【第4話 5】

 8年前、7月7日、七夕の日――。


 代々木城郭の敷地内に建てられた迎賓館は、まるで西洋のおとぎ話を彷彿とさせる館だ。豪華な装飾が施された白亜の壁を持ち、高い尖塔が空にそびえ立つ。

 その頂上には風になびく日本合衆国とガイア共和国の両国旗、桜ノ宮の家紋が誇示され、華麗なゴシック様式のアーチが門を飾り、二匹の戌神像が来賓者を迎える。


「わあー! すっごおおおおいいっっ!!!」


 誕生日パーティーの会場へと足を踏み入れた桜ノ宮愛月は、着慣れないドレスに悪戦苦闘しながらも、その豪華さにくっきりとした目をさらに大きくさせた。


 目の前には円卓のテーブルが美しく並び、白いテーブルクロスが上品に垂れ下がっていた。テーブルの上には西洋からの特注食器が日本を代表するシェフの料理を彩り、ステージでは音楽隊の生演奏による優雅な音楽が特別な日を祝う。


「うわー、ケーキ、でかああああーーっっ!」


 少女は天井に届きそうな巨大なケーキに首を長くする。

 その目線は壮麗なシャンデリアへと移る。その明かりはまるで天使たちが会場を見守っているかの神聖な雰囲気があり、小さな心をときめかせるには十分だ。


 会場の入り口そばで、愛月は愛嬌ある笑顔で次々と来場する人々を迎え入れる。

「愛月姫、何歳になられましたか?」

 バン、と両手を開く。「10歳ですっ!」


「まぁ、元気がよろしいこと」と褒める貴婦人もいれば、

「ちょっと下品ね。桜の姫は」

「やはり、梅の姫が天守様になられるべきですわね」

 と、少し離れたテーブルでひそひそ小言を話す豪族もいる。


「愛月、もっと派手に両手を開きなさい。こう、バーン、と!」

 しかしながら、母の望月は娘の天真爛漫さが自慢だった。

「Happy birthday, Princess Aizuki」

 

 愛月の父方、カーライル家をはじめとするガイア共和国の華やかな貴族や優雅な騎士団が遠路はるばる祝いに訪れた。彼らは美しいドレスやタキシードを身にまとい、にこやかに財閥企業に勤めるビジネスマンと会話を交わしている。


 気になるのか、愛月が様子を窺っているので、父のブラハムが話しかけた。

「愛月、疲れちゃったかい? それとも楽しい?」

 大好きな父からの言葉に、思い切り抱きしめて答える。


「すごーく楽しいよ、パパ!」

「そっかそっか。この後は特別なエンターテインメントショーがあるからね。もっともっと楽しくなるからね!」


 仲睦まじい父娘の光景に、多幸感が会場に広がっていく。

 愛月は幼い頃から王子様やお姫様の物語に憧れており、年に一度入れるかどうかの特別な会場で祝える誕生日がなによりも大好きだった。まるでシンデレラの舞踏会の空間で過ごせるからだ。



「愛月姫が将来、天守様になられることを心より願います」

 パーティーでは、主賓席に座る愛月を祝福する挨拶と、将来への期待の言葉が交わされていく。しかし、会場の中で母の望月は異なる感情を抱いていた。


「ママ、私、天守様になるの?」

「うーん、愛月は天守様になりたい?」

「うーん……わからない」

「そうね。その時がきたら考えなさい。ママは愛月の気持ちを大事にするから」

「わかった! それまで遊んで暮らす!」

「そうね、元気が一番ね!」


 母は愛月が天守様になることに深い懸念を抱いていた。それは夫がよく理解していた。母の望月は、ガイア共和国のダイヤモンド騎士団直系一族であるブラハム・カーライル聖騎士と結婚したため、すでに天守様の資格を持っていない。


 天守様になりたければ、結婚してはいけないからだ。なぜなら、龍神様に愛と心臓を捧げる誓いがあるからだ。全てはお怒りになられないため、と古文書に記述されてある。だからこそ、母は娘の将来を勝手に決めないと心に誓っていた。


 パーティーの余興が終わり、舞踏会の準備に入った時、その事件は起きた。

 何かといえば、姫をめぐって、少年二人による小競り合いが始まったのだ。


「オイラこそが、愛月と結婚するんだ! 絶対、お前のようなオレオレ王子じゃねーからな!」

「軽々しく愛月姫を呼び捨てにするな、ピーチモンキー! 口汚い男など、愛月姫の夫にふさわしくはない! ボクこそが姫を守るナイトなのだ!」

「んだと、ゴラア! 猿をナメんじゃねーぞ、焼き犬にすっぞ、オメェ!」

「犬に勝てると思うなよ、自惚れた子猿がッ! 大人しく桃でもかじるがいい! ボクこそが姫と踊る資格がある王子なのだ!」

「もー、二人ともケンカはやめてっ!」


 誰が姫と踊るかは、公正にじゃんけんで決める運びだった。

 しかし、残り二人となってなかなか決着がつかなかった。


 その二人とは、桃ノ宮家直系子息である桃ノ宮金太朗もものみやきんたろうと、カーライル家直系子息のビクトリー・キング・カーライルだ。ビクトリーは父の姉方の子供だ。

 

 金太朗は愛月と同い年で、初対面のときから彼女に想いを寄せているが、一方で本日が初対面のビクトリーも彼女に一目惚れしてしまった。


 戸惑う愛月の両手を、それぞれ彼らが握る。

「愛月、絶対に幸せにするから。オイラと踊ろう!」

「愛月姫、今日出会ったのは龍神様の悪戯かもしれない。しかし、愛月姫よ、ボクたちの出会いは銀河の定めによって結ばれたものだと信じている。ボクは選んでもらうために運命の魔法を唱えよう。心を開いて、心の奥深くにある願いを聞かせてくれ。君との絆が永遠に続くことを願い、君を守り抜く覚悟を伝える。アイラ――」

「なげーよ、オメェ!」


 恋のライバルが隣で愛の言葉など聞いていられないと怒ったのだ。


「あー、言えなかったじゃないかァッ!」

「あのね、二人とも。私と結婚したかったら――」

「うんっ!」


 二人は少女の瞳を見つめる。「お月様に連れてって」

 予想外のお願いにポカーン、と目を点にする王子二人だ。

 その言葉を聞いた母は「血は争えないものね」と呟いた。

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