第3話

日本を出国し、遥か南方、熱帯地域のとある国の空港にコウセイは降り立った。汗が滴り落ちる。暑い。しかし、日本のような湿気は感じず、比較的サラッとした暑さは幾分救いがあった。


汚職による政治的不安定や所得格差など、昔は大きな問題を抱えていたらしいこの国だが、現在は世界の経済や科学技術をリードする立ち位置まで発展を遂げている。


そんな科学の一等地に、コウセイはたどり着いていた。オンライン・ミーティングでのリクルーティングからわずか一週間後のことだ。行き場を失っていたコウセイにとって、このまたとないチャンスを逃すわけにはいかない。そんな思いがコウセイを駆り立てた。


空港のラウンジには、エマの他に眼鏡を掛けた短髪の男性、そしてスーツ姿のやや年配の女性が迎えに来てくれていた。


「ようやくリアルで会えましたね。待っていましたよ、コウセイさん!」

「そうですね、エマさん。よろしくお願いします。」


見知らぬ異国の地で知っている顔が見えてホッとした。笑顔を交わし合う。実物のエマは、アバターよりほんの少し背が小さく見えた。


「こちらは研究室の室長のエレナさん、彼は凄腕エンジニアのリノさんです。」


「いらっしゃい、よく来てくれたわね、ミスターキリヤマ。私は研究室の責任者を務めるエレナ・モーリスといいます。よろしくね。」にこりと微笑む。


「リノ・フェルナンデスだ。ロボットに強い人材が見つかって嬉しいよ。初めて知ったがどうやら凄腕エンジニアらしい。」とぼけて見せるので場が和む。


「はじめまして、桐山コウセイです。呼んでくださって感謝します。」


エレナは50代前半くらいだろうか、落ち着いた柔らかい物腰で安心する。

リノはコウセイより少しだけ歳上に見えた。知的で堂々とした雰囲気だがユーモアもあるようだ。差し出された手が握手を求めていると気づくのに一瞬遅れたが、慌てて順番に握り返す。


「長旅ごくろうさま、疲れたでしょう?研究室に行くのは明日からにして、まずはランチを取って少し休みましょう。」


エレナの申し出に礼を言う間もなく、エマが身を乗り出してきた。


「コウセイさんは何か食べたいものありますか?こちらでは肉と豆を煮込んだフェジョアーダなんかが好まれてます。日本食が良ければお寿司やお蕎麦を出してくれるレストランもありますよ。」


とりあえずは歓迎されているようでホッと胸をなでおろす。


政府や世界の名だたる企業から大きな期待と支援を受ける、この国トップレベルの総合研究施設。

エマたちの研究室は、その中で静かに軒を構えている。


マインドアップロード技術は、期待値という点で他の技術に比べてやや遅れを取っていた。

次世代型の量子コンピュータ、遺伝子改変技術、小型核融合エンジンなどのテーマは一般人に受けがいいし、超弦理論やループ量子重力理論を解き明かそうと躍起になっているグループは先鋭的なフォロワーに熱烈な支持を受けている。


ではマインドアップロード技術はどうか。


十数年前に理論が完成しており、すでに実用が可能な状態に辿りついていた。仮想のメタバース世界に転生し不老不死を実現する、人が神に進化して新たな世界の創造主となる、などと大仰にもてはやされた。世界経済に大きな影響を与え、巨額の富を生み出しもした。そうしてひとしきり持ち上げられた後、熱狂から冷めた人々が次に発したのは強烈な憎悪だった。


生命の尊厳を破壊する恐ろしい技術だ、とロビー活動の嵐が巻き起こった。この技術を使う者は、人であることを捨ててAIになり、やがて人類を滅ぼすための戦争をひき起こす、というのが古来より繰り返される彼らの言い分だった。


その言説は人々に鋭利に刺さった。実際、AIの犯罪利用、戦争利用に世界は疲れ切っており、世論はマインドアップロード反対、に大きく傾いていた。


だが、それらの思想とはまったく異なる軸でこの技術に向き合う人々も大勢いた。永遠の命を欲する大富豪、死が間近に迫った老人、病気や怪我で意識はあるが体が動かなくなった人、人生に絶望し自殺未遂を繰り返す人。


