ゆで卵の方程式

Danzig

第1話


研究室で、黙々と研究を続ける博士


博士:んー、XがYで、三角形の最終定理が3.14だから・・光源(こうげん)の入射(にゅうしゃ)角度が、タンジェントに反比例して・・フェルマーの微分(びぶん)が積分(せきぶん)の二乗(じじょう)に等しく


助手:博士、バートン博士、ごはんが出来ましたよ

助手:そろそろ、休憩になさったらいかがですか


博士:あぁ、マーティ君、ありがとう

博士:少し研究も煮詰まっていた所だし、ここいらで休憩にするか


助手:それがいいですよ、博士


博士:しかし、学会の発表までは、それ程時間もないしな

博士:あまり、のんびりとは、しておれんのだよ


助手:そうですね

助手:僕も自分の研究にキリが付いたら、博士の論文作りのお手伝いをしますよ。


博士:あぁ、ありがとうマーティ君

博士:ところで、今日のご飯はなんだね?


助手:はい、今日も、博士の大好きな卵料理ですよ


博士:おお、それは嬉しいね


助手:今日は味付け煮卵にしてみました。


博士:味付け煮卵?

博士:何だね、それは?


助手:はい、博士の大好きな「ゆで卵」を使った料理です。

助手:美味しいですよ♪


博士:うーん・・・


助手:どうしたんですか博士?


博士:いや・・・いい、では頂くとしようか


助手:はい、博士、どうぞ。


味付け煮卵を見る博士


博士:・・・はぁ(軽いため息)


助手:どうしました?


博士:やけに、茶色いんだな、この味付け煮卵というのは


助手:はい、でも煮卵と言っても、煮物のように鍋で煮る訳ではないんです。

助手:これの作り方ですが

助手:まず、煮豚を作ります。

助手:煮豚は、チャーシューと言われる事もありますが、チャーシューは正確には焼き豚ですから

助手:豚を煮るなら煮豚です。


博士:・・・その話は続くのかね?


助手:あと少し


博士:・・・そうか・・・


助手:そして、煮豚を煮た後、煮豚に使った煮汁を温めて、ゆで卵を付け込みます。

助手:このお醤油が冷めていく過程で、ゆで卵に味が染みて、煮卵となるのです。


博士:うむ、これで、ようやく食べれ・・・


助手:煮豚を作るときの調味料ですが・・・まぁ作る人によって、いろいろあるのですが

助手:簡単なレシピは、砂糖とお酒とお醤油の割合を「1対1対2」と覚えておくといいでしょう

助手:覚え方は、男性1、女性1、男女不問2の4人劇ですね。


博士:なんの話だね? その4人劇って・・・


助手:いやいや、それはこちらの話

助手:そして、お水を、丁度お醤油の倍くらい入れて、落し蓋をして煮詰めれば煮豚はできます。


助手:まぁ、後は好みで調味料の量を調整するとか、砂糖を減らして、みりんにするとか

助手:あぁ! ニンニクとショウガのスライスは忘れてはいけません。

助手:出来れば、ネギの青い部分も欲しいですね

助手:そして、私は、これに八角を入れるのが好きです。


博士:マーティ君・・・


助手:あ、この煮豚はラーメンに入れる用の煮豚の作り方なんです。

助手:ラーメン屋のディケンズさんに教えてもらいました

助手:角煮風の煮豚とは少し違・・・


博士:マーティ君!


助手:はい、なんでしょう? バートン博士


博士:そういう事じゃなくてだね

博士:作り方とかは、君に任せているから、説明はいいのだよ

博士:もう、食べようじゃないか


助手:わかりました博士

助手:で、これが副産物の煮豚です


博士:あぁ、それはいらん、卵だけでいい


助手:そうですか・・


博士:では、頂くとしよう、あむっ

博士:ん?


