【第1話 5】

 机に飾られた家族写真に思いをはせる。兄妹の両親は東京大災害の日にこの世を去っている。


白金髪しろがねがみの魔女……」

 孫娘の呟きに、日本守護隊十二神将の一人で守護神戌神を司る護神庁長官は目を光らせた。「魔女は禁句だぞ、桜ノ宮愛月殿」


 老いた老犬であってもその気迫は衰えない。白金髪の魔女は東京大災害を起こした犯人だ。つまり、愛する家族を奪った、兄妹と祖父の宿敵でもある。


 年に数回、日本のどこがで姿を現しては神社の龍鏡を破壊する。

 霊災危険度最大レベル5の国家指名手配犯だ。右胸に心臓を持つ霊能力者は監視カメラに映らないため、悪徳霊道士を逮捕するのは苦労する。どれだけAIによる監視社会となろうが、霊能力者は科学の例外となる事例が多い。


 霊道学院生は長官に頭を下げた。生まれた時から知る祖父とも言えど、国家霊道士の頂点に君臨する日本守護隊十二神将の一体でもある。


「すみません……白金髪の死神ですね」

「そうだ。この日本社会を下支えするアイドルを殺す死神ども、憎き自由と平和の仇を討つには我々国家霊道士が必要だ。そんな我々や社会の礎となって働く全ての者を慰霊し、元気付け、愛を届ける存在が国家アイドルだ。我々は持ちつ持たれつの関係なんだよ」

「僕たち霊道士と一般国民を繋ぐ存在、それがアイドルなんだ、妹よ」


 深く座り直した長官は、改めてオーディション合格者と真摯に向き合う。


「世の中は綺麗ごとばかりじゃない。だからこそ、エンターテイナーなアイドルが悩める人の救いとなり、国民が明るく楽しく元気よく人生百年を謳歌できる。改めて問う。愛月、れいちぇるずにならないか?」

「なりません!」

「どうしてなんだよ、愛月」


「どうしてって、恋愛したいから。恋愛禁止は人生的アレルギーだから」

「今どき、白馬に乗った王子なんていないって!」

「私、そんな夢見心地な姫君じゃございませんっ!」



 アイドルになると魔道士となる。そして、《恋愛禁止の誓約》という儀式を行う。

 これは右手中指につける美徳の指輪に関係する。指輪の魔宝石に誓いを立てることで魔力が増大するからだ。その誓いとは、とある夢を叶えるために、恋愛禁止という代償を払ってアイドルになることだ。


 もしも、恋愛禁止の誓約を破った場合、魔宝石の力でその心霊に強力な呪縛がかかり、最悪の場合、永遠に感情や寿命を失ってしまう。いわゆる廃霊といい、廃人という俗語の由来だ。


 ただし、国家アイドルを卒業すること、つまり美徳の指輪を放棄する儀式を行えば、自由に恋愛することができる。兄妹の母親はこの放棄の儀式を行い、ガイア共和国の聖騎士と結婚まで至った。



「恋愛なんてただの暇つぶしだよ。アイドルを卒業するまで我慢すればいい」

「できないから言ってんじゃん」


 二人の孫は祖父が注いだ湯飲みを手にする。桜が浮かぶ冷たいお茶だ。


「一般社会では、18歳は高校ラストイヤーです。恋に部活にクリスマスデートな青春です。でも、私たちは白金髪のま、じゃなかった死神のせいで、血生臭い青春です。今のうちに好きな人を見つけて、とっとと死神を捕まえて、横浜の観覧車でキスをしてハッピーエンドになりたい!」

「キキキキ、キスだと!?」

 ぱりんっ、と驚愕する兄が湯飲みを落として割った。


「え、なに!?」

「そそそ、そんなのゲームでやればいいだろ!」

「それは幻想じゃん。私は記録ではなく、記憶に残るデートがしたいの!」

「ダメだダメだ! 兄として、れいちぇるずのメンバーとして絶対に認めん!」

「私、れいちぇるずじゃないし、国家アイドルでもないし!」


 祖父がティッシュ箱を投げ渡す。

「勇月、乙女心を邪魔する男はモテんぞ」

「そうよそうよ! そうだ、おじいちゃん」

「今は護神庁長官だぞ」


 長官席の前でかしこまる孫娘、来年度で新三年生となる霊道学院生だ。


「そうだった、長官殿、折り入って相談があるのです」

「相談?」と、お小遣いかと机の引き出しに手を伸ばす。


「私、エンジェルハートに勝ったじゃないですか。ということはですよ、心霊保安官以上の実力がありますよね。つまり、国家霊道士試験に合格したという――」

「飛び級での合格は許可しないぞ」

「えー、なんで!?」

「なんでって、伝統ある決まりだからな。わしの代で変えられんよ」

「伝統って……古臭ちゃい……」



「いいか、愛月」と、引き出しを閉める。「いくら実力があっても、礼儀知らずのボンボンは嫌われてお終りだ。美徳を上げるためにしっかり三年間霊道学院に通い、卒業試験を受け、国家霊道士試験に合格することが必要だ」


