第40話

第4回目の配信から数日後。ダンジョン技術研究所の大会議室は緊迫した空気に包まれていた。


各地のダンジョンで情報収集を進めていた調査結果が出揃い、その報告会が実施されていたのである。


参加者は林所長、技術評価本部の加賀 本部長、研究開発本部の第1課から第7課までの課長、ダン研 技術評価本部が誇る7人の深層探索者、スタンピード対策臨時プロジェクトチームの面々、支援本部の本部長、広報部長、そして三崎だった。


「ではひとまず報告は以上となります。これから質疑応答に入りたいと思います」


調査結果の報告を実施していた研究開発本部 第3課課長 兼 スタンピード対策臨時プロジェクトチーム リーダーの中田拓真がそう言って報告を終える。


「中田くん、説明ありがとう。では最初に私から改めて質問させてくれ。いつ、どこでスタンピードが発生するのかを予測するのはやはり難しいという認識で大丈夫か?」


そう言って悩ましい顔で議論の口火を切ったのは林所長だった。


「所長、ご質問ありがとうございます。おっしゃるとおりピンポイントでの発生予測は非常に困難だと考えています。スタンピードは現象としては地震に近く、その発生可能性も地震の予測と同様に「今後何年以内に何%」というような表現にならざるを得ない状況です」


中田課長の改めての説明に会議室内からため息ともうめき声ともなんとも言えない声が漏れる。


「中田くん、ありがとう。となると現時点では正確な発生日の予測に注力するよりも、何かが起きた際にどう対応するのかをしっかり決めておいた方が良いということだね?」


「はい、そうですね。仰るとおり現時点では予測精度の向上に注力するよりも、各地のモニタリングと、何かが発生した際に備えた準備のほうが優先度が高いと考えています」


林所長と中田課長のやり取りを聞いていた大多数の参加者はうなずいたり、手元の端末に入力をしたり紙の資料になにやらメモを取ったりしていた。


その話の流れのまま、今度は林所長から加賀本部長や探索者たちに話が振られる。


「というこで研究開発本部や研究者たちの見解は先程話しをしたような状態だが、加賀本部長や探索者の諸君はどう思う?」


話をふられた加賀本部長はひとつ頷いて


「技術評価本部としても今回の件への対応策は先程の案に賛成です。ただ実際に私自身は今回はダンジョンの深くまで潜ってないので現場の者たちにも改めて確認したいですな。内藤、どうだ?」


内藤誠一は生田鈴と共に、三崎の配信後に富士五湖ダンジョン超深層にアタックした深層探索者である。


さらに彼はダン研技術評価本部に在籍する7人の深層探索者の中でも序列1位というランクを与えられている国内の探索者の中でも最強格の一人だった。


なお同じく深層探索者の生田鈴は序列7位。三崎の同期で友人の佐野恵太郎は序列4位である。


これらの序列は平時ではあまり大きな意味を持たないが、何らかの作戦行動時や異常事態の際にはそのまま指揮権の順位となっている。


「みなさんお疲れ様です、内藤です。詳細な報告書は既に上げているのでそちらをご確認いただければと思うので、あくまで勘というか感じた雰囲気的なものをお話させていただきます。探索者としては現在のダンジョンに対してはかなり違和感を感じます。とくに深い階層に行けば行くほどですね」


「それは魔素の濃度が関係しているのか?」


内藤の発言に対して加賀本部長が質問を重ねる。


「そうですね。おそらく魔素濃度も関係していると思いますが、なんとなくそれだけでは無いような気もしています。なんというか表現が難しいのですがダンジョン自体がざわざわしているというか、落ち着かない雰囲気ですね」


内藤の発言自体はかなりふわっとしたものだが、深層探索者たちの直感は馬鹿にできないので皆が真剣な表情で聞いていた。


そもそも深層探索者たちは五感についても一般的な人間よりはるかに優れており、ちょっとしたセンサーの類よりも彼らの直感の方がよっぽど当てになるケースも多い。


そして内藤の発言を引き取る形で研究開発本部 第3課課長 兼 スタンピード対策臨時プロジェクトチーム リーダーの中田拓真が


「事前に内藤さんをはじめ深層探索者の皆さんにはインタビューさせていただいていたので、それらの発言をもとに今回得られていたデータを改めて精査した結果も報告書のAPPENDIXに掲載しています。計測機器の精度やデータ粒度の関係でそこまでしっかりした結果が得られているわけではないのですが、どうやら内藤さんが仰るとおりダンジョン自体がどうも振動しているというか動いていますね。さらにダンジョン内の容積というか空間も拡張している兆候が確認できました。それ以上の情報については現在追加で精緻な調査中です」


これだけダンジョンの存在が一般化した現在においても、実はそもそもダンジョンそのものの研究は道半ばである。


ダンジョンは一般には地下空間に成立するものであるのだが、実はそのダンジョン内の空間の広さと、実際に地下の空間を外から計測したサイズは一致していない。


要するにダンジョンは、現実世界の地下構造物を主な構造としつつ、半分以上は異世界と言うか異空間となっているのである。


これらの異空間を成立させている不思議パワーが魔素と呼ばれているものであった。

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