助手:いかがですか、博士


箸を置く博士


助手:どうかしましたか、博士


博士:卵の黄身がぐにょぐにょしている・・・


助手:それは半熟ゆで卵の煮卵だからですよ

助手:半熟煮卵のコツはですね・・・


博士:マーティ君・・・私は黄身が固い卵が好きなんだ


助手:それはそうですが、でも煮卵は半熟が美味しいと思いまして


博士:それと、マーティ君、先日君が作ってくれた、「おでんの卵」の時にも言ったと思うが

博士:私はゆで卵が好きだが、それは、ゆで卵を使った料理が好きなのではなくて、

博士:自分で卵の殻をむいて、塩をかけながら食べる、一番シンプルなゆで卵が好きなのだよ


助手:そういうもんなんですか・・・


博士:あぁ、そうだ

博士:決して、箸(はし)やフォークで食べたい訳ではない、絶対的に手で食べたいのだよ


助手:なるほど、難しいですね


博士:いろいろ君のゆで卵料理を食べさせてもらったが

博士:これからは、殻付きのゆで卵、それも黄身を固ゆでにした、ハードボイルドだけを作ってくれないか


助手:わかりました、博士がそう仰(おっしゃ)るなら、これからは、固ゆでの殻付きを食卓にお出しする事にしますね。


博士:あぁ、よろしく頼むよ




助手:でも、バートン博士

助手:どうして博士は、そんな何の変哲もない、普通のゆで卵が好きなんですか?


博士:なんの変哲もないだと?

博士:何を言っておるのだね、マーティ君

博士:君には、あの殻付きゆで卵の魅力が分からないのかね


助手:ええ、あんまり・・


博士:想像したまえ、マーティ君

博士:ゆで卵を手に持った時の、あの重さ

博士:あんなに小さな卵にして、消して軽からず、十分な重力を感じさせる存在感

博士:そして、ザラザラした殻、

博士:このザラザラした殻の中に、つるつるすべすべした、ぷるんと弾力のある、純白の白身が入っているかと想像してしまう、フェティシズムにも似た魅力

博士:卵の殻に入るひびは、閉塞(へいそく)的な社会、凝り固まった既成(きせい)概念をも打ち破らんとする、フロンティア精神の現れであり

博士:あの卵の殻を破る時の、禁断の扉を開けるかのような、背徳すら禁じ得ない、あの高揚感・・・


助手:はぁ


博士:露(あらわ)になった白身に、まるで粉雪が舞い降りたかの如く、薄っすらとついた塩は、まるで小さな水晶のように美しく

博士:そして、ゆで卵を口にした時の、あの、ぷるんと十分な弾力感を持ちながらも、儚(はかな)げに口の中で崩れていく、白身の甘さと、塩味のハーモニー

博士:食べ進み、黄身に到達した時の、心躍る胸騒ぎ、白身という雲に、恥ずかし気に隠れている、満月のように黄色くまるい黄身

博士:そして、口に入れた黄身は、ほろほろと崩れながら口の中に拡散し、まろやかな香りと、コクのあるうま味を広げていく・・

博士:あああ、まさに芸術的だとは思わんかね


助手:へー、そんなもんですかね


博士:そうなのだよ、マーティ君

博士:まぁ、これは個人的な感覚なのでな、誰に分かってもらおうってもんでもないのだが・・


助手:なるほど


博士:あぁ、あと、ゆで卵に振りかける塩についてだが

博士:昨今、うま味がどうのとかいって、ミネラルたっぷりの海の塩だとか、藻塩(もしお)だとか、モンゴルだかアンデスだかの岩塩だとか言われておるがな

博士:ゆで卵にあう塩は、何と言っても塩化ナトリウムの純度が99%を超える『食卓塩』

博士:これに限る、これ一択(いったく)なのだよ


助手:へー、そういうもんですか

助手:うま味があった方が美味しそうですけどね


博士:違うのだ、違うのだよ、マーティ君

博士:うま味など、ゆで卵自身が、既に十分すぎるほど、その身の中に有(ゆう)しておるのだよ

博士:ゆで卵に振りかける塩は、白身の色を汚さない程の純白にして、卵本来の甘みを呼び起こす程度の塩味(えんみ)さえあればいい

博士:塩に含まれる「うま味」など、卵のうま味に対する、冒涜(ぼうとく)、いわば「雑味(ざつみ)」でしかないのだよ

博士:分かるかね、マーティ君


助手:博士にそう言われれば、そういうもんなのかなぁっていう気がしますね

助手:じゃぁ、マヨネーズなんかもダメなんですね


博士:論外だな

博士:まぁ、これは個人的な感覚なのでな、誰に分かってもらおうってもんでもないのだが・・


助手:なるほど


博士:おお、もうこんな時間だ、研究を続けなければ・・

博士:マーティ君、私は研究に戻るよ


助手:分かりました、博士、頑張って下さいね


博士:うむ


数日後のある日


博士:ZをAに戻すと、フィボナッチのインテグラルがドラゴン曲線を描くから、台形の相対性は、ユークリッドのアルゴリズムに反比例して、シュレディンガーの次元に収まりきらなくなるのは必然という訳か・・・


博士:なるほど、そういう事だったのか

博士:これで研究が、また一歩前進するぞ


博士:とはいえ、そろそろお腹が空いて来たな


助手:博士、バートン博士、ごはんが出来ましたよ

助手:そろそろ、休憩になさったらいかがですか


博士:おお、マーティ君、待っておったよ


食卓に着く博士


助手:はい博士、今日も博士の大好きな、殻付きのゆで卵、ハードボイルドですよ。

助手:沢山ありますからね


博士:待っておったぞ、マーティ君

博士:では早速いただくとしよう


殻をむいて塩をかける


博士:見たまえ、マーティ君

博士:この真っ白な白身の艶(つや)、そして上にかかった食卓塩が、まばらに輝きを屈折させて、実に美しい・・

博士:あむっ、おお、美味い!

