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 早朝の商店街は意外と慌ただしい。

 あちらこちらに駐車されたトラックから、作業着のおじさんたちが荷物を下ろしては店へと運ぶその間を縫って、通勤の人達が急ぎ足で通り過ぎる。

 店員さんらしき人が店先を掃き掃除している昔ながらの薬局。向こう側はシャッターの閉まったままの酒屋。その間に「喫茶マーメイド」は存在していた。

 店の入り口扉には「CLOSED」の看板がぶら下がっているけれど、その脇にあるショーケースと言うのか、ケーキ屋さんなんかで見かけるガラスケースの上の小窓は開いており、手書きの「お弁当580円」の紙を観光地の土産物らしいゆるキャラに立てかけてある。580円か。ちと高いな。

 お店の人は……。

 窓を覗き込んで店内を伺う。誰もいない。銀色のカウンターの上におかずの入ったプラスチックのお弁当容器がいくつか並んでいる。どれも半分は空っぽ。その奥にある業務用の大きな炊飯器が目に入る。きっとここからご飯をよそうのね。炊き立てってわけだ。なるほど。炊飯器の隣の大きいタッパーは何だろう。


「うちに用?」

「うわっ!」


 つま先立ちで小窓のガラスにおでこが付かんばかりに覗き込んでいた私は、背後からの突然の声に飛び上がりそうになる。良かった、頭突きとかしなくて。

 その人は竹ぼうきを持ったままでこちらを一瞥して、それから、あぁ、と呟いた。どこか余裕を感じさせる言い方だった。私はその竹ぼうきを見て、この人がさっき薬局の前を掃き掃除していた人だと気付く。


「お弁当?」

「あ、っはい」

「ひとつでいい?」


 頷くと、竹ぼうきを壁に立てかけて「CLOSED」のドアを開く。カランコロン、というレトロ喫茶にありがちな音がした。

 手を洗って、炊飯器を開けて、湯気の立つご飯をお弁当容器の半分に盛り付ける。さっき見た大きいタッパーは梅干しが入っていたらしい。ご飯の上にひとつ乗せて、蓋をして、お弁当容器に乗せたお箸ごと薄い紙を巻いてからセロテープで留めて、ビニールの手提げに。


「580円です」

「へあっ……は、はい」


 手際に見とれていてお金の準備をしていなかった。あわててお財布から紙幣を取り出してショーケースに乗せる。私はその時やっと、その人の顔を見たんだと思う。自分の口元がまるで金魚のようにぱくぱくと動いたのを覚えている。


「今日はメンチカツ弁当です」


 ニコリともせず、お釣りを手渡してくれる指先に触れてはいけないと思うほど、その人は。


「またどうぞ」

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