民衆の大声にかき消された弱き者と、富と権力を用いて腕力を振るう者。新しい潮流は、そのようなマイノリティな者からじわじわと浸透するものだ。静かに、そして着実にマインドアップロード技術は広がった。


その黎明期は悲惨な事故が多く起こった。マインドアップロード後の環境変化による精神疾患、住処となるメタバース世界での犯罪行為、ケア用AIのアバターとの仮初めの享楽に人生を狂わせる者が大勢現れたかと思えば、生成された意識と生成前の本人の対立さえ起きた。


これらの事態を重く見た各国政府はマインドアップロード技術の利用を制限した。そして世界経済と深く結びついてしまったこの技術を後戻りさせる事など最早できず、法整備での対応に明け暮れることになる。そもそも肉体を持たない意識のみの人間に、既存の法など適用できないのだ。


この時期、法学者またはエレナのような倫理学者はかつて経験したことのない、忙しさと精神的負荷に苛まれていたようだ。それでも、マインドアップロードがもたらす正の側面を信じる人々によって、確実に足場が築かれていった。黎明期の混乱は鳴りを潜め、制限も緩和されつつあり、現在は安定期に入った。


マインドアップロードには正と負の側面がある。だからこそ正しく向き合える方法を示したい。

エマたちの研究室は、今はまだ注目の度合いが小さいが、人類の次の進化の道標となるべく研究を続けていた。


■ ■ ■ 


コウセイの初出勤の朝。彼を迎えるためにエマは少し早く研究室に出勤していた。

給湯所で薬を飲む準備をしていると、室長のエレナが話しかけてきた。


「真面目そうな雰囲気があなたと合いそうね。彼。」


「コウセイさんですか?・・・い、一応断っておきますが、私はあくまで彼の、開発者としての腕を見極めて誘ったのでそういう・・・」ちゃんと仕事目線でリクルートしていますよ、と表情で主張する。


「ふふ・・わかっているわ、ごめんなさい。」

もーっ、とからかわれたことに不満を示した。


ごくん、とカプセルを飲み込む。エマの顔色が少し悪いことにエレナが気づいた。あまり無理しないでね、と伝える。

「いつも心配かけてすみません。」

「私はあなたの親代わりのようなものだからね、気にして当たり前よ。」

「あのときエレナさんが私のことを引き受けてくれて本当に感謝してます。ありがとう。」


エマが14歳のとき、彼女の両親は交通事故で亡くなっていた。

そのとき天涯孤独となったエマを後見人として引き取ったのが、両親の友人であり同僚でもあるエレナだった。以来、ことあるごとに感謝の気持ちを伝えるのが癖になっている。


リノの案内でコウセイが研究室に入ってきた。慣れない異国の地で困らないように、と滞在先のホテルまで出迎え役を買って出てくれた。自動運転の車を利用しているのでさほどの労力ではないが、気にかけている様子を見るに、男性同士で歳も近いので気が合うのかもしれない。