博士:やはり、ゆで卵は殻付きだな


博士:あむあむあむあむ、あむあむあむあむ

博士:もう無くなってしまった・・


助手:まだありますからね、沢山食べてくださいね


博士:うむ、ではもう一つ


博士:あむあむあむあむ、美味い美味い


助手:博士、そんなに慌てて食べなくても・・


博士:私は慌てて食べたりなどしておらんぞ、あむあむ

博士:これは卵が美味いから仕方がないのだ


助手:博士に喜んでいただけて何よりです。




博士:しかし、いつも思うのだが、マーティ君の作るゆで卵は美味いな

博士:何か特別な調理方法でもあるのかね?


助手:いえいえ、特に特別な調理方法はしていませんよ。


博士:そうなのか


助手:ええ

助手:そもそもゆで卵とは、お湯の温度によって、卵を殻の外側から加熱する料理法ですから、

助手:卵の温度と水の温度さえ気を付ければ、実に簡単に調理ができるのです。


博士:ほう


助手:ただ、卵の殻は割れやすいですから、茹でている間に殻が割れる可能性があります。

助手:その為、お湯の中に、酢と塩を少々入れると、お湯の中で殻にひびが入っても、中の身が流れ出る事を防げます。

助手:勿論、私も入れています。

助手:あ、お湯の中に酢や塩を入れても、卵に味が付く事はありせんのでご安心を。


博士:マーティ君、それは長くなりそうかね?


助手:水の温度と卵の温度が重要なゆで卵ですが、茹でる卵と、お湯の温度のバランスは人によって違います。


博士:マーティ君・・・


助手:水から茹でる場合、沸騰したお湯から茹でる場合、常温の卵を使う場合、冷蔵庫から出したばかりの冷たい卵を使う場合など

助手:人によって、どれを選ぶかはそれぞれですが、結論からいえば、どの方法を使っても、茹で時間が違うだけで

助手:同じように美味しいゆで卵は出来ます。


博士:・・・


助手:ただ大切な事は、いつも同じ方法で茹でるという事ですね。

助手:ちなみに私は、沸騰したお湯で、冷たい卵を使う方法をとっています。

助手:その理由は、常温というのは季節によって変わってくるので、同じ時間で茹でても、卵の仕上がりが一定にならないからです。


博士:マーティ君、私は調理方法は君に任せているから、特に知ろうとは思わんのだが・・・



助手:そして、今回、私は、ゆで卵を美味しく茹でる為の画期的な発明をしました、これです!

助手:ジャジャーン、その名も自動「ゆで卵」作り機、「茹で茹で君」です


博士:茹で茹で君?


助手:ええ、この機械を使うと、自動的に、美味しいゆで卵を作ってくれるのです。


博士:私は、あまり、そういうのに興味は・・・


助手:まぁ、そんな事言わずに見てくださいよ、博士


博士:あ、あぁ・・・


助手:どうです!


博士:うーん

博士:何やらブリキの人形が、金属のザルを持っているだけのようだが・・・


助手:そのブリキの人形が「茹で茹で君」なのです。

助手:この「茹で茹で君」の持っているザルに、卵を入れておくのです。

助手:そしてタイマーをセットして、ボタンを押すと・・・


博士:・・・何も起きないようだが・・・


助手:まぁ、見ててくださいよ

助手:ほら、お鍋のお湯が沸騰してきましたよ


博士:おお、手が伸びてザルがお湯の中に入った


助手:そうなんです。

助手:この「茹で茹で君」は、お湯が沸騰するのを感知すると、自動的に卵の入ったザルをお湯の中に入れるのです。

助手:そして、約二分間、卵をザルの中で転がします


博士:どうして卵を転がすんだね?


