【第2話 2】
「祓え給い、清め給え、
朝ごはんを食べ終えた二人は神社の本殿に移動し、龍神様を祀る龍鏡を入念に磨く。磨き終わると、祈りの祝詞をあげてからそばの神棚に御神饌を供える。
御神饌は龍神様に捧げる食事のことで、内容は水、塩、米、酒だ。
供え終えた二人は《
これは呼吸を通じて神聖で新鮮な霊気を身体に取り入れながら自分と向き合い、体内の霊力の巡りを快適化し、心霊や霊魂についた穢れを祓う大切な行いだ。
約10分間とはいえ、完全に集中すれば1分程度の感覚だ。この時間感覚が霊道士の調子のパラメーターとなる。
ゆっくり瞼を開けた近藤の目が宝石眼から黒目に戻っていく。
「聖夜、午後は老人ホームでアイドルしてくるから、お留守番よろしく!」
「合点です! じゃあ、事務作業が終わったらタロクエでもしてますね」
キンコーン、カンコーン――東京都北区赤羽に下校のチャイムが鳴り響くと、遊び盛りの男子小学生が通学路を駆け回る。少年たちは正面からやって来るシマシマ模様の神馬、シマコに気づく。
誰が先に撫でるかと駆けっこが始まった。ヒーローTシャツを着た男の子が勝ったが、シマコのくしゃみに驚く子供たちに、四角い顔のカウボーイが話しかける。
「お前ら、宿題やってから遊べよ」
「殺人者の息子じゃねーか! おい、みんな逃げろ!」
と、ランドセルを揺らして一目散に去る。これにはシマコも目が点になる。
「小童ども、車に気を付けろよ! 宿題やってから――ったく、あいつらは相変わらずひでーな。まー、事実だけども」
近藤愛之助の午後は国家アイドルとして活動することが多い。例えば地域イベントに呼ばれ、イベントを進行したり、歌を披露したり、参加者と一緒に体験するなど、エンターテイナーとして振る舞う。本日は近隣にある老人ホームのカラオケ大会に呼ばれた。今は神馬とともに赤羽神社へと帰りながらパトロールをしている。
言葉の刃を向けてきた男子とは違い、女子小学生はにこやかに会釈する。
「カウボーイさん、こんにちは!」
「はいはい、こんちは! 車と不審者に気を付けてね」
「はーい! 近藤さんも気を付けてね」
神馬の鼻を撫でて、少女たちはバーチャルアイドルの話題で楽しそうに帰路を歩いていく。「やっぱ、赤羽は子供に安心安全な街で平和だな」
のんびりと乗馬しながらパトロールする近藤愛之助に、さきほどの小学生が戻って来た。「おーい、近藤! やべーよやべーよ!」
「近藤『さん』な。何があったんだ、小童ども」
「『おこちゃま』な! あっちの家でケンカしてんだよ!」
「ケンカ……?」
「たぶん、夫婦喧嘩だよ! アイドルがどーのこーのって言ってた!」
「アイドル……? ここは国家アイドルとして御用改めるか。行くぞ、シマコ!」
子供たちが指さす方へ、カウボーイは愛馬を猛スピードで走らせた。
『太田キャプテン、今までご苦労様でした。今シーズンであなたを解雇します』
東京都渋谷区にある体育館にて、そのバスケットマンは年下の社長に言われた。
まさか自分がクビ……キャプテンだぞ、そう表情が物語るが、その社長は動じずに告げる。『来シーズンのためです。理解してください』
彼は親会社の新規事業を大成功に導いた実績を買われ、今シーズンから球団社長に転身した。
『チームは二年連続最下位が濃厚です。その責任はキャプテンにもありますから』
『たしかに、キャプテンである僕にも責任があります。しかし、急すぎませんか?』
『すでに来シーズンに向けた戦いが始まっていると考えています。低調なゲームをしていては、サポーターの満足度が悪化するだけです。これでは、スポンサー離れも起きる。早急にチームを強くするメッセージが必要なのです』
『しかし、私は7年もこのチームで戦って、4年前には優勝争いだってしたじゃないですか!』
社長はモニター画面に提示された選手評価表を説明する。
『意味はわかります。しかし、今シーズンの太田選手の評価値は低いんです』
100点満点中、太田は基準点の70点から劣る66点だ。だが、チーム独自のAIマネージャーは辛辣なコメントを述べている。
端的に言えば、太田は身体能力が衰えて成長見込みがないので戦力外にすべき、とのことだ。
『待ってください。あと4点上げれば――』
太田は前のめりに言った。だが、その数点を上げる大変さは加齢とともに強く実感している。社長はテーブルのファイル冊子を差し出した。
『グループ会社によるアスリートセカンドライフ支援プログラムです。必要とあれば、民間霊道士によるスピリチュアルカウンセリングも手配できます。ただし、球団に対して本件の解雇を抗議するのであれば、代理人を通してください。以上で話は終わります』
その若い男は太田に対して裁判官のよう無慈悲に判決を下したのだった。
その直後、太田は監督やコーチ、チームメイトなどスタッフに解雇されたことを伝えた。チームは動揺した。今週末の試合に備えたミーティング後の出来事だった。
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