不可欠な世界

消えたいけど消えれない"Y"

第1話 嫌い

ーーーーーーー「お前なんぞ必要ない」ーーーーーー

まだまだ蒸し暑さが続く。雨は気温を下げるどころか余計にじめじめとした空気を作っている。

私は止みそうにない雨雲を見つめては、ため息をつく。なんにも変わらない、変わって欲しいとも思わない日常。この天気のようにうんざりする。

(帰りたくないな...)

私は父子家庭であり、今の父はギャンブルやお酒に入り浸り、家のことなどほったらかしている。なので私が家事全般を担っている。その習慣せいでどんなに母が苦しんでいたか。母は3年前、病気でなくなった。私は昔の父が好きだった。昔は近所の公園につれていってくれたり、私が大型犬に噛まれそうになったときには身を呈して守ってくれた。その大きな城壁のような背中は、いまでは路地裏の落書きのあるコンクリート壁だ。

ある日、気圧の変化で体調が悪化したため早退したら久しく、父が家に居た。いつもならパチンコかスロットにでも行ってるのに。

「ただいま...あっ、お父さんいたんだ...」

「....」

相変わらず無愛想だ。

そんな父を横目に自分の部屋に入る。

「ただいま..お母さん..」

机の上には幼いときに撮った私と父と母の写真が飾ってある。懐かしいあの頃。戻れたらどんなに嬉しいか。

数分の間思い出に更けた後、学校の課題に取りかかる。止みそうな小雨が窓を優しくうつ。


「あぁ、疲れた...」

時計に目をやると、19:00を示していた。課題を始めて一時間経っていた。

「そろそろご飯作らないと...」

そう思い椅子から離れた瞬間、ノックが聞こえた。

「...お父さん?」

「...ちょっといいか?」

なにか分からないまま、リビングへ出た。

「話したいことがある。」

「...何?お父さん..」

「単刀直入に言う。この家から出ていけ。」

「......えっ」

意味が分からなかった。急に出ていけなんて、そんなこと言われても...

「...どうして?」

「お前が邪魔だからだ。」

「お前もお母さんと同じように俺のしていることに難癖つけて邪魔しようとする。そういうところが気にくわない。」

「そんな....それはお父さんを思って....」

「そういう気遣いが邪魔なんだ!」

父の中で何かがふっ切れている。

「いいから出ていけ!」

そういって私の腕をつかみ、外へ連れていく。

「ご、ごめんなさい!...お父さんの気にくわないようなことしてごめんなさい!...」

「今更謝ったって遅いんだよ!」

玄関の扉をあけ、私を放り投げる。

「きゃっ!...」

そのまま私は地面に叩きつけられ、扉が閉まる。

「お、お父さん...ドアを開けて....」

何度も扉を叩くがいっこうに開く気配がない。

曇った夜空に冷たい西風が吹き抜ける。

「........なんで........」

寝静まった町は色を消していく。

私は途方にくれなす術もないまま、立ちすくんだ。

  こんな世界、嫌いだ

「うぅ.....さ、寒い...」

夏の夜でありながら、雨上がりなので気温がグッと下がっていた。

寒さと空腹が体力を蝕む。

「...コンビニで何か買わないと...」

何か持ってないか、ポケットのなかに手を突っ込む。

あったのはたったの300円。おにぎり2個買えるくらいだ。

それを握りしめ、近所のコンビニへ向かう。

闇に染まる道のりを街灯が仄かに妖しく照らす。

足の裏から伝わる冷たさは、心までも凍らせてしまう。

信号の灯る交差点。通る車も居ないのに、律儀に信号が変わるのを待つ。せめて、上着だけでも持ってくればよかった。

暗い道のりを越え、コンビニに着くと一人のおじいさんがいた。ホームレスって感じの服装に白い髭を生やしている。

「....お嬢ちゃん、こんな夜中にそんな薄着で出てきたら風邪引くぞい...」

突然声をかけられたものだから、身体がビクッと跳ねてしまった。

「おぉ、すまんな...驚かせてしまったかな...?」

「...大丈夫です...」

「....お嬢ちゃん、靴もはかずにどうしたんじゃ...?」

「...あっ....えっと....」

「無理に話さんでも...その感じ、家で何かあったようじゃの?」

「.....」

図星だ。これが年の功というものなのか...

「儂も昔は父親と喧嘩してよく家出したもんじゃ。そうして友達の家に泊めてもらってあそんだりしたのぅ。」

「そうなんですか....」

「もしや、泊まる場所が必要かの?」

「...はい」

正直、このおじいさんは怪しいと思っている。だがしかし家に帰ったところでおそらく父は、家にいれてくれないだろう。

「よかったら、儂の家にくるかい?」

「えっ....」

「嫌じゃったら、無理せんでええからの」

「....お邪魔しても...いいんですか..?」

この寒い夜を越えるにはそうするしか他なかった。もし、このおじいさんが私に危害を加えようと、父とそう変わらないので、もう、私の身体なんて、どうでもよくなっていた。

「そうか...少し町から外れたところにあるから、ちょいとばかり歩くが構わんかね?」

「はい..」

そういってゆっくり歩きだしたおじいさんを見つめながらついていった。北東の方角には星が1つ2つ、瞬いていた。

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