助手:そのまま茹でてしまうと、卵の黄身が、片方に寄ってしまいます。

助手:茹ではじめに卵を転がす事で、茹で上がった時に卵の黄身を白身の真ん中にする事ができるのです。


博士:なるほど、そういう工夫があるのだな・・・


助手:そして、タイマーでセットした時間まで茹でて、ザルを引き揚げます。

助手:タイマーの時間は、超半熟なら約6分、固ゆでなら11分以上といったところでしょうか

助手:ちなみに、博士は超固ゆでが好きなので、私はいつも13分茹でています。


博士:なるほど、それは便利だな

博士:これからは、この「茹で茹で君」を使って卵を茹でるという事かね


助手:いえ博士、実は、この茹で茹で君には、まだ課題があるんです


博士:何だね、その課題とは


助手:ゆで卵は、ゆで上げた卵を直ぐに冷水に入れて冷やすと、卵の殻と白身との間に隙間が出来て、殻が剥きやすくなります。

助手:これは、冷水に浸した時に、殻の収縮するスピードと、白身の収縮するスピードが違うからだと言われています。

助手:私も卵を茹であげた時には冷水に浸しているのですが、この「茹で茹で君」には、その冷却機能が付いていないのです。


博士:では、この「茹で茹で君」で作ったゆで卵は、殻が剥きにくいと?


助手:そうですね、剥きにくいというか、剥きやすくないというか・・・


博士:うーん、やっぱり私は、殻が綺麗に剥けて、つるんとした白身のゆで卵が食べたいな


助手:そうですよね・・・


博士:マーティ君、折角作ってくれたのに悪いんだが、

博士:やっぱり、これからも、ゆで卵は、マーティ君が自分で茹でて作ってくれないか


助手:はい・・・わかりました・・・

助手:私も、もう少し「茹で茹で君」を改良してみます





数日後


博士:うーん、D+アルファの観点から、クオリアを観測する場合において、二重スリットの干渉縞(かんしょうじま)を有限生成(ゆうげんせいせい)する、アーベル群(ぐん)は、ゼータ関数にしたがって・・・



助手:博士、バートン博士、ごはんが出来ましたよ

助手:そろそろ、休憩になさったらいかがですか


博士:ありがとうマーティ君、今行く


食卓につく博士


助手:はい博士、今日も博士の大好きな、殻付きのゆで卵、ハードボイルドですよ。

助手:沢山ありますからね


博士:おお、嬉しいね

博士:あむあむ・・・うん、美味い、あむあむ


助手:ところで、博士

助手:先日言ってました、学会の助手研修会ですが、本当に私は参加してもよろしいのでしょうか?


博士:ああ、勿論いいよ、君のスキルアップの為だ、是非行って来なさい


助手:ええ、それは有難い話なんですが

助手:私が心配しているのは、博士の事なんですよ


博士:何? 私の?

博士:マーティ君、それはどういう事かね?


助手:いつも私が、ゆで卵を作っているじゃないですか?

助手:だから、私がいなくなると、ゆで卵を作る人が居なくなるから、大丈夫かなぁって


博士:あぁ、その事か、まぁ大丈夫だろ


助手:本当ですか? 4日間ですよ?


博士:あぁ、構わんよ

博士:別に食事は、ゆで卵でなくても構わんし

博士:なんなら、私がゆで卵を作るさ

博士:だから、私の事は心配せずに、行ってくるといい


助手:わかりました、ありがとうございます、バートン博士


博士:うむ、さぁ、ゆで卵を食べてしまおう


助手:はい


マーティ君が助手研修会に出かける当日


助手:バートン博士、それでは、今から助手研修会に行ってきますね。


博士:あぁ、行っておいで


助手:一応、3日分のゆで卵を茹でて、冷蔵庫に入れておきました。

助手:ゆで卵の安全な保存期間は、3日くらいが限界なので、4日目のゆで卵は博士が作って下さいね

助手:一応、レシピは紙に書いて冷蔵庫に貼ってあります。


博士:あぁ、わかった


助手:生の卵は12パック、冷蔵庫で保管しています。

助手:パックに日付が付いていますから、古い卵から茹でていってくださいね。

助手:古い卵を使った方が殻が剥きやすいですから


博士:うむ、


助手:あ、一応、日持ちのするパンは買っておきましたから、

助手:ゆで卵がうまく行かない場合は、それを食べてください。


博士:分かったから、もう行きなさい


助手:はい、では、行ってきます。


博士:あぁ、行っておいで



博士:ふう、ようやく行ったか・・・マーティ君も心配性だな

博士:まぁ、4日程度なら何とかなるだろう

博士:さて、私は研究に戻るとするか


暫くして


博士:ふむふむ、A+BをCとする時、カントール関数の虚数はカオス理論により、アレフ・ゼロとなるクロネッカー理論よりも、不完全性のラプラス方程式を用いたほうが、ロピタルの定理には、より近くなる・・・か