「おはようございます。コウセイさん!」

「あ、おはようございます。今日からよろしくおねがいします。」


コウセイは少し緊張していた。勇んでここまで来たものの、この選択は正しかったのだろうか。自分は役に立てるだろうか。自分がやるべきことを取り戻せるだろうか。


エマは、すでに出勤している他のメンバーに声をかける。

「みなさん、紹介しますね。日本から来てくれた、桐山コウセイさんです。本日から我が研究室に参加していただけることになりました。」


「初対面のメンバーを紹介しますね。神経科学担当のソフィアさん、バイオエンジニアのマックスさん、ベンさんは心理学の側面からサポートしてくれてます。」

「わたしはマインドアップロードした人間の倫理について研究してるわ。」とエレナ。

「そして改めまして、若輩ながら、このチームのリーダーを務めています、山口エマです。担当領域は・・」

「全部だな。」とマックス。

「うん、全部ね。」とソフィア。

「節操がないんだ、この子は。」とベン。

「う、まぁ・・そんな感じですね・・」エマがしょんぼりしている。


ソフィアが後ろからエマの両肩に手を添えてフォローに入る。

「エマはちょっと頑張り過ぎなのよ。でも、みんなエマを尊敬してるし、大好きなの。だから、あまり無理しないよう見張っていてね。」

みんなが同意するように頷いている。


「ソフィアさん・・・」嬉しいような恥ずかしいような、複雑な表情がエマの顔に浮かんでいる。

どうやらソフィアはエマからみて歳上の頼れるお姉さん、といった立ち回りらしい。マックスとベンも、明るい表情が見て取れる。なかなか雰囲気の良いチームのようだ。


ソフィアが脳の構造を解析する。それを受けてリノが脳データのマッピングとエミュレートプログラムを組む。脳からデータを抽出するバイオエンジニアリングを担当するのがマックスだ。この一連がマインドアップロードの技術的コアを形成している。驚くべきことに、エマはこの全てに精通している。彼女が一目置かれる理由だ。


ベンとエレナは、それぞれ心理と倫理の側面からマインドアップロードされた意識の実体について研究している。人の未来の行末を左右する、とても重要な領域だ。こちらについてもエマは必死に勉強している。

「まずは研究室に所属するための手続きがあるので、エレナさん、お願いします。その後は・・やることが山盛りなので、私とリノさんと三人でミーティングしましょう!」


■ ■ ■ 


「では、はじめようか。」リノの声掛けにコウセイとエマが集まってきた。AIに事前に用意させたログデータをリノが空間ディスプレイに投影した。ロボットの動作状況の再確認をはじめる。先のオンライン・ミーティングで聞いた通り、やはり意識データの変換の際に処理速度とアクチュエーターの連係にラグが発生していることが浮き彫りになった。


「どうですか?コウセイさん。」


「事前にエマさんから聞いていた話と大きな違いは無いようですね。アクション・シンクロナイザを検討しましょうか。」


それは、コウセイが開発した自立学習型動作制御最適化アルゴリズム生成AIだとリノに説明する。簡易的な適合テストをAIに実行させて適合率の値を見る。悪くない。開発に着手してもよさそうだ。

同時にロボットのパーツ交換をエマに提案した。

「日本に質の高いパーツを作ってる町工場があります。職人が磨きぬいたロボットの関節のジョイントパーツは、駆動効率が5%は向上するはず。世界的にも結構有名なんですよ。」資料を送っておきますね。と付け加える。


コウセイはソフトウェアだけじゃなく、ハードウェアの技術と知見も持ち合わせていた。あくまでセミプロの範疇だが、子どものころから機械いじりが好きで、大学に在籍していたときにプロトタイプのロボットを作った経験があると説明した。


その話を聞いたリノは、普段のクールさを忘れて少年のようにコウセイとワイワイやりだした。様子を見ているエマも和んだ気持ちになる。


こうして、この研究室におけるコウセイの最初の仕事が始まった。


■ ■ ■ 


一週間後。アクション・シンクロナイザの組み込みが終わり、ロボットのギター演奏テストを再度行うことになった。


メンバーが全員立ち会う。ちょうど仕事休みが重なったリサも野次馬として押しかけてきていた。


「わーリアル・コウセイくんが居るよ!おーいコーセー!!」コウセイの耳元ではしゃぐ。


「うるさっ、リアルも性格いっしょですね。お初です。リサさん。」リサが好んで使う古いネットスラングで挨拶する。


「はい、お初。すばらしい研究所でしょ?無職を救った私に感謝してよね!」と、大威張りだ。


「おっしゃるとおり。その節はありがとうございました。」素直に感謝する。


「で、リアルのエマはどうだった?可愛いでしょ?もう惚れた?惚れたよね?」とコウセイに無駄に絡む。煩わしい事この上ない。


はーい邪魔しないでね、と無表情のエマに首根っこ掴まれ、椅子に座らされて大人しくなる。


かくして実験がスタートした。心配そうにエマが見つめている。だがそれは杞憂だった。ロボットは無事に演奏をやりきった。しかも、以前より格段に質の高い演奏ができていた。


