【第4話 2】

「あぁ~ん、ふぅ~」

 小さな口がゆっくりと開き、睡魔と恥じらいの音がこぼれる。

 夜が明け始めた街を窓から望む三原一枝みはらひとえ中佐は相手に見えぬよう小さなあくびをする。


「ふあ~~~あっ! ねっむぅっ!」

 一方、テンガロンハットを被る近藤愛之助こんどうあいのすけは派手に間延びした声を上げる。

「はあ~あ、ハウッ!?」 

 書記の野田宏のだひろしもつられて声が出たが、メガネ越しの鋭い眼光が部下の無気力さを刺した。上官の三原が問いかける。


「野田少尉、眠いのか?」

「ね、眠くありませんっ!」

「モニターを見てみろ、お前の心拍数が急上昇している」

「ハゥッ!?」


 取調室の壁は大型モニターとなっており、天井のセンサー付き監視カメラで室内にいる人物の心拍数や身体の反応を測定している。近藤は80前後を推移しているが、野田の心拍数は120を超えたところだ。


「中佐、別にいいじゃないですか。もう3時過ぎです。眠いですって」

「いつ、いかなるときも、心霊公安官は死神襲撃に備える必要がある。神社で遊んでいる保安官とは違うのだよ、近藤少佐」


 三原が真顔で説き伏せるも、ぎゅるうぅ……と腹の底から音が鳴った。

 とたんに女の顔となり、耳が真っ赤になっていく。昨晩のサバ焼き定食から何も食べていない。誤魔化そうと焦るあまり、メガネが何度もずり落ちていく。

 慌てる姿を見て笑っていいわけがなく、男二人は奥歯と唇を噛み続ける。

 だが、三原の心拍数は130を数えた。もしも笑えば、一瞬で首が飛ぶだろう。


 30秒ほど経ち、カウボーイが顔が真っ赤な取調官を気遣って口を開く。

「中佐、お腹が減ったので、ウナ丼でも取りましょうよ」

「殺すぞッ!」

「なんでぇ!?」

「貴様……絶対、聞いていたよな?」

 

 近藤は正直に話すか迷った。

 いや、待てよ。ここは男を見せるべきだと腹を決める。


「あー、さっきの音は僕のお腹が――」

「すみませんっ! お腹の音、聞いてしまいましたっ!」

「野田ァッ、貴様ァッ!」

「なんで言うんだよ!?」


 焦った野田が近藤の男気を叩き落としたのだ。

 恥ずかしさを怒りで誤魔化す三原はショルダーホルスターから手裏剣を抜く。

 

 シュン――野田の黒髪をかすり、その刃はモニターに刺さった。その家紋を凝視するあまり、彼の心臓の鼓動が止まっている。

 三原家はニンジャ系霊道士の名家だ。三原家の家紋、亀甲に時計回りの巴紋を知らない者は護神庁にいない。


「三原中佐、さすがにパワハラですよ!」

「サムライが三原という名を呼ぶなッ!」


 三原がカウボーイの胸倉を掴み上げる。テンガロンハットが床に落ちた。

 上官といえども横暴な態度なので、近藤の表情は険しくなり、凛々しい眉がピクピクとうごめく。


「それがニンジャのすることですか、三原中佐」


 ヒビ入ったモニターに映る自分を見て、心霊公安官は冷静さを取り戻す。

 手裏剣を抜き取り、制服の襟を正し、何事もなかったよう椅子に座る。

「――さて、私の迫真の演技で二人とも目が覚めただろう、続きを話そうか」


 あれが演技なわけねぇだろ、と目玉が飛び出そうになる近藤と書記だ。

 両腕と足を組むと、ミニスカートが少しめくれて垣間見える白い太股に野田が赤面してしまう。ピピピ、と心拍数が急上昇していく。


「野田、どうした?」と、メガネをかちゃり。

「な、なんでも、ございませんぬ!」


 そこは謝らねーのかよ、近藤の目玉が再び飛び出そうになる。


「――それで、近藤少佐がその獅子男が爆発したのに無事だった理由はなんだ? もう一度、当時の戦闘状況を併せて詳細に説明してもらいたい」

 

 モニター画面を操作し、爆発現場の証拠写真や関連データを映す。

 取調官は厳格な表情で、カウボーイを睨みつける。


「何度も説明しているように、戦闘は僕が発動した魔界で行いました。僕と部下の足利聖夜あしかがせいや少尉が駆け付けた当時の状況は、霊道学院生の桜ノ宮家、愛月あづき姫が金色の甲冑をまとう獅子と戦闘し、負傷していました。すでに現場では死傷者が発生しており、僕はその獅子男をケダモノレベル3と推定、ただちに霊災認定をし、魔界を発動して討伐に入りました」