博士:そろそろ、お腹が空いたな

博士:おーい、マーティ君・・・

博士:そうか、マーティ君は出かけたんだったな


博士:では、マーティ君が茹でてくれた、ゆで卵でも食べようか


冷蔵庫を開ける博士


博士:どれどれ・・・えーっと、茹でた卵は全部で30個

博士:一日10個か・・・

博士:まぁ、とにかくいただくとしよう


殻を剥いて塩をかける


博士:うむ、やはり、卵の殻を剥いた時に現れる、艶(つや)やかでいて、美しい曲線を描くこの弾力あるフォルムは、いつ見ても美しい

博士:あむ・・・

博士:うん、冷たい茹で卵も、これはこれで美味いな

博士:あむあむ・・・美味い、美味い・・・あむあむ・・・

博士:いかん、思わず6つも食べてしまった・・・あと24個・・・

博士:・・・ま、まぁ、どうせ4日目には、私が卵を茹でる予定なのだし、それが少し早まるだけだな

博士:数を気にして食べても、美味くないし、もう数は気にせずに、好きなだけ食べるとするか


次の日


博士:あぁ・・・2日目の昼にして、卵の残りが、あと3つ・・・・

博士:どこでミスをしてしまったのだろう


博士:うん、しかし、後悔をしてもはじまらんな、とりあえず、残りの卵を食べるか・・・あむ・・・


そして


博士:あぁ・・・これが最後のゆで卵・・・ううう・・・あむあむ・・あむあむ・・・ごくん

博士:あぁ、全然足らない


博士:ゆで卵が足らないという事が、これほど飢(ひも)じいものだとは・・・


博士:仕方がない、卵を茹でるとするか


博士:学会の論文が、まだまだ残ってはいるのだが、しかし、卵の方が重要だ

博士:よし、ではキッチンに行くか




キッチン


博士:キッチンには来たものの、どうすればよいか・・・


博士:あ、そうだ、マーティ君の書いてくれたメモが、確か冷蔵庫に

博士:お、これだこれだ・・・ん、なになに・・・


助手:まず、お鍋に、卵がしっかり浸(つ)かる程度のお水を入れて、沸騰させます。

助手:この時、酢と塩を入れると、卵が割れた時に白身が流れ出にくくなります。

助手:酢と塩の量は水の量によっても違いますので、適当でいいです。 そんなに多く入れる必要はありません。

助手:目安としては、うちのお鍋なら、酢は大さじ1程度、塩は小さじ三分の一程度でしょう


博士:ふむふむ

博士:こんな感じかな


博士:お、お湯が沸騰してきたぞ・・・

博士:で、次は?


助手:卵をお湯の中に入れますが、冷たい卵をお湯の中にドボンと入れてしまうと、

助手:温度差と、なべ底に当たる衝撃で、卵が割れやすいので、「おたま」などに乗せて、1つずつ、そっと入れていきます。


博士:ほう、難しいものだな

博士:そっと・・そっと・・


助手:そんなに慎重にならなくても大丈夫ですよ、博士


博士:ん?

