以前の心地よい空間がまた保たれているような気がして、うれしくてたまらなかった。隣を見れば、教室の展示を見て小さい子供のようにはしゃいでいる彼女がなんとも微笑ましい。会話の途切れがあったらどうしてあの衣装を着たのかを問いたい気持ちでいっぱいだったが、今はそんなことどうでも良くなっていた。ずっと見なければならなかったあのメイド服姿をもう見なくて済むのだ。


「あっ、さっきのおねえさんじゃん」

「ほんとだー。あの妙に設定が細かいカフェの店員か」

一番聞きたくなかった声の持ち主に遭遇してしまった気がする。金髪男は紺野さんをじっくりと見たあと、今度は僕に目線を合わせ、ニヤリと笑った。

「ねえ、こいつおねえさんの彼氏?くっそ暗くてウケるんだけど。こういうのがタイプだったりするんだ?めちゃめちゃ残念じゃん」

「なんかほっそりしてるしさ、亡霊みたいになってるぞ。俺、おねえさんに似合うようなイケメン知ってるよー。まあ、俺だけど」

どこからくるのかわからないその自信を豪語しているのは金髪男だ。その隣でピアスも連絡先を手に入れようともう既にスマホを手に持っている。

「……すみま」

「やめてください。彼女、嫌がってるんで。行こう、紺野さん」

僕は彼女の華奢な手をとって歩き出した。紺野さんが驚いたような顔で僕を見る。金髪もピアスも僕が話すと思っていなかったのか、呆気に取られてその場で立ち尽くしている。その脇を通ってその場を離れたので彼らの顔を見られなかったのが残念ではあったが、僕自身も今自分が起こした行動に驚かざるを得なかった。あれ、僕やればできるじゃん?

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