メンバーから拍手が沸き起こる。コウセイは無表情を装いながら心の中でガッツポーズ。


「どうですか、エマさん?」


「ちょっと感動しちゃった。泣きそうです、コウセイさん。」エマが感慨深そうに感想を伝えてきた。


「そんな大袈裟な。たぶん、チューニング次第であと7〜8%くらいは動作効率を上げられると思いますよ。」


少し割り引いた数字をエマに伝える。


「え、本当に?それはスゴイ・・・!」エマの表情がぱっと輝く。今までのやり方でそれだけの数字を叩き出すとしたら、どれだけ苦労することか。


「エマは研究が進むと本当に嬉しそうになるなぁ。」ベンが話しかける。


「嬉しいですよ。運動性能が上がればAIの仮想意識のストレス負荷が減ります。それはアップロード意識の場合も同じで、躯体の性能アップは心理面に大きな影響を及ぼすはずなので、重要課題なんですよ!」


「だったらワシの仕事が楽になりそうだね。そいつは大歓迎だ。」アップロード意識の心理研究はベンの担当で、かんたんには見つからない答えを探し続ける彼にとっては朗報だ。


アップロードされた意識の心理はどのように変化するのか。あるいは成長、減退するのか。これについてはまだまだ臨床事例が少なく、ベンたち心理学者や医療従事者は頭を悩ませている。


例えばアップロードされた人間にも鬱症状が現れる場合がある。これは、脳をスキャンしたときに解析された感情に伴う脳の化学変化の傾向を、ニューラルネットワークの構造の一部として組み込んでいるために発生する。


そのデータを除去することも技術的には可能だが、そうするとスキャン前の当人の意識と大きなズレが生じてしまう。その人をその人たらしめている要素の一部を無くすことに等しい。


こういった構造を取るからこそ、マインドアップロードは人の意識を再現する、という定義ができるのだ。


当然だが生身の人間のように薬を服用するなどの対応は取れない。同様の効果があるメンテナンス・アプリケーションも考案されてはいるが、まだ試作段階のため現状では人の手による心理ケアの方が効果を出せている。


あるいは新しい記憶や経験を蓄積し、演算を繰り返し、自然とおこなわれるデフラグ(睡眠)によってマイルドに緩和させるのが最善、とされている。


仮想世界は人を肉体から解き放っても、心を解放するほど豊かではないかもしれない。だが、それには「まだ」という前提が付くべきだ。


かつての人類が豊かさを築き上げてきたように、そこに住まうであろう人々の意思と願いはきっとまた素晴らしい世界を作り上げる。その第一歩がこの研究室の活動だとエマたちは信じている。


「よし、じゃあ、コウセイさんが想定した数値をいったん目標にしてロードマップを見直しましょう。今はAIの仮想意識で開発してるけど、ある程度まで性能が上がったらいよいよ実在のマインドアップロードした人の被験者募集を出すわ。」


そこまで行くと、このミッションの完成形が見えてくる。商品化の目処も付く。顧客が付けば、研究室の資金が潤沢になり、さらに大きなミッションに挑めるだろう。


「ロボットで大儲けできるのっ?夢が広がるわね〜。」研究室とは無関係なリサの目がキラキラしている。


「いや、何か勘違いしてるよ、リサさん・・・」コウセイが呆れる。


■ ■ ■


ロボットの駆動部が金切り音を上げた。コウセイがあわてて緊急停止させる。腕の関節内部のシャフトが折れて露出していた。


「どうした?故障か、怪我はないか?」

リノが駆けつけてコウセイに確認する。少し遅れて他のメンバーも集まってきた。

「すみません、ロボットの左腕が破損しました。怪我はありません。」


「原因は?」

「アクチュエーターの精度や応答速度、スムーズさはクリアしていたのに、耐久性を見誤っていたせいです・・・。」


まずい、これじゃロボットを長期的に運用できない。


この研究室にやってきて一ヶ月が経過していた。なのに達成できると踏んでいた目標が達成できていない。コウセイは焦っていた。


アクション・シンクロナイザの動作制御はうまくいった。なのに新しい問題を出してしまうなんて。


研究室のみんなにいい所を見せたいなどと欲をかいていたのか。単純な見落とし。自分の浅はかさに落ち込んでいた。


モーターやセンサー、アクチュエーターのスペックは現状の要求に対して十分に足りている。日本から取り寄せたパーツも組み込んだ。どうすれば対応できる・・・?