博士:そんな事まで書いてある・・・どうして、そんな事まで分かるのだマーティ君


助手:卵をお湯に投入したら、長めの端をなどを使って、2分間ほど卵を鍋の中で転がします。

助手:この工程が、卵の黄身を真ん中にするのです


博士:そうか・・・2分間だな

博士:では、タイマーをセットして・・


助手:わざわざ時間を計らなくても、適当で大丈夫ですよ、博士


博士:そう書いてくれているがね、マーティ君

博士:慣れてない者にとっては、「適当」という言葉は不安でしかないのだよ・・


助手:あとは、お好みの時間通りにゆでて、冷水にとるだけです。

助手:白身までぷよぷよした超半熟なら、投入から約6分、

助手:後は、だいたい1分毎に、半熟、硬めの半熟、柔らかめの固ゆで、しっとりした固ゆで、普通の固ゆで、しっかり固ゆでと変わっていきます。

助手:12分以上茹でると、黄身の外側の部分が、少しずつグレーに変色していきますが、博士は、しっかりと芯まで固くしたいのがすきなので、13分茹でます。


博士:そうか・・・あ、しまった、キッチンタイマーが1つしかなかった

博士:さっきは2分計ったから、あと11分だな・・・


助手:お好みの時間になったら、卵を一つずつ、掬(すく)い上げて、冷水にとります。

助手:氷などがない場合は、保冷剤などを利用するのも手ですが、ないなら水道水でもいいです。

助手:水道水の場合は、茹でたての卵を入れると水の温度が上がってしまうので、少しの間、水を流しっぱなしにするといいでしょう。


博士:よし、冷水にとったぞ

博士:・・・で、どれだけ冷水に浸しておけばいいんだ・・・


助手:冷水にとるのは、余熱で、それ以上卵に熱が入らないようにするためと

助手:殻を剥きやすくする為ですから、博士の場合は卵が冷めればOKです。


助手:ちなみに、卵を水にとるもう一つの理由は、卵の殻は水の中で剥いた方が剥きやすいというのがあります。

助手:水の中で卵に多くのヒビを入れて、暫く置いておくと、ヒビから水が入って、殻が剥けやすくなります。

助手:卵に水道水をかけながら剥いても、同じ効果が得られます。

助手:卵の殻は、指の先や爪ではなく、指の腹の部分を使って、こする様に剥くと綺麗に剥きやすいです。


博士:私は食卓で殻を剥くから、そういう情報はいらんのだよ・・・

博士:しかし、早く冷めないかな・・・もう、待ちきれんぞ・・・


少しして


博士:あれから、10分くらい経ったが、さすがに、もういいだろう・・・

博士:では、冷水から上げて、食卓へ持っていこう


食卓


博士:さぁ、これでいよいよ。ゆで卵が食べられるぞ・・・では、卵をテーブルの上で叩いて・・・コンコン、パカッ

博士:え!


ヒヨコ:ぴよぴよ・・・ぴよぴよ・・・


博士:何!


ヒヨコ:ぴよぴよ・・・ぴよぴよ・・・


博士:こ、これは、ヒヨコではないか・・・


ヒヨコ:ぴよぴよ・・・ぴよぴよ・・・


博士:これはどういう事なのだ・・・卵を茹でてヒヨコになるなんて・・

博士:こっちの卵はどうだ・・・コンコン、パカッ


ヒヨコ:ぴよぴよ・・・ぴよぴよ・・・


博士:これもか・・・


ヒヨコ:ぴよぴよ・・・ぴよぴよ・・・


博士:これも・・・これも・・・これも・・・これも・・・

博士:あぁ・・・全部、ヒヨコだ


ヒヨコ:ぴよぴよ・・・ぴよぴよ・・・ぴよぴよ・・・ぴよぴよ


博士:何が悪かったのだ・・・

博士:マーティ君のレシピに問題があったのか

博士:それとも、私の手順が間違っていたのか・・・


ヒヨコ:ぴよぴよ・・・ぴよぴよ・・・


博士:もう一度、作ってみるしかないか・・・


ヒヨコ:ぴよぴよ・・・ぴよぴよ・・・




博士:どうしてだ、どうしてなんだ

博士:何度やっても、ヒヨコにしかならん


ヒヨコ:ぴよぴよ・・ぴよぴよ・・


博士:マーティ君のレシピと、私の作り方

博士:どちらに問題があるのかすら、さっぱり分からん


博士:あぁ、ゆで卵・・ゆで卵が食べたい・・


ヒヨコ:ぴよぴよ・・ぴよぴよ・・


博士:そういえば確か、ロッテン・バウワー博士が卵料理研究の第一人者だったな

博士:彼女に聞けば、何か分かるかもしれん


電話をかける


博士:もしもし、ロッテン博士ですか? 私はバートンという研究者なのですが

博士:すこし、博士にご教示願いたい事がございまして・・・

博士:はい、ゆで卵の作り方を・・


博士:え? 今のトレンドは「ドレス・ド・オムライス」というのですか?

博士:何ですかな、それは?

博士:ほう、ほう、なるほど

博士:それは、ゆで卵とは大分異なりますな、私はゆで卵が食べたいのですよ

博士:失礼


ヒヨコ:ぴよぴよ・・ぴよぴよ・・


博士:ったく、何が「ゆで卵なんて原始的だ」だ

博士:トレンドばかりに左右される、表層(ひょうそう)的な研究者だ


ヒヨコ:ぴよぴよ・・ぴよぴよ・・


博士:あ、確か、ロベルト・ファフナー教授も、卵を研究されていたな


電話をかける


博士:もしもし、ロベルト教授ですか? 私はバートンと申しますが

博士:すこし、教授に教えて頂きたい事がございまして

博士:はい、ゆで卵の作り方を


博士:え? 「ポーチ・ド・エッグ」ですか?

博士:なんですかな、それは?

博士:ほう、卵を茹でる料理ですか! まさにゆで卵ですな。

博士:で、作り方は?