「ぶーっ!」と、頬を膨らましてブーイングだ。

 しかし、孫たちを愛する祖父はにこやかに笑う。

「何歳になっても孫娘は可愛いもんだ。どんどんやりなさい、愛月」

「もー、おじいちゃんってば……」


 祖父は若い頃から女性に人気だった。その紳士的な態度と品のある微笑はマダムたちの心をつかんで離さない。護神庁内では密かに憧れる若手国家霊道士が多い。


「そうだ、愛月」と、びしょびしょに濡れた床を掃除する兄がひらめく。

「インターンでもすればいいじゃないか?」


「インターン?」

「あと1年我慢すれば卒業で、単位も問題ないんだろ? だったら、インターン先の神社で実務経験を積んだほうがタメになるだろう。ついでに、ラブスケにアイドルとは何かを教ってこい」

「えー、近藤さんに!?」


 口をへの字に結ぶ妹に、兄はしゃがんだまま淡々と利点を説明する。


「あんなカウボーイアイドルでも、実力は同期の中でも五本の指に入っていたし、僕と同じ霊道士と魔道士の二刀流だし、しばらく会っていないだろうし、西京校の千尋ちゃんも喜ぶだろ?」

「ちーちゃんは喜びそうだけど……えー、近藤さんに教わるの?」


「イヤなのか?」と上目遣いで訊く兄だ。

 少し照れて視線を背ける妹だ。「イヤというか、ラブヘルパーになってからの近藤さん、なんというか、ヤバいじゃん」


「まー、ラブヘルパーは諸般の事情でなったからな。ヤバいのは大統領殺しの父親の方だし……その苦労は愛月だって見てきたろ? あいつ自身は良い奴だし、赤羽もいい街だし、力をつけたいなら最適だと思うけどな」



 近藤とは赤羽神社に所属する国家カウボーイアイドルかつ心霊保安官、近藤愛之助こんどうあいのすけのことだ。階級は少佐で、妹の千尋とは幼馴染で同い年、彼女は去年から西京都の霊道学院に通っている。


「そうだけどさ……どうせインターンに行くなら歌舞伎町神社がいい」

「ダメだダメだ。歌舞伎町神社はヤクザがよくマモノ化するから危険だ。安心安全、平凡かつ平和で東京の端っこ暮らしと言えば赤羽だろう。ラブスケにアイドルのイロハを教えてもらって――」


「だから、アイドルはナシ! 近藤さんはキャラが濃すぎてムリ!」

 と、両腕でバツ印を作る妹だ。

 

 親友に対する妹の本音を聞いた兄は腹を抱えて笑ったのは数秒間、真剣な表情で伝えた。「だがな、愛月。ラブスケを見くびるなよ。愛月と同い年のとき、シリアルキラーの死神を討伐したんだ」


「知っているよ、《アイドル殺しのアイドル事件》でしょ?」

「そうだ。これは心霊公安官として忠告しておく。死神退治がしたいなら独りよがりになるな。必ず死ぬぞ」

「協調性がないことはわかっていますよ。犬養先生にもずーっといわれてきたし、でも、強くならなければ、アイツは倒せないし……」


 彼女の長所が名家ゆえの強さなら、短所は強さが生む独善さだ。

 担当教諭にチーム演習でよく指摘され、陰で男子学生が彼女に付けたあだ名は『孤独な女狼』だ。


「いいや、わかっていない。死神を討伐したいなら、絶対に仲間が必要だ。落武者系のマモノと戦えば今の実力では負けるぞ。場合によっては死神よりも奴らは手強い。いくら守護の仮面が使えても、最悪死ぬぞ」


 祖父の声が冷たい静寂を切り裂く。

「登録したぞ、愛月。赤羽神社でインターンシップ、がんばれよ」

 孫娘は驚きの表情を浮かべた。「おじいちゃん、嘘でしょ!?」

「可愛い孫には旅をさせよ、だよ」


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