「・・・あせるな、大丈夫だ。落ち着いてやれば改善できるさ。」


リノがフォローしてくれたが、上手く頭に入ってこない。以前の職場のトラウマを思い出す。我を通し仲間を拒絶。孤立し、何の成果も出せなくなった。繰り返すのが怖かった。


コウセイの焦りを感じ取ったエマが声をかける。

「どうです、何とかなりそう?」

「・・・大丈夫です。何とかします。」

何とかに何とかで返すとは。何の答えにもなっていない。


「あなたはロボットの専門家だし、実際に技術力を見せてくれた。だから心配はしてません。でもね、私たちはチームだから、何かしら協力しあえますから、ね?」


うつむくコウセイ。無言のエマ。

研究室に、僅かだが緊張感が走る。


「・・・うん。では、まず私を頼って下さい。」


エマは胸に右手を当てて自分を指名した。まっすぐな目でコウセイを見ていた。

「このプロジェクトが足踏みしていたのを進めてくれたのはあなたよ。コウセイさん。あなたならきっと問題解決ができるって私は思ってる。直感だけどね。でも、人間の意識を誰よりも研究している私だからこそ、その直感に自信があります。だから、いっしょにがんばろう?」ニコリとはげます。


若い女の子は苦手だ。特にしっかり者の若い子は。自分の不甲斐なさがはっきりわかってしまう。


あなたならできる。前の職場で壁にぶつかったときは、そんな風に後押ししてくれた人はいなかったし、自分もしなかった。そもそも、みんな疲れていてそれどころじゃなかった。


ここはどうだ?みんな使命感を持って、生き生きと仕事に臨んでいる。エマは失敗を恐れて歩みを止めるような人じゃない。


引き上げてくれたのはエマだ。エマの期待に応たい。覚悟を決めてここに来たはずだ。自分と向き合うためにここに来たはずだ。したたかに生きる。そのための術を学ぼう。


「・・・ありがとう、エマさん。」


かろうじて出た言葉は少なかったが、気持ちは落ち着いた。


「壊れる瞬間までの負荷のデータを解析したいです。リノさん、お願いできますか?」


「もちろんだ、まかせろ。」


「マックスさん、すみませんがロボットの修理に手を貸してほしいです。」


「おう、何でも言ってくれ。」


「私は何しよっか?」


「ソフィアさんはリノさんのお手伝いを。」


エマはほっと胸をなでおろした。


「ずいぶんとキリヤマくんに入れ込んでるのね。どうして?」エレナが隣に並ぶ。


「実はですね・・・これ、内緒ですよ。リサから聞いてるんですよ、コウセイさんの過去のこと。良かったこと、悪かったこと全部。」


「ん、どういうこと?」


「彼とリサってオンラインゲーム仲間なんですけど、いっしょに遊んでいる時に全部ぶちまけちゃったんですって、過去の職場の愚痴とか自分の不甲斐なさとか。」


「まぁ。筒抜けなの。」ふたりで苦笑う。


「でもね、最後には自分の弱さを認め、悔やんでたって言ってました。あ、それなら大丈夫だって思って。」紛れもない知識と技術を持っていて、その上で自省もできる。稀有な人材と言えるだろう。


「だから、自分を責めてしまうような事があるかもと思ってたので、その時にどう振る舞うかを考えておいたんです。」

なるほど、そういうことかと腑に落ちた。むしろエマのリーダーとしての才覚に感心する。


「リサちゃんも、そんな愚痴に付き合える子だったのね。初めて知ったわ。」

「そういう子なんですよ。だから友達でいられるし、あの子が引き合わせてくれた彼なら信頼できるなって。」


「いい話じゃないの。青春だねぇ。」二人の死角からベンがぬっ、と現れた。

「べ、ベンさん?聞いてたんですか、ば、バラしたらダメですからね、絶対!!」

くすくす笑うエレナ。


コウセイが現れてから、エマも少し変化したとエレナは感じていた。彼に期待してしまっている。ロボットの技術者としてだけじゃない。彼がエマの身に起きていることを理解できるとしたら・・・いや、よそう。それは今考えるべきことじゃない。

今は、この良い流れを支えていこう。それがこの研究室の室長としての責務だ。エレナは心から誓った。

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