【第4話 3】


 

 沖田は買ってきた牛丼に、紅生姜を乗せて豪快にかき込む。近藤は甘辛いタレがたっぷりかかるウナギ丼だ。

 

「――板橋区で起きた死神案件さ、まだ解決してなくて、ヒーちゃんはサービス残業に追われる日々で、ストレス溜まりまくって爆発寸前ってわけよ」

「あー、なるほど。たしか前原少佐って、三原中佐の部下でしたよね」


 3月3日、板橋区の神社で国家アイドルと心霊保安官が殺され、三原がこの事件を捜査している。神社の龍鏡が壊され、地域住民がケダモノやマモノとなり、近隣にある神社から国家アイドルや心霊保安官が派遣され、その対処に当たった。


 近藤も対処した。しかし、国家アイドルや心霊保安官はその後の捜査ができない。国家霊道士が何者かに殺害された場合、捜査権限は心霊保安部ではなく心霊公安部、その公安官にあるからだ。


「で、今回の赤羽の事件だ。仕事が増えるだけ増えて、給料は上がらねぇって、正義の味方には世知辛い時代だよ。あーあ、金が欲しいぜ。今週こそ競馬で当てないと、来月も牛丼三昧だな。さすがに飽きるわ」

「強欲と暴食の大罪ですね」

「俺は愉快な美徳だから、楽しければ問題なし!」


 両腕でバツ印を作る兄貴分の男を、弟分は彼の若々しい肌も相まって懐かしく思う。沖田は、愛之助の父親と母親がいなくなったあと、桜ノ宮家とともに近藤兄妹を身を挺して世話してきた。

 

 愛之助は雑談から仕事の悩み、競馬予想の相談まで話す仲だ。

 ちなみに競馬は沖田から教わった。前原は沖田と近藤の競馬仲間だった。


 沖田は牛丼を食べ終え、モニター画面を操作する。

 愛之助の証言を知るためだ。報告書に目を通す。


「だいたい聖夜や目撃者と同じ内容だな……」


 沖田は足利聖夜を取り調べた。昨夜のうちに終えている。

 近藤も食べ終えて、沖田のゴミとともにビニール袋へと入れる。

 沖田は紅生姜の袋を新しく開けた。そのまま箸を使って食べ始める。

 スナック菓子のような感覚だ。牛丼よりも紅生姜が好きなのだ。


「目撃者曰く、アイドルオタクはゴリラになる前に仮面をつけていた。お前ら曰く、ゴリラは金鎧きんがいの獅子に進化し、仮面を撃ったら爆発したと」

「俺らはゴリラの進化を見てないです。愛月ちゃんが言っていたんで」

「その姫は意識不明の重体だ。偶然とはいえ、姫が赤羽にいたとなると、このゴリラの目的は姫か? だが、本当に偶然の遭遇だ……別の目的があるとか?」


 スーッと両腕を上に伸ばす沖田はあくびを漏らす。


「しっかし、信じらんねぇわ。悪徳霊道士でいるのか、仮面師がよぉ」


 仮面彫魂師かめんちょうこんし(通称『仮面師』)は善悪問わず霊魂を仮面に宿らせ、その霊魂の力を誰かに授ける特殊な技能を持つ霊能力者だ。例えば、守護霊を仮面に宿らせ、人間と融合して霊獣化が可能だ。これを《仮面融合かめんゆうごう》という。


 しかし、仮面融合は霊道士ならば誰でもできるわけではなく、また仮面彫魂師の資格は護神庁に所属する国家霊道士のみ許可されている。

 これは悪徳霊道士が仮面に悪霊を宿らせ、ソウルハザードと呼ぶ深刻な霊災を意図的に起こせるからだ。護神庁は民間仮面師案件を霊災警戒レベル5と位置づける。




「――そのゴリラが仮面融合をしたが、肉体と拒絶反応が起きて、大爆発したってことだな。これなら筋が通るが……」

「だと思います。何度説明しても、三原中佐は理解してくれませんでしたけど」

「まー、ラブスケとは妹ちゃんのことがあるから、嫌がらせ半分だろうよ」


 傷心して頭を垂らすカウボーイをよそに、沖田はモニター画面を操作して防犯カメラ映像を確認するが、真っ暗だ。「映像がねーと、どうしようもねーわな」


 近藤が長時間取り調べを受けていた理由でもある。現在、連邦警察が現場にいた者から映像を入手しようと動いている。


 事件前、ショッピングモールはサイバー攻撃を受けており、全館映像が録画されていなかった。「ゴリラテロを起こしたのは計画的犯行ってことだよな。問題はその目的だよな。犯人でも調べ直すか」


 画面には、ゴリラとなった犯人のプロフィールが写真付きで表示された。


「――名前は肥後一太ひごいった、27歳だ。南の国の生まれで、小学5年生のときに父親の転勤で東京に引っ越してきた男だ。20歳の時に東京大災害で被災、両親を亡くしたあと、東京電気開発社に就職した。優秀なPCP数値だな。

 しかし本日、推しアイドルのお忍びデートに遭遇し、ブチ切れてゴリラになったと……こいつが仮面を作ったとは思えねぇ。ってことは、買ったということか?」


 カウボーイが矛盾点に気づく。「お忍びデートに遭遇って、計画的ですか?」

「あー、なるほど。たまたま遭遇して、ゴリラになったんだもんな。事前にデートを知ってて待ち伏せて襲撃したわけではないよな。となると、計画的ではない。肥後一太がケダモノになったのは、偶然遭遇したショックで心霊がぶっ壊れたからだよな。じゃあ、なんで仮面や姫が………あーわからんっ! 刺激が足りんっ!」


