【第2話 1】
赤羽駅東口から5分も歩けば、赤羽東口商店街のそば赤羽神社へと着く。
敷地面積は広めな中学校ほどで立派な石垣と樹木で囲われている。日本革命以後、赤羽に由縁のある資産家と建築家が私財で建てたらしい。8年前の東京大災害で被害を受けたたため、境内の建物は真新しさが残る。
そもそも神社とは何かと言えば、その地域に住む住民またはその他の心霊や霊魂が拠り所とする聖域を持つ施設だ。日本合衆国を守護する最高神、龍神様のご加護を受けることで心霊の
参拝者が神社を訪れると心霊を照らす灯籠が出迎え、人間が住む世界と心霊や霊魂が住む世界の境界を示す門、鳥居が堂々と立つ。鳥居には注連縄が掛けられる。これは邪悪な心霊、悪霊を侵入させないための結界だ。
神社の本殿には龍神様の分霊が宿る神具、龍鏡が祀られている。
赤羽神社の龍鏡は赤羽に住む人々の心霊を慰霊し、人に憑依した悪霊を封じ込めて浄霊し、霊魂を天界へと引き渡す役割を持つ。
いわば天界と下界をつなぐ門とも言える。
そのため、本殿前の拝殿には龍神様を守護する守り神、三ノ宮家が司る守護神の像が門番のよう参拝者を待ち構える。
桃ノ宮家の申神と桜ノ宮家の戌神の像が拝殿前に、梅ノ宮の酉神の像が本殿の頂点に立ち、参拝者の心霊や霊魂を厳格に審査するよう目を光らせる。
もしも、この龍鏡が破壊された場合、封印されていた悪霊がその地域に放たれてしまう。
つい先週、板橋区の神社に飾られた龍鏡が何者かに破壊された。その結果、板橋区の住民の心霊が壊れてしまい、前世の霊魂が肉体を乗っ取って狂獣化する《ケダモノ化現象》と、住民の心霊に悪霊が憑依して欲望のまま狂人化する《マモノ化現象》が起きたのだ。
このケダモノやマモノに対処するのが霊能力者、神社に所属する国家霊道士だ。
これは人間を語ることにもなるが、人間は肉体と霊体で構成され、肉体と霊体をつなぐ接着剤として霊魂があると考えられてきた。
誰でも肉体は見えるが、霊体が見えるのは生まれつき心臓が右側にある、逆位の心臓という1万人に1人の特異体質者だ。霊能力者は両手の手相にある霊線を重ねることで、霊道を開くと宝石眼を開眼する。これにより、霊力を扱うことができる。
霊能力者は、諸外国では魔力や魔術と称される霊力を扱えるため、とくに軍事面で重宝された。江戸時代以前、戦国時代ではサムライやニンジャ、ソウリョなど武装勢力が霊力を武力発展させ、戦場で数多くの戦果をあげた。
だが、日本革命以後、新政府はそうした霊力を扱える人間をまとめて『霊道士』と呼び、霊道士と神社を管理する組織『護神庁』を設立した。
霊道士になるためには国家資格に合格しなければならない。義務教育後、養成機関『霊道学院』を卒業し、三月の国家試験に合格することが一般的だ。
護神庁は主に心霊事案と各種祭事を取り仕切る。護神庁に所属する霊道士は国家霊道士、護神隊員と呼び、さまざまな部署に分かれて事案を担当する。
悪徳霊道士や悪霊による心霊事件、民間人からの心霊相談を解決する部署が『心霊保安部』だ。彼ら『心霊保安官』は神社を拠点に地域社会の心霊を守る。
地域の治安を守る警察官と対をなす重要な職務であり、警察は濃紺の制服に対し、心霊保安官は濃緑の制服を着用する。
注連縄が掛かる白い鳥居から拝殿へと続く参道は、朝日に照らされた小石が輝き、神聖な境内は新鮮な空気と霊気で満ちていた。
社務所二階のベランダには、遊びに来た小鳥たちが仲良くさえずる。
しかし、目覚まし時計の音に驚き、小鳥は一瞬で空高く舞い上がってしまう。
チリリリリリリリ……カチッ!
