第四章 友利成弥

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 一体、彼女はどこまで想定してシナリオを組み立てていたのだろうと、ずっと疑問に思っていた。自分が死んだあと、どんな過程を経て、どんな物語へと帰着すると考えていたのだろうか。

 ただ死んで終わりではなく、彼女はあえて僕たちにシナリオを遺した。それは彼女が自分の死を物語へと昇華するための手段だった。そこには彼女が想定していた正規ルートが存在しているはずだ。

 そして、僕は今確信していた。ずっと疑問に思っていたけれど、そもそもその疑問自体がナンセンスだったのだ。

あの日以降、これまでに起こった出来事は、すべて彼女の想定していたシナリオの中だ。

 彼女が遺していった封筒を開いたときから、あるいはそれよりもっと前から、僕たちは彼女の思い描いた物語の上で踊り続けている。自分の意思で動いているように思っていても、それは知らぬ間に彼女に植え付けられていたものだった。そのための伏線を彼女は死ぬ前に散りばめていた。

 僕たちはシナリオ上に置かれた登場人物として、それぞれが白坂奈衣への感情によって、彼女の死を彩っていたのだ。

 住野詩織は嫉妬だった。それを増幅させるために、あえて自分が恋敵であるかのように演じ、死ぬことで彼女の障壁となると宣言した。彼女は白坂奈衣の死を自分の手によるものだと虚言を吐き、結果的にその嘘が暴かれることで、誰の手にも汚されていない死の潔白さが証明された。

 桜川和希は羨望だった。それを屈折させるために、彼の求める理想像を語らせて、拒絶した。彼はその拒絶の結果こそが彼女の死ではないかと考え、自分を責めることで、そこに介入しようとした。しかし、それが自己陶酔でしかないことは、彼自身が誰よりも理解していた。

 西村景は好奇心だった。それを煽動するために、彼女は遺したシナリオに余分な一文を付け加えた。僕はまんまとその違和感に惹かれ、探偵役を気取って彼女の死を探っている。

 ただし、まだ一人、このシナリオに参加していない人物がいる。

 強いて言うなら、友利成弥は忌避、だろうか。彼は白坂奈衣の死から目を逸らそうとしていた。その理由を知ることができれば、その先にこのシナリオの結末が見えてくるのかもしれない。


――私はね、美しい死に憧れがあるんだ。


 人の心に残る死に方を求めているのだと、彼女は語っていた。

 では、彼女が選んだ美しい死の物語はどんなものだったのか。

 それを知りたいと思うこの好奇心も、彼女によって植え付けられたものなのだろうか。もはや、どこまでが自分で、どこからが西村景なのか、自分ではわからなくなっていた。

 蜃気楼のように揺らめく自意識を遠くに感じながら、この人はどういう感覚なのだろうと、目の前にいる友利先輩の顔を見る。

 今日も彼は亡霊のような姿で椅子に座り、僕を待っていた。ただし、僕を待ち伏せするようにやってきたあの日とは違い、僕が彼をこの場に呼び出していた。

「こんな畏まって呼び出してどうしたのですか? 先輩に進路相談、というわけでもないですよね」

 こちらが喋り出すよりも先に、彼はそうやって茶化すようなことを言った。わざと空気が重苦しくなるのを避けているようだった。できることならもう何も話したくないという意思が感じられた。

「どうして僕にあんなことを言ったんですか?」

 僕はずっとそのことが気になっていた。基本的に彼は何事にも我関せずの姿勢で、誰かに積極的に関わろうとするイメージがなかった。お互いのテリトリーを尊重し、一定の距離感を保って相手と接するタイプだ。だから、わざわざあんな風に忠告めいたことを言うのがかなり意外だった。

 そもそも僕だけでなく、和希もあの日のことを色々調べていた。それなのに、友利先輩が僕に会いに来た。そこに何か彼の意図があるように感じた。

 きっと友利先輩も他の三人と同じように、白坂先輩の死に関して何かを隠している。それはこのシナリオに書かれた登場人物である以上、間違いないだろう。ただ、それを探るためには、あまりにも僕は彼のことを知らない。

「余計なことを言ったな、と反省しています」

 苦笑いを浮かべながら、友利先輩は答えた。

「老婆心というやつでしょうかね。つい口を挟みたくなってしまっただけです。深い意図はありませんよ」

 のらりくらりと躱すようにして、中身のない言葉を連ねる。逆にそれはその奥に見られたくない何かがあることを示していた。

「先輩は白坂先輩が死んだとき、どう思いましたか?」

 僕は彼の核心を突く場所を探るように質問を投げかける。

「……それはもちろん悲しかったですよ。何故止められなかったのかという後悔もありました。だからこそ、残された私たちにとっては、静かに彼女を悼み弔うことがせめてもの償いだと思います」

 やはり彼からは模範解答のような答えしか返ってこない。しかし、それ故に綻びが見つけやすかった。

「本当に彼女の死に自分の罪があると思うのなら、その罪を知って、向き合わなければいけないんじゃないですか? 彼女が何故死んで、どうして僕たちはそれを止められなかったのか。それを知らないままに嘆くのは、彼女の死を感動ポルノとして享受しているだけです」

 正論を振りかざす相手には、正論を突き返す。簡単な話だった。そして彼の言葉は空虚でその場しのぎのものだから、一度崩れてしまえばもう元には戻らない。

「そう、ですね」

 彼は観念した様子で弱々しく微笑む。

「……あなたは少し私に似ていると思ったんです」

「僕が先輩に、ですか?」

「ええ。白坂さんが死んだあとのあなたは、彼女に囚われてしまっているように見えた。それが見るに堪えなくて、あんなことを言ったのだと思います」

 一瞬心を開いたように見えて、その表情を見ると、明らかにこれ以上は踏み込ませないという空気が滲み出ていた。流石は分厚い仮面をずっと被り続けているだけあって、そうそうその正体を見せてはくれないらしい。

「まるで実際に誰か大切な人を亡くしたことがあるみたいな言い方ですね」

 せめてもの抵抗として、最後に残しておいた小さな小石を投げてみる。確信はないが、そう考えるとすべて辻褄が合う。

「何を言っているのですか? 現に僕たちは大切な友人を亡くしているじゃないですか」

 しかし、彼はまた話をはぐらかすだけで、その分厚い仮面を脱ぎ去ることはなかった。

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