 沖田も眠かった。あと40分で丸一日起きている計算だ。眠気覚ましに生姜のかけらを汁ごと口に流す。「――沖田さん、ちょっといいですか?」

「はむんっ!」


 近藤が録画されている映像を確認する。肥後が入店した時刻を見る。

「えっと……肥後は一人で15時5分に来たんだな」


 続いて、桜ノ宮愛月が入店した時刻を見る。

「愛月ちゃんが16時18分に来て、映像が16時20分に消えた。その後、事件発生と……まるで愛月ちゃんに合わせたようだな」


 駅前の防犯カメラで爆発時刻を確認、16時47分の爆発音が取調室に響く。


「うるせぇよ!」

「すみません!」


 近藤がもう一度映像を巻き戻すと沖田が語りだす。


「――モブスターに落武者の仮面をつけて犯罪を起こさせて、その隙に死神たちが神社の龍鏡を壊す、そんな計画だったらどうするよ?」

「殺神隊みたいな連中が江戸城を襲撃ですか? 勘弁してくださいよ」


 と、愛之助が笑い出す。あまりにも現実的ではなかったからだ。

 かつて、この仮面憑依術を悪用する死神の組織『殺神隊』が存在した。彼らは国家アイドルや国家霊道士を家族もろとも惨殺し、国中で神社の龍鏡を次々と破壊し、日本中に絶望と恐怖をもたらした。


「そんなことが起きても、団長と土方さんがいれば、俺は何もしなくて、たらふくショウガ食ってるだけでいいんだが……」


 近藤が苦笑いを浮かべる。4年前に消息を絶った、彼の育ての母で妹の母である千鶴子を思い出したからだ。「かーさん……どこにいったんですかね」

 感傷的になる弟分に、兄貴分が朗報を伝える。


「今日、というか昨日入った情報だ。中華でそれっぽい人が目撃されたらしい」

「中華で!?」と驚く息子だ。

「なんでも、違法鉱山でマフィア組織が大量検挙された。現地当局が救出した子供曰く『千羽の鶴が舞った』と証言したんだと」

「千羽の鶴って、まさか!?」


 沖田がモニター画面で中華三国に関するニュースを見せる。


「守護霊が鶴と言えば、土方さんだ。あの人の《飛来千鶴ひらいせんかく》を食らったら、地獄に落ちたほうがマシだと思うよ。実際、百鬼皇国ひゃっきこうこくの死神や鬼どもは断末魔を上げていたし」

 

 と、沖田が懐かしむ。モニター画面に英雄伝となった出来事を映し出す。

 かつて日本合衆国には、人間と妖怪が共存する真の日本『百鬼皇国』を建国する計画があった。首謀した組織が『殺神隊』だ。沖田や近藤の両親が戦った。


「団長なんて、お前のかーちゃんが殺されて、お前がさらわれたとき、鬼のようにブチ切れたよ。鬼王きおうをブッた斬ったときはすごかったな……殺神隊が滅んで来年で20年経つが、俺も年取ったわけだな」


 愛之助には二人の母がいる。鬼王に殺された実母の美幸みゆきと、旧姓が土方の千鶴子ちかこだ。




 ピコン、とモニター画面に日本連邦警察から通知が来た。

「お! 映像が来たな。流してくれ」

 沖田が早速、目撃者が撮った映像を再生する。


 お忍びデートに気づかれた民間アイドルと、そのオタクの様子が映る。

 アイドルによる結婚宣言後、オタクが館内で暴れ始める。

 そこに、白みが強い桜髪の少女が周囲に「下がれ」と命じていた。


「愛月ちゃん、勇気あるな……うん? この子……どこかで」


 近藤は映像を止めた。気になる男子を見つけたのだ。

 映像をズームする。黒縁メガネの制服姿、どこにでもいそうな男子生徒だ。


「こいつ……白馬晃太郎しらうまこうたろうじゃん」

 驚いた沖田が瞬きを止める。「池袋事件の重要参考人が偶然いるとはねぇ……」


 今年の元旦、池袋駅西口にて国家選抜アイドルのメンバーが殺されている。

 まだ犯人は捕まっていない。


「沖田さん、この子がなんです?」

 近藤が聞き返した。沖田は気まずい顔をする。


「あー、お前に話しちゃいけなかったな。詳細はかくかくしかじか、だ」

「まさか……死神なんですか!?」

 

 近藤は心霊保安官であり、沖田は心霊公安官だ。それぞれの担当領域がある。

「そんなところだ。説明の前に、この高校生を絞り出してくれ」

 しかし、沖田は説明することにし、近藤に指示を出す。


 近藤が白馬晃太郎に絞って、監視カメラ映像を探す。

 すると、彼は愛月が入店する5分前に入店し、事件発生10分前に駅前の防犯カメラが捉えていた。事件が起きたショッピングモールとは別の、ファミレスが入る複合ビルへと入っていくのだ。


「見たところ、赤羽未来高校の生徒ですけど……」

 

「ラブヘルパー、特別任務を与える。この白馬晃太郎を調査せよ」

 獲物を見つけた隼のごとく、乾いた眼光が獲物を捕らえた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る