第52話
20時26分。六本木ダンジョン地上部開口部付近。
「では改めて三崎くん、臨時閣議決定を通達する。戦略衛星兵器、通称神の杖の使用を許可する」
内閣総理大臣 鷹匠秀一の言葉を聞いた三崎は一瞬目を閉じ、そして覚悟を決めた顔で
「承知しました。それでは準備に入ります」
と短く一言だけ伝えた。その表情を確認した鷹匠は少し微笑み
「日本を頼んだよ。ではまた後日」
そう言って通信を切った。
いきなりの総理大臣の登場。そして「神の杖」なるものの使用許可。
“神の杖??”
“えw”
“何それ?”
“もしやアレでは…”
“実在すんの!?”
神の杖とは1950年代からコンセプトが存在する戦略衛星兵器である。その基本コンセプトは極めてシンプルな「宇宙から弾丸や槍状のものを落とす」だけ。
ただその威力は衛星軌道からの落下に伴う運動エネルギーをそのまま攻撃に用いる事から非常に高く、さらに連発も簡単、核攻撃のような汚染も発生しないとあって非常に汎用性が高い戦略兵器だった。
しかしダンジョン登場以前はこのコンセプトが実用化されることはなかった。なぜならその性能を完全に引き出すための素材や管制システムが存在しなかったのだ。
この実用化の壁をダンジョン素材やアルファを活用することで三崎は人知れず超えていた。
このような背景にリスナーをはじめとした日本中、いや世界中の人々が気づき、もはや祭りどころの騒ぎではない大騒ぎとなっていた。
戦略兵器という意味では対消滅弾も同じだが、汎用性の高さが圧倒的に異なる。
要するに極論を言えば対消滅弾は既存の戦略兵器の延長線上に存在するため既存手法で対策を取ることは不可能ではないが、神の杖は文字通り世界のパワーバランスを変えうる可能性があるのだ。
考えてもみてほしい。自分たちの頭上に、いつでも自分達を滅ぼしうる兵器が存在するなんて気が気ではないだろう。
三崎自身は神の杖はロマン武器の代表格だからとノリノリで戯れに作ってはみたものの、このような背景からふと我に返った時に「これは流石にあかん」と思い至り封印していたのだ。
廃棄ではなく封印という手段を取っていた時点で業が深い研究者ではあるが、それはともかく。
「所長、聞こえますか?」
「ああ、聞こえてる」
「神の杖を使います。技術評価本部 戦闘支援センター管制室経由でJAXAの管制室に繋いでもらえますか?」
「もう繋いである。そのまま喋ってくれて問題ない」
「ありがとうございます。こちら三崎です、JAXA管制室、聞こえますか?」
「こちらJAXA 静止軌道衛星運用管制室、管制官の丸山彩花です。よろしくお願いします」
「丸山さん、はじめまして。三崎です。早速で悪いんですけど現時点で西日本全域をカバーできてる静止軌道衛星の正確な位置情報を教えてもらえますか?」
そこからは早かった。三崎と丸山がとある静止軌道衛星を特定し、その衛星の正確な位置情報や運動の情報を整理。
各方面への調整を丸山に丸投げした三崎はアルファと最終準備を進める。
「アルファ、交換転移、行けそうか?」
三崎が作成していた神の杖は現在三鷹のファクトリーに保管されている。これを宇宙空間へ移動させる必要があった。
『無機物の交換転移自体は問題ないです。問題は宇宙空間までの超長距離転移ですね』
「確かに。けど宇宙は魔素で満ちてるんだ。まぁなんとかなるだろ」
一般にはあまり知られていないことだが、実は宇宙空間は魔素に満ちている。
余談だがこの事実から一部の科学者などはダンジョンはエイリアンの仕業だと考えている者もいたりするくらいだ。
ただいずれにせよ宇宙が魔素に満ちていることで、転移門を用いた移動を再現することが理論上は可能なはず。
今回のケースでは距離がとても遠いこと、そして精密な座標の特定などが難しいことから、2点間のポイントに存在する物体を入れ替える「交換転移」という手法を三崎は取ろうとしてた。
『マスター。準備できました。演算の電力も確保できています』
「おっけー、じゃあ始めますか…丸山さんそちらの準備は良いですか?」
「はい、こちらも準備できています。いつでもどうぞ」
「了解です。では10カウントで転送します。10、9、8、7、」
日本中が見守る中、三崎のカウントダウンが進む。
「6,5,4,」
”緊張しすぎて吐きそう”
”耐えろw”
”頼むぜ…!!”
「3,2,1,転送開始」
夜空で一際強い輝きがあり、そして
「交換転移成功です。戦略衛星兵器、神の杖が日本上空の静止軌道に投入されました。代わりに実験用静止通信衛星さくらの信号が消失。三崎研究員のファクトリーに転移した模様です」
”おおお…”
”成功した…”
”今日だけで世界初の技術が何個目…w”
”やっぱ多分これ夢だろw”
「丸山さん、ありがとうございます。ではそのまま引き続き運動エネルギー爆撃の照準合わせます。アルファ、頼んだ」
『承知しました。…軌道上で神の杖の発射機構の展開完了。13発を同時に射出します。…マルチロックでターゲットをロックオンしました。各ダンジョンの地上開口部です』
「よし。そのまま影響範囲を算出。現場の軍や警察に避難警報を出してくれ」
『了解です。…計算完了しました。各ダンジョンともに半径1km圏内から退避して下さい。退避後、1km円周地点でバリアや防御魔法の展開を最高出力でお願いします』
「所長、これも聞こえてますか??」
「あぁ、大丈夫だ。うちの戦闘支援センター管制室から全国に中継している」
「了解です。ではこのまま続けます。アルファ、次を頼む」
『承知しました。ではこのまま続けます。…弾道計算、完了。各目標まで射出から10分から12分で着弾します』
「モンスターが地上に出てくるまでにギリギリ間に合うな…」
『はい、そうですね。13発全ての大型杭のセット・角度調整が完了。こちらの準備は完了しました』
「ありがとう。所長、そちらはどうですか?」
「各地の部隊がダンジョン開口部から離脱中だ。あと2分くれ」
「了解です。では20時32分に神の杖、大型杭を大気圏に向けて投下します」
ーーー
20時31分。13か所すべてのダンジョンから軍、警察、探索者が離脱した。
首相官邸では鷹匠が、三鷹のダン研では林や古賀が、六本木の避難区域では西原が、そして日本中の人々が夜空を見上げる中でその時はきた。
『マスター。時間です』
「おう。じゃあこれも10カウントでいくぞ」
『承知しました。いつでもどうぞ』
「10、9,8,7,6、」
”頼む頼む頼む…”
”うおおおおおおおおお!!!!!”
”星に祈りを…”
”夜空を見上げるのとか久々だわ”
「5,4,3,2,1、神の杖、射出」
『全弾大気圏に向けて投下しました』
その日、13個の流星が日本の夜空を切り裂き、そしてダンジョンに星が流れた。
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