【第4話 1】

 赤羽駅西口は、日本連邦警察と護神庁が交通規制を実施して騒然としていた。

 

 外灯に設置されたAI防犯カメラが爆発現場を徹底的に監視し、野次馬たちの表情から感情指数の異常を検知すると、自動的に通信指令センターへと通報され、警察官や心霊保安官が清水スプレーで彼らの心霊を慰霊していく。放置すれば、彼らがケダモノやマモノとなり、二次災害が発生するからだ。


「――えっと、そのオタクが壊れてゴリラになったのね」

 赤羽署長が美人女警部だと太鼓判を押す、白石美空しらいしみくが目撃者から事件当時の話を聞いていた。「そうです。『愛が欲しい』って泣きながら」


「壊霊によるケダモノ化現象ですね」と、王子神社の強面心霊保安官、堤亘つつみわたるが白石に説明する。「心霊の拠り所とするほど、そのアイドルを推していたんでしょう。熱愛ニュースあるあるです。他に生きがいがあればこうはなりませんが」


「まとめると、その人気声優とアイドルのお忍びデートを目撃して、心霊が壊れてしまい、ゴリラのケダモノとなった。――ご協力ありがとうございます」


 女警部は目撃者に感謝を伝え、堤に疑問をぶつける。

「――ってことは、近藤さんはそのゴリラと戦い、爆発に巻き込まれたんですか。いや待って、爆発ってなんですか? 霊能力者の戦いってどんな兵器を使うんですか? ゴリラがバズーカでも撃ったんですか?」


 堤は坊主頭を掻きながら苦笑交じりに答える。

「補足すれば近藤少佐は国家カウボーイアイドル、魔道士でもあります。霊力ではなく、魔法を発動したんでしょう。ただ、ケダモノは猛獣ですから、バズーカなど使えません。爆発は何か事情があるのでしょうね」

「事情ですか……」と、腑に落ちない女刑事に部下が小走りにやって来る。


「白石警部、国家アイドルの方が到着しました! あちらにお目見えです!」

「ありがと! って、なんで海パン一丁なの!?」

 部下が指さす先、護神庁車両から降り立つ焼けた肌の男に白石は唖然とした。


 鍛え上げた肉体を黒パンツ一枚で隠す男の名は村上勝吾むらかみしょうご、荒川区から応援に駆け付けた国家マッスルアイドルだ。つまり、彼は魔道士であり、爆発で破損した施設を原状回復させに来た。もちろん、野次馬たちは物珍しさから一斉にスマートフォンで撮影し始める。


「堤さん……あの格好も特殊な事情ですか?」

 瞬きを忘れた女警部が尋ねると、「いいえ、あれはただの趣味ですね」と堤は平然と答えた。




 映画館で爆発が起きた瞬間、AI防犯システムが緊急警報を発動させる。

 同時に緊急事態発生と本社へ伝送、各省庁へと報告され、館内の人々は係員によって避難手順に従って退避した。


 その避難先となった駅前のファミレスで、制服姿のカップルがその当時の様子を同じく避難してきたサラリーマンに話している。


「――で、そのオタクがゴリラのケダモノになって、高校生を食ったんですよ!」

「マジかよ……映像ないの?」

「ありますけど、けっこうグロいっすよ?」

「俺、そういうの好きなんだよ。見せて見せて」

 