博士:ふむふむ、沸騰したお湯に、酢と塩を少しいれて・・

博士:おお、そこまでは、私の助手のレシピと同じです


博士:は? そこに卵を割り入れるのですか?

博士:で、形を整えながら

博士:あの・・・私は殻付きのゆで卵が食べたいのですよ

博士:そうですか、ありがとうございました


ヒヨコ:ぴよぴよ・・ぴよぴよ・・


博士:ったく、今はそれ以外は考えたくないとか

博士:なんて頭の固い人間だ


ヒヨコ:ぴよぴよ・・ぴよぴよ・・


博士:あぁどうしよう・・ゆで卵が食べたい・・

博士:そうだ、日本の竹内先生が確か


電話をかける


博士:もしもし、竹内先生ですか? 私はバートンと申すものです

博士:今、卵の茹で方で困っておりまして・・


博士:え? 温泉卵?

博士:何ですかは、それは


博士:あ、先生、ちょっと待ってください、その料理は調理の過程で卵の殻を割りますか?

博士:私にとって、それはとても重要な事なのです


博士:え? 割らない

博士:卵をお湯でゆでて、食べる時に卵を割る

博士:先生、それです! 私の求めていたものは、それなんですよ!

博士:で、作りかたは?


博士:ふむふむ、お湯の温度を65度に保ちながら、30分茹でるのですな


博士:(心)マーティ君のレシピとは、随分違うな

博士:(心)ゆで卵が失敗したのは、そのせいか・・


ヒヨコ:ぴよぴよ・・ぴよぴよ・・


博士:いやいや、先生、ありがとうございました。

博士:え? 卵を割るときには器(うつわ)を用意するのですか?

博士:あぁ、殻を入れるのですな、大丈夫です、いつも用意してますから

博士:ありがとうございます。早速作ってみる事にします。 ガチャ


博士:あぁ、よかった、これで、ようやくゆで卵が食べられるぞ!


ヒヨコ:ぴよぴよ・・ぴよぴよ・・


少しして


博士:さて、いよいよ温泉卵なる、ゆで卵が出来たぞ

博士:黄身の固さが気になるが、まぁ、30分も茹でたのだから大丈夫だろう


ヒヨコ:ぴよぴよ・・ぴよぴよ・・


博士:では・・コンコン、パカッ


博士:あ・・あぁ・・これが温泉卵・・

博士:黄身どころか、白身すら、ぐにゃぐにゃだ・・

博士:これではない、けっして、これではないのだよ・・ううう


ヒヨコ:ぴよぴよ・・ぴよぴよ・・


博士:ぴよぴよ、ウルサイ!


ヒヨコ:ぴよ?


博士:あぁ、マーティ君、早く帰って来てくれないか

博士:マーティ君・・・あっ!、そうだ! マーティ君の作った「茹で茹で君」があるじゃないか!

博士:どうして気づかなかったのだ、多少の殻の剥きにくさなど、この際どうでもいい


キッチン


博士:さて、お湯を沸かして、その横に「茹で茹で君」を置いて、卵をかごに入れて、タイマーを13分・・と

博士:これで、スタートボタンを、ポチっと


博士:おお、カゴがお湯の中に・・あぁ・・早く出来ないか・・出来ないか・・待ちきれない・・


13分後


博士:よし、出来た!


博士:さて、これでようやくゆで卵が食べられる・・

博士:では・・コンコン、パカッ


ヒヨコ:ぴよぴよ・・ぴよぴよ・・


博士:あぁ、またヒヨコだ

博士:何故だ・・・何故、ゆで卵が出来ないんだ




博士:うーん・・どうにかして、ゆで卵を食べる方法はないだろうか・・・


博士:そういえば、エミリー君が料理上手だったな

博士:彼女なら何かヒントが貰えるかもしれない


ヒヨコ:ぴよぴよ・・ぴよぴよ・・


電話をかける


博士:もしもし、エミリー君かね、ちょっと相談に乗って欲しい事があるんだ

博士:ああ、そうなんだ

博士:私はゆで卵が食べたいんだが、君は何か知らないかね?


博士:そう、ゆで卵

博士:ん? スコッチエッグ?

博士:何だね、それは?


博士:メンチカツの中にゆで卵が入った揚げ物料理?