 

 モニター画面に、さきほど音声認識機能でAIが作成した取調報告書が表示される。三原が読み上げる。


「その後、魔界で獅子男がなんとかビームを撃った。反動からか動きが止まり、その隙を突いて近藤少佐が顔面に霊弾を撃った。結果、獅子男の仮面が割れ、その後、全身真っ赤なタコスケウインナーみたくなって大爆発、と……」


 タコスケウインナーとは赤いウインナーのことで、もちろん報告書には書かれていなければ、近藤も言っていない。どうやら三原はまだ眠いらしく、意識を保とうと奮闘している。近藤は聞かなかったことにして話を続ける。


「……その通りです。爆発で無事だったのは、あのマントでバリアを発動したからです。ただ、僕らを守るのが精一杯で、映画館は大破しちゃいましたけど」

「近藤少佐の、馬の骨のような実力で愛月姫を守ったのはすばらしい功績だな。私の妹を見殺しやがったが」

 

 ピクリ、眉が吊り上がる。その仕草を見て、三原はほくそ笑んだ。


「被害者遺族に、何か言うことはあるか?」

「……申し訳、ございません」

「謝っても、二枝ふたえは戻ってこない。悲しいことだ。今回の霊災で、未来ある国民が三人も亡くなってしまった。ご両親はさぞかし悲しんでおられるだろう。しかし、遺体があるだけマシだと思わないか、大統領殺しの息子よ」

「申し訳……ございません」


 丁重に頭を下げる近藤だが、膝に乗せる握り拳は震えている。

 その時、コンコンコン、とドアが開く――。




「三原中佐。寝不足だからといって、こいつに当たるのはよくないよ」

「沖田大佐。これは三原家と彼の問題ですので、首を突っ込まないでいただきたい」


 訪ねてきたのは三原と同じ灰色制服を身にまとう心霊公安官の沖田天翔おきたてんしょうだ。彼は霊道学院生時代から仙才鬼才の天才剣士と呼ばれ、左腰には『目白刀めじろとう』、右腰には『目黒刀めぐろとう』を差す二刀流のサムライ系霊道士だ。いつ何時でも獲物を仕留められるよう毎朝5時に起きて丹念に研ぐのが日課だ。


 彼の髪型はサムライ系ともあり、ポニーテールのよう後ろ髪を結んだまげだ。美形で中性的な顔立ちで性格は温厚だが、いざ死神案件となると、性格や態度が豹変する。沖田曰く、なぜか血が疼くらしい。


 モニター画面の時刻を指さす。時刻は4時を過ぎていた。

「こんな時間だ。お肌にもよくねーよ」

 小言めいた一言に、三原の額に怒りマークが浮かぶ。


「それは沖田大佐にも言えることでしょう」

「俺はアンチエイジングしているからへーきさ」

「そうですか……若作りお疲れ様です。若大将」

「ずいぶんな嫌味だね、三原中佐。いうて、けっこう眠いんじゃない?」

「大佐、中佐はお腹が減っているんですよ」

 

 野田が余計ないことを告げる。ガキかよ、と腹を抱えて笑う沖田に、耳が真っ赤になる三原だ。沖田は手に持つビニール袋を示す。


「よければ、この牛丼あげるけど?」

「遠慮しときます。沖田大佐、私は仮面の件と死神の関係性を調べる必要があるのですよ。邪魔しないでいただきたい」

「――ってことは、24時間取り調べをする気か? 被疑者じゃあるまいし」

 

 痛いところを突かれた。あくまで近藤は参考人だ。帰ろうと思えば帰ることもできるが、彼がそれをしないのは、三原二枝みはらふたえの件があるからだ。彼は姉である一枝に頭は上がらない。彼は重い十字架を背負っており、それが国家アイドルの道を歩むきっかけとなった。


「……それで用件は?」

「手柄を横取りに来たわけじゃねぇって。こいつと話したいだけだよ。三原部長だって、とっくにご帰宅している。愛娘が帰ってこなくて、きっと心配しているよ」

「……では、新情報が出てきた場合、朝一で報告をください」

「はいはーい。ご苦労さんでしたっ!」


 三原一枝と野田宏が退室した取調室で、沖田天翔が生温かい椅子に腰かけ、差し入れの牛丼とウナギ丼をビニール袋から取り出す。


「腹減ったろ? メシでも食べようぜ」

 長い取調べが終わったようで、スーッと肩の力が抜けた近藤愛之助だった。

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