第41話

そしてダンジョンはまるで生き物であるかのように進化することがある。普段のダンジョンは上層、中層、下層と、場合によっては深層や超深層からなり、その階層や広さ、構造が大きく変化することはない。


しかしこれまでの研究の結果、ダンジョンは数年から数十年単位で大きく拡張する場合があることがわかっている。


さらにダンジョン拡張のタイミングと近いタイミングで新規ダンジョンが発生することも知られている。


これらのダンジョン拡張やダンジョンの新規発生はダンジョン内に一定のエネルギーが溜まり、それが一気に放出されることで発生する現象だと考えられている。


そして当然、それらのエネルギーが一気に解放される際にダンジョンだけでなくモンスターも異常発生することでスタンピードが発生するというのが現在の通説である。


こういった背景を考えるとダンジョン内の魔素濃度が上昇し、さらにダンジョン拡張の兆候が見られるという現在の状況は明らかにスタンピードの前兆となっていた。


さらに今回の各種調査では不味いことがわかっている。それが複数の特級、および1級ダンジョンで同時多発的にスタンピードが発生する可能性が指摘されたことだ。


これまでのダンジョン拡張やスタンピードの事例は一つの特級ダンジョンが暴発して周囲に甚大な被害を与えたケースが主であり、複数のダンジョンが同時多発的にスタンピードが発生した事例というものは世界を見渡しても報告例がなかった。


そんな歴史的な経緯を完全に無視する形で今回は、三崎がもぐった富士五湖ダンジョンも含めて、首都直下型ダンジョンの六本木ダンジョン、三重県の伊勢ダンジョン、高知県の四万十ダンジョン、鹿児島の霧島ダンジョンなどの特級ダンジョンを含めた10数カ所のダンジョンで同時期にスタンピードの兆候が観測されていた。


これらの東京以西の太平洋沿岸部の主要なダンジョンが一気にダンジョン拡張し、スタンピードが発生した場合にどの程度の被害が出るのかはまったく想像がつかないレベルである。


そのためことの重大さを認識したこの会議の参加者たちはみな一様に非常に渋い顔をしていたのである。さらに林所長から事前にこの会議の報告書はダンジョン庁、および内閣官房、軍にも送られており、それぞれの担当者たちが頭を抱える自体となっていた。


内藤や中田たちからの発言を確認した林所長は、やや渋い顔をしながらも一つうなずき、


「よし。これで概ね全員の現状の認識が揃ったと思うので次の話に進めよう。中田くんの提案通り各地のモニタリングと、何かが発生した際に備えた準備を優先して進めていく。具体的なプランと今後の動きについてはこの場で概要まで決めてしまってから動き出そう。中田くん、このまま進めてくれるかい?」


林所長からの総括のコメントを受けて中田課長と、スタンピード対策臨時プロジェクトチームの面々が新しい資料を会議参加者に配布したりして会議がこのまま進められていく。


その日、ダンジョン技術研究所の大会議室で13時から始まった会議は20時ころまで続き、ダン研の今後の動きと各自の役割担当まで割り振られてから解散された。


ーーー


20時すぎ。ダン研の自室で三崎は伸びていた。


「さすがに半日まるまるの連続ぶっ通しの会議は疲れた…」


普段からあまり長丁場の会議などに顔を出さない三崎は、先程までの長時間の会議に参加したことで完全にグロッキーになっていた。


しかも無駄に長いただの会議であれば途中でぼーっとしたり、手元の端末で別の仕事をしたりと気分転換することができるのだが、ダン研の特に林所長が出てくる会議は基本的に無駄な時間が一切ない会議なので本当に気が抜けない。


三崎は社会人になってからずっとダン研で働いているのであまり実感は無いのだが、林所長の決断力や会議の進行能力などは非常に突出しておりダンジョン庁含めた官公庁界隈でも一目置かれる程であった。


と、そんなことは割りと本気でどうでも良い三崎は部屋の応接セットでだらけつつ、先程までの会議で配布された資料や、今後のアクションプランについて読み直していた。


今回三崎に対して出された指令は大きく3つあった。


1つ目はダンジョンのモニタリング強化のため、アルファやドローン技術をスタンピード対策臨時プロジェクトチームに積極的に提供すること。


2つ目はダンジョン拡張の正確な情報を得るためアルファやドローンを活用した計測・測量技術の実装。


3つ目は配信を通して探索者や一般的な人々に対して適切なダンジョンの危険度やスタンピードが発生した場合の対処法を伝えること。こちらは広報部長と協力して適切な情報の出し方を検討することになっている。


これらの指令を再度確認しながら三崎は、


「なーんか大事になってきたねぇ…」


と一人ぼやいていた。

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