博士:はぁ・・エミリー君、私はゆで卵とは言ったが、知りたいのは殻付きの・・


博士:(心)まてよ・・そうか、そのスコッチエッグという料理を作る過程で、ゆで卵を作る事になる

博士:(心)だとしたら、ゆで卵の作り方も、おのずと分かるというものだ


博士:ちょっと待ってくれ、エミリー君、その料理の作り方を教えてくれないか。


ヒヨコ:ぴよぴよ・・ぴよぴよ・・


博士:ふむふむ

博士:まず、ゆで卵を用意する?

博士:は? エミリー君、私はゆで卵の作り方が知りたくて、君に聞いておるのだよ


博士:何? 買ってくる? ゆで卵をかね?

博士:どこで? ほう、3丁目の・・スーパーで売っているのかね。

博士:それは知らなかった、早速、買いに行ってくるよ、ありがとう


買ってくる


ヒヨコ:ぴよぴよ・・ぴよぴよ・・


博士:あぁ、ただいま

博士:エミリー君の言った通り、スーパーに「スコッチエッグ用ゆで卵」というのが売っておったよ


ヒヨコ:ぴよぴよ・・ぴよぴよ・・


博士:そうだな、これで、ようやく、ゆで卵が食べらそうだな


博士:では、早速・・コンコン・・ペリペリ・・

博士:おお、これだ、殻の中から出てくる、白く艶(つや)のあるこの白身・・・あぁ、これだよ!

博士:では、塩を振って・・・あむ

博士:・・・


ヒヨコ:ぴよぴよ・・ぴよぴよ・・


博士:黄身が流れ出る程に半熟だ・・ううう、こんなのが食べたいんじゃないんだ・・


ヒヨコ:ぴよぴよ・・


電話をかける


博士:あ、エミリー君かね。 さっき君が教えてくれた店で、ゆで卵を買って食べてみたよ

博士:ああ、だが黄身がぐちゃぐちゃで、私にはどうも・・

博士:もっと黄身の固いゆで卵を売っている店を知らないだろうか?

博士:え? 知らない・・


博士:そうか・・残念だ、やっぱり私はゆで卵を食べる事が・・

博士:え?なんだって? 買ってきた半熟のゆで卵を、もう一度茹でればいい?

博士:そうか、なるほど! それは気付かなかったよ

博士:君に相談してよかったよ、エミリー君ありがとう・・ガチャ


博士:よかった・・これで今度こそ、本当の固ゆで卵が食べられそうだ


ヒヨコ:ぴよぴよ・・ぴよぴよ・・


博士:さて、再び10分茹でたぞ、これなら大丈夫だろう

博士:これで、ようやく念願の固ゆで卵が食べられるぞ

博士:コンコン・・パカッ


ヒヨコ:ぴよぴよ・・ぴよぴよ・・


博士:またお前か・・あぁ・・これでまた振り出しだ・・


ヒヨコ:ぴよぴよ・・ぴよぴよ・・


博士:仕方がない、今日はもう諦めて、研究に戻るか


そして数日後


助手:博士、ただいま帰りました


ヒヨコ:ぴよぴよ・・ぴよぴよ・・


助手:うわっ、何ですか、このヒヨコ

助手:それにしても、凄い数・・100匹以上いそうだな

助手:研究室がヒヨコだらけだ・・


助手:あぁ、そうだ・・博士、バートン博士!


博士:お・・おぉ・・その声h・・マー・・ティ・・くん・・


助手:どうしたんですか博士、こんなにヘロヘロになって


博士:お・・なかがす・・いて・・


助手:お腹が空いてるんですか

助手:ゆで卵食べなかったんですか?


博士:全部・・ヒヨコに・・


助手:そんな・・とりあえず、今、卵を買ってきて茹でますから


そして


博士:あむあむあむ・・あむあむあむ・・


助手:へー、そんな事があったんですか


博士:あむあむ・・あむあむ・・

博士:そうなんだ、私が茹でると何故かヒヨコになってしまうんだ


助手:不思議な事もあるもんですね


ヒヨコ:ぴよぴよ・・ぴよぴよ・・


博士:あむあむあむ・・あむあむあむ・・

博士:だから、君が用意してくれた卵は全部、ヒヨコになってしまったんだよ


助手:そうだったんですか

助手:それにしても、この凄い数のヒヨコ、どうしますか?


博士:まぁ、私と苦楽を共にした仲だ、一緒に暮らそうじゃないか


助手:そうですね、この子達が育てば、沢山卵を産んでくれるかもしれませんしね

助手:そしたら、毎日、沢山ゆで卵が食べられますよ


博士:それはいいな、マーティ君

博士:でも、卵は君が茹でてくれよ、もうあんなのは、こりごりだ


助手:はいはい、分かりましたよ、博士


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ゆで卵の方程式 Danzig @Danzig999

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