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和希は文演部で唯一、自分でシナリオを書くということをしなかった。
演者としては『本作り』に参加していたが、彼発信でそれがなされることはなかった。
もちろん演者も非常に重要な役割を担うわけだが、最終的に出来上がった物語が誰の作品かと問われれば、間違いなくシナリオを書いた発案者のものだろう。僕のように自分に割り当てられた役を通して内省を図るならば理解できるけれど、彼はむしろ器用に物語に合わせて役をこなす道化的な動きをしていることが多いように見えた。
それもあって、どうして彼が文演部にいるのかが疑問でならなかった。自分でも語っていたことだが、彼のようなタイプであれば大概どこでもやっていけそうだし、それなりな部活に入ってそれなりに楽しく過ごしていくこともできたはずだ。
文演部は学校全体で見れば、かなり異端で隅に追いやられたような存在だった。そもそも大半の生徒はどんな活動をしているのかもわかっていないし、それ故に胡散臭い部活であるように思われていて、根も葉もない噂も頻繁に聞こえてきた。
挙句、部員も代々各学年の変わり者的な扱いを受けている人間が多かったようで、必然的に文演部員=変わり者というイメージが定着してしまっている。実際に部員の一人である僕から見ても、変わり者が多いというのは事実だから、そう思われても仕方ないのかもしれない。
つまり文演部に所属するということは、学校生活においてはハンディキャップとなる側面も大きい。もちろんそうした偏見を持って接してくる人間はごく一部だろうが、それでも特別な理由かよほどの思い入れがなければ、わざわざその負債を負う必要もないだろう。
正直言って、和希には文演部が必要だとは思えなかった。自分では生きづらい人生だと語っていたけれど、それでも僕を含め他の部員たちと比べると、ずいぶん真っ当に生きているのは間違いない。むしろ彼にとっては、文演部に所属すること、『本作り』に参加することこそが、その生きづらさを加速してしまう行為に思えてならなかった。
自分自身について考えることは、必ずしもいい結果を生むとは限らない。内省なんてものは、基本的にはしない方が良いのだと思う。
本来、人間は日々を生きるのに精一杯で、余計なことを考える暇があったら幸福を追求するために行動する。人間は欲にまみれた生き物なのだから、その欲を順番に満たしていくだけで十分に生きられるはずだった。辛いことや苦しいことがあっても、それを上回る幸福が重なれば、次第にそれは薄れていく。
けれど、そういうわかりやすい生き方をできない人間も一定数存在する。幸福を感じるときに、これが本当に幸福なのかと考えてしまう。辛いことや苦しいことを過度に恐れて、その原因を探ろうと内省を繰り返す。僕たちの生きづらさの本質はそういった部分にあるのだと思う。そして、彼はそういう人間にしては、優しすぎる気がした。
ふとしたときに、そんな風にずっと考えていたことを彼に告げた。かなり知った風で偉そうな言い様だったし、お前に何がわかるんだと言われても仕方なかったと思う。しかし、彼は怒ることもなく、素直に自分のことを話してくれた。
「僕は白坂奈衣のファンなんだ」
彼は少し恥ずかしそうにそんなことを言った。
「性格には、小説家の『無白無』のファンと言った方がいいかな」
何を言っているのかわからず、僕は首を傾げる。
「そうか。先輩は自分から語ろうとしないから、景が知らないのも無理はないか。先輩は一度プロの小説家としてデビューしたことがあるんだよ。『無白無』というのは、そのとき彼女が使っていた筆名」
彼の話によれば、彼女は高校一年生のときにミステリ小説の新人賞を獲得し、プロとして実際に本を出していたらしい。しかし、最初の一冊以降は全く活動しておらず、幻の小説家として一部にカルト的な人気を博している。
「ちょうど高校に入る少し前に、偶然その無白無のデビュー作を手に取った。それであまりの完成度の高さに衝撃を受けたんだ。伏線の散りばめ方やその回収、トリックの目新しさ、最後に待っている前代未聞のどんでん返し。そのどれもが一級品だったけど、何よりも驚いたのが、心理描写の巧みさだった」
各登場人物について、必要十分な描写を当て込み、その人間性を恐ろしい解像度で描き出す。それを主要キャラクターだけでなく、登場するすべての人物でやってのけてしまうから恐ろしいのだと、彼は熱弁していた。
僕も後にその本を読んだが、確かに彼の語っていた通りだった。すべての登場人物が一人の人間として行動し、その結果、一つの物語が出来上がっている。そんな感覚を覚える不思議な作品だった。
小説ならばそんなのは当たり前だと思うかもしれないが、大抵の作品はどうしても物語のために登場人物が存在してしまうことがある。物語を正しい方向に進めるための発言や行動が盛り込まれ、それは登場人物の本来の人間性とはずれてしまう瞬間が生まれる。これは小説が創作物である以上は仕方のないことであり、むしろ、人間性にのみ従って物語を作れば、それはひどく退屈なものになりかねない。
しかし、彼女の小説はそれを絶妙なバランスで実現していた。人間性と物語の両立。これはまさに、『本作り』によって生まれる物語と全く構図だった。
「兄さんがこの学校に通ってたから、無白無が白坂奈衣という高校生で、文演部という部活に所属しているということを知ったんだ。だから高校に入って真っ先に文演部に入部届を出しに行った。流石にファンですとは言えなかったけど、初めて相対したときは感動したよ」
つまり彼は一読者として、彼女の作品を享受するために文演部にいるのだった。僕たちとは全く別の意味で彼女の物語を求めていた。だから本来的に『本作り』には興味がなく、自分で物語を生み出そうという意欲がない。それが僕の感じていた違和感の理由だった。
「もう一度小説を書いて欲しいとは思わないの?」
本当に彼が求めているのは彼女の書いた小説であって、その代替品として『本作り』を享受しているに過ぎない。それは読者としては、ある意味不本意なのではないかと思ってしまう。
「まあ確かに、無白無の新しい小説を読みたいという気持ちはあるよ」
そう言いながらも、彼は軽く笑いながら首を横に振る。
「彼女の作品は彼女のものであって、僕たち読者のものではないからね。こればっかりは彼女が書きたいと思わなければ、どうすることもできないよ」
「ずいぶん物分かりがいいファンだね」
「そうかな。もしかしたらかっこつけてるだけかも」
そんな冗談めかしたことを言う。しかし、その奥にはきっと彼なりの正義があるのだということがよくわかった。
「ただ、残念ではあるかな」
「残念?」
この話の流れで、そうしたマイナスの言葉が出てくるのが少し意外だった。
「今の彼女はなんというか……自罰的な創作をしているきらいがある。ずっと何かに囚われ続けているような、そんな気がするんだ。だからいつも必ず自分を殺しているんだと思う。本来の彼女はもっと自由なはずなのに」
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