 スマートフォンで撮った映像を見る。アイドルオタクがケダモノ化していく中で、ベージュ色制服の女子高生が「逃げろ」と叫んでいた。


「薄ピンクの髪の子、勇気あるね! しかも、けっこう可愛いじゃん」

「なんか女子高生が戦ったんですよ! たぶん、霊道学院生だと思うんですけど」


「まさか……」と、三人の真横からスーツの若い女が尋ねた。恐る恐る画面を覗いていたようだ。「その子、どうなったかわかりますか?」

 彼氏はあっけらかんと返す。「いや、ちょっとわからないっすね。もしかしたら、爆発で死んじゃったかも」


 狐目の女は礼をいって自席へと戻り、ノートパソコンと向き合う。

 カップルとサラリーマンはその女を不思議がった。女の向かい、高校生と思われる男子が眠っているからだ。どんな関係だ、と顔を見合わせる。


 その少年は頼んだアップルパイに手を付けず、額をテーブルにくっつけていた。

 店員も疑問に思う。彼は女の席に座って、爆発が起きる前から眠っていた。


「あら……お目覚めかしら」

 肩がピクリと動き、ゆっくりと頭を上げた。彼は重たい瞼をこすりながら黒縁メガネをかける。「おはよう。夜だけど」


「……やられました」

「モフモフ王子、詳しく」

「ビームを撃ったらガス欠して、カウボーイに仮面を撃たれて、ドカーンです」

「器が合わなかったのね。誰をターゲットにしたの?」


「その辺にいたアイドルオタクです。戦ったのは――」

「人狼の女の子、でしょ?」

 少年は虚を突かれた。「なぜ?」

「フフフ、秘密」

 

 微笑むその狐目の女は冷めたアップルパイを差し出す。少年は口へと運ぶ。

 腹が減っていたのか、二口で平らげた。「分霊には慣れが必要よ。それより、彼はどうだった? 器次第では仲間にできそう?」


「できますし、次は勝ちます」

「勝たなくていいのよ。仲間にすればいいだけ。七夕の日まで時間はあるし、焦らなくていいのよ。運命の日はまだまだ先だし」

「近藤が仲間になれば鬼に金棒なんですよね」

 名前を伏せるよう、女は人差し指を口に当てて伝える。

「鬼に金棒って、最悪な皮肉ね。――すみませーん」

 

 その女はそっと手を挙げる。注文パネルは使わない主義だ。

 年配の男店員が駆け寄る。「パンケーキ、おかわり。12枚で」

「俺も、アップルパイをお願いします。1個でいいです」


 かしこまりました、とその店員は機械的に微笑んだ。

 会社の教育マニュアルでどのような客にも丁寧に接客するよう、徹底的に義務付けられている。ファミレスでは感情認識センサーを搭載したウェイターロボットが忙しく動き回り、人間は顧客の満足度を高めるために微細なサービスを行う。

 

 天井には無数の監視カメラが設置され、感情指数がリアルタイムで測定される。

 また、店員の勤務評価はAIシステムによって厳密に管理されてデータ化、翌日には業務に反映できるようマネージャーからフィードバックされる。

 

 しかし、AIは彼らの目的や霊能力、愛情を解き明かすことはまだできない。




 女は頼んだ何層ものパンケーキにハチミツをかけ、ナイフで小分けし、それを器用に重ねていく。「少しだけ計画を変更していいかしら?」

「計画って、赤い羽計画ですよね?」

「そうよ。変更といっても、私が仮面のテストをするだけ。人狼の子がモフモフ王子のことを探っているかもしれないから」


「俺を!?」と、少年は喉に詰まるパイ生地を水で流し込む。

「――ってことは、バレたんじゃ……」

「そのときは全力で殺しましょう。そのときは、相手が選ばないでしょうけど」

 

 女は確信めいた言い方で、少年にそれ以上の心配をさせない。


「その人狼は何者なんです? あの仮面を使うあたり、只者じゃないはず」

「知ったら驚くでしょうね。なにせ因縁の相手だもの」


 女は不敵に笑い、最後の一切れを重ねずに口へと運ぶ。


「5月の連休にアイドル祭りがあるでしょ? そこで彼を仲間にする。念には念を入れよの精神で、るるちゃんに応援を頼むことにしたわ。お金かかるけど」

「え、山田も動くんですか?」

「正義という刀で赤羽の羊たちを繋ぐ、アイドルという鎖を断ち切るために、ね」

 

 狐目の女はカバンからぬいぐるみを取り出し、それを少年に渡した。

 頭巾を被った可愛らしいウサギだ。だが、その黒い目を見つめると、終わりのないトンネルのよう果てしない心の闇が浮かび上がる。


 そして、女がナイフで小突くと、そのパンケーキの山は崩れ落ちた――。




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