もぞもぞ、と布団の中から手を伸ばす男がけたたましい目覚まし時計を止めた。
角張った顔の
そして自室へと戻り、壁に掛けておいたカウボーイの格好に身を包み、ガンホルスターを腰に巻き、ハート型缶バッジを付けたテンガロンハットを被ると、国家アイドルのスイッチが入る。
近藤は社務所の二階に住んでいる。自室から廊下の先、事務所へと向かう。
いつも通り、窓のカーテンを開けて平穏な境内を見渡してから、薄っすら見える富士山の山頂に向かって、朝一番の声を腹から出した。
「今日も最高の朝だぜ、やっほーっ!」
もちろん、声は返ってこない。彼は気にせず言葉を続ける。
「おはよう、日本! よろしく、赤羽! 愛情たっぷり、幸せいっぱい、お胸はおっぱい。慈愛の美徳で人を助けるラブヘルパーこと近藤愛之助、今日も明るく楽しく元気よく働きまくってやるぜ! えいえい、おーっ! ヨッシャーッ!」
これは朝6時過ぎに行われる、彼のモーニングルーティンだ。
恥じらいなどまったくない。むしろ、誇りを持って取り込んでいる日課だ。
彼は国家カウボーイアイドルにして心霊保安官、赤羽神社を管理する神主でもある。階級は少佐で、慈愛の美徳を重んじている。
「近藤くん。今日も腹から声が出ておるな!」
と、朝一で神社を参拝するのは赤羽東口商店街会長の
ライオンの
また、近藤家は山本家に古くからの御恩があり、山本季一郎は近藤愛之助が生まれたときから知る。カウボーイが敬礼で挨拶に応えた。
「会長、俺は大声しか取り柄がないですもん!」
「なーに、元気は声から湧き出るものだ。見ろ、ワシの挨拶を。おはよオー、ござい、マアースっっっっ!!!!」
老人の咆哮は神社を超えて、近隣高校で朝練をするテニス部まで届く。境内の鳩や烏はおろか、野良猫まで怯えて逃げ去ってしまったが、山本は厚い胸を張る。
「ワシの元気を赤羽のみんなにシェアしてやったわ。ガハハハッ!」
「健康第一、平和第一ですね! ところで会長、聖夜見ました?」
「足利くんか、そういえば見てないな」
「ということは寝坊……と言ってるそばから、おーい、聖夜アーッ!」
噂をすれば影が差し、朝日が金色のピアスを照らす。霊道学院時代のジャージ姿で鳥居をくぐる茶髪の青年が現れたのだ。
彼の名は
「ふあ~あ……兄貴。おはよーです。会長も、おはよーさんです」
彼は朝3時までオンライン対戦ゲームをしていた。そのため目にはクマができ、あくびがずっと漏れっぱなしだ。
気だるそうな若者に、赤羽東口商店街を率いる山本が喝を入れる。
「足利くん、カアアアアアアアアアアアアアアアアツッッッ!!!!」
キーンと耳が鳴った青年は目をぱちくりさせる。すっかり目覚めたようだ。
「いいか、若者よ。元気がなければ、人生つまらんぞ! 悪霊なんぞに負けるぞ! 再来月には赤羽おバカ祭りがあるんだ! 今から気合を溜めに溜めて、西口商店街から3年ぶりの優勝を勝ち取らんといかんのだぞ! だからこそワシは走って、走って、走りまくるぞーッ! えいえいおーッ!」
闘志をみなぎらせて全速力で神社を走り去る老人の姿はライオンのようだ。
近藤が手を振って見送りつつ、「聖夜、朝ごはんは?」と足利に尋ねた。
「兄貴、いつもの!」と無邪気な笑顔で応える。性格は元気な小学生と似ている。
「オッケ! じゃあ作るから、手水舎あたりホウキで掃いといて」
両手で丸を作って、足利は近藤が作る朝ごはんができるまで掃除した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます