第27話 アカウントの主

「えっ。……な、何の話です? 月ノ下さん」


 駒込くんはこわばった顔で僕に目を向ける。


 沈黙がおりた校舎裏の歩道に、木々の風鳴りだけがかすかに響いた。僕は彼に一歩踏み出して、コホンと咳払いをする。


「僕らは元々、千駄木くんに調査を頼まれていたんだよ。一か月くらい前にSNSでロードワーク中に犬を助けた野球部員が話題になった。だがそのアカウントはどういうわけか、直接名乗りこそしないものの千駄木くんの行動をなぞって彼のようにふるまっていた。千駄木くんは不安に感じて、誰が自分のふりをしているのか調べてほしいと僕らを訪れたんだ」 

「そのアカウントの正体が僕だというんですか?」


 彼は表面上はとぼけたように首を振ってみせた。僕は順を追って説明をする。


「まず、あのアカウントが最初に話題になったきっかけは、道路で犬を助けたという美談だ。しかし千駄木くんにあの日にロードワークをしていた野球部員を紹介してもらって話を聞いてみたんだが、そもそもあの一件が起きたT駅の近くをコースにしている人間がいなかった」

「そういえば、そうだったわね。千駄木くんの行動に詳しく、かつあの日にロードワークをしていた部員に話を聞いたけれど誰もT駅近くを通ってはいなかった。でも駒込くんも該当しないのではないの?」


 隣の星原が額に手を当てて記憶を探るそぶりをした。


「最初はそう思っていた。しかし先日、偶然彼と校内で出会ったときに僕は聞いたんだ。彼は野球部では二軍だけれど、『陰でこっそりレギュラーメンバー用の共通メニューもこなしていた』んだ。地道に努力して彼なりに上手くなりたいと頑張っていたんだよ。つまり、ロードワークもこなしていた。だけれどもバレないようにロードワークをするとなれば、当然コースも他の部員と変えないといけない。そう、他の野球部員なら選ばない『車通りの多いT駅近くの国道』だ」

「なるほどね。そして千駄木くんの中学時代からの友人の彼なら当然、行動を把握しているから、それに合わせた投稿内容をSNSで発信して千駄木くんのふりをすることもできると」


 黒髪の少女は納得したように呟いたが、横で聞いていた清瀬は眉をしかめながら僕に異を唱える。


「しかし、それだけでは彼がそうだと断言することはできないだろう。例えば自主的にメニューをこなしている部員が駒込くん以外にもいた可能性もある」

「ああ。だが根拠は他にもあるんだ。問題のアカウントは時々写真をSNSに投稿していてね。独特の目線から日常的な風景を切り取っていて、印象的な作品として仕上がっていたんだ。星原も『構図やセンスが上手い』『こなれている』と評していた。……ところで僕は写真部の部員に聞いたんだけど。『写真部には他の部と掛け持ちで、たまにしか顔を出さない部員』がいるらしいんだ。そしてその部員が立ち寄ったという直前に、僕は『駒込くんと写真部の近くで遭遇した』んだよ。つまり写真部に掛け持ちで所属しているという部員は駒込くん、君なんじゃないか?」


 駒込くんは一瞬沈黙したが、諦観の表情で力なく首を振ってみせる。


「……隠していたところで、後からでも調べればわかるでしょうしね。そうです。確かに写真部にも所属しています」

「ふむ。それでは彼にもあのSNSに投稿されていたのと同じくらい、熟練した写真撮影の技術があるかもしれない、と」


 清瀬が何やら考え込む表情になった。だが今度は虹村が「ええ? でも」と不審そうに疑問を口にする。


「写真の技術があるからって、写真部に所属している人が問題のアカウントの主とは限らないんじゃないかな。単に部活動以外で写真撮影の趣味がある人がいるのかもしれないよ?」

「そこなんだけど……思い出してくれ。千駄木くんが送ってきた三枚の写真には背景にあの植木鉢が必ず映っていた。時系列順だと『最初に撮影されたのは作業教室棟の横の雑木林』だ。つまり湯島たちは一番初めは、あの植木鉢を作業教室棟の横に置いていたんだ。そしてアカウントの主はそれに気が付いて第三者に知らせるために、あの場所で写真を撮影した」


 星原が髪をかきあげながら補足するように呟く。


「つまり、人通りが少ないあの場所に彼らが植木鉢を隠したことに気が付く人間がいるとしたら、それはあの『雑木林に隣接した作業教室棟の一室、写真部の部室を使っている人間』ということになるということかしら」

「それで『千駄木くんの行動を把握できる彼に近しい友人』で、こっそり『レギュラーの練習メニューであるロードワーク』をこなしていて、『写真部に所属』している人間。駒込くんがSNSのアカウントの持ち主だったということになるんだね」


 ポニーテールのクラス委員は感心したように鼻を鳴らした。


「ああ。とはいえ、これでもまだ決定的な証拠があるわけじゃない。可能性の高い状況証拠を積み重ねただけとも言える。だからそれでも駒込くんが否定するのなら、あとはレギュラー以外の部員でロードワークをしている人間が他に居ないか聞いてみるしかない。部員一人ひとりに聞けば、いずれは駒込くんの他に該当する人間がいるのかどうかはっきりするさ」


 黒髪で色白の少女が僕の言葉に肩をすくめる。


「もっとも例のアカウントの主の目的は、あの『隠されていた備品を見つけてもらうこと』だったものね。もう千駄木くんのふりをして注目を集める必要がない以上は、あのアカウントが誰であっても人目に付かない場所で尋ねれば正直に答えてくれると思いたいけれど」

「そうだな。それで駒込くん、どうなのかな。それとも君は僕らに部員にさらに話を聞く手間を取らせるつもりかな?」


 駒込くんは僕らの推論に目を見開いて固まっているように見えた。一方、ここまで黙って話を聞いていた千駄木くんが彼に向きなおる。


「なあ、清司。僕は別に怒っているわけじゃあないんだ。いや、確かに最初は自分のふりをしている人間がいることを不気味に思ったりもした。でもそれも注目を集めて写真を投稿することで、あの備品が隠されている場所を他の誰かに気づかせるためにやったことなんだろ? まあ、やるなら事前に教えて欲しかったけどさ」


 駒込くんはその言葉にビクっと反応して、そのまま両手をついて頭を下げた。


「ごめん。千ちゃん。俺は。……俺のために嫌な思いさせて。どうかしていたんだ」


 千駄木くんの友人である野球部員は、悔恨の表情でこの一か月の自分の行いを語り始めた。

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