【第1話 2】
先に動いたのはトレミーだ。
右手中指にする美徳の指輪、ミツバチ型の宝石に唇を付ける。
《
ドレス衣装が簡素な明るい
ほぼ同時、愛月は合掌して霊力を開放する。《
左と右の手相が重なるとき、右胸の心臓より霊道が開き、身体中の霊力が彼女の全身を伝っていく。そして、背中に挿す守護の仮面を顔に装着する。
桜色の光に観客席が目を細めた。少女から狼へと変貌していくからだ。
「これほどの霊力とは……さすが桜ノ血筋、金太朗とは大違いだわ」
審査委員長を務める、眠たそうな老人が刮目した。彼の名は
「Oh, so this is Werewolf(へー、これが人狼ね)」
対戦相手は思わず母国語で感想を漏らす。
桜ノ宮愛月が《
長い耳が目立つが、どこか愛らしく勇ましく、見る者の心をときめかせる。
「可愛がってあげますよ、ワンちゃん」
ワンちゃんと呼ばれた人狼は笑顔なく弾き返す。
「番犬を舐め腐ったら噛まれますよ、先輩」
トレミーは挑発的な語尾に少し困惑しながらも、すぐに甘い笑顔で返す。
「プードルかと思ったら、ドーベルマンなんですか?」
「先輩、タイパって大事だと思うんです。だから、とっとと終わらせません?」
「そうですね。では、まずはお座りしてくださいませ、ワンちゃん」
「ワタシは柴犬じゃねぇ、日本狼じゃ、ボケェッ!」
獰猛な牙を剝き出し、感情とともに霊気を放出した。
その衝撃に行司の帽子が天井高く吹き飛ぶ。
獲物を狩る猛獣と化した人狼に、天使は翼を広げて宙に浮く。
「ケダモノみたいでペットにできなそうですね、一撃で仕留めます」
銀の弓を握る力が強くなった。右中指の指輪が輝き、羽根を抜いて弓を構える。
《
グサッ――弓から放たれる光速の矢が人狼の心臓を貫通する。
「Oh my gosh!?(あらら、大変!?)」
避けられると思っていた。一大事だと思うも、天使の心配は桜となる。
矢が貫通したその人狼は破裂するも、無数の花弁となったのだ。
「What's happening!?(何が起きたの!?)」
「こっちですよ、先輩」
「どこにいるんです?」
宙高く周囲を見渡すトレミーだが、花びらの一枚が人狼となった。
その人狼は両手に霊力を溜めながら、敵目がけて跳ね上がる。
《
「させません!」
《
放った一矢がおびただしいハチとなった。迎撃すべく、人狼が両手の霊力を水を撒くよう放ち、無数のハチを次々と凍らせていく。
天使はその隙に旋回し、相手の背後をとって銀の弓を構えた。
「Goodnight, doggy(おやすみ、ワンちゃん)」
「ざんね~ん♪ 私の勝ちですね、先輩」
《桜ノ流儀
放たれた矢は再び人狼を捉える。だが、再び花弁が散った。
真下に先ほどの花びらがあったのだ。
桜の花弁から花弁に転移する愛月にとっては幸運だった。
《桜ノ流儀
勢いよく飛び跳ねた人狼の両手が天使を捉える。
翼が凍り付いた天使は真っ逆さまに床へと落ちる。
身体を反転させて、背中で受け身を取る。その衝撃で翼の氷が割れた。
反撃しようと身体を起こすが、人狼が氷の刀を構えて待っていた。
首筋に冷たい刃先が触れる。「グッドファイト、エンジェル!」
対戦相手が歯を食いしばった。
そして、「参りました…」と両拳を床につけた。
行事が白旗を掲げた。
「勝者、エントリーナンバー6番、桜ノ宮愛月殿!」
ガイア共和国が誇る国家選抜アイドルが敗北したことで会場の観客席、審査員たちは驚きのあまり静まり返った。その静寂を破ったのは、妹の名前をハチマキにした兄の
「愛月、ブラボーッ! さすがボクの妹、世界で一番、愛してるぜっ!」
「やめてって、シスコン兄貴! ガチで恥ずかしいから!」
会場では万雷の拍手が鳴り響く。主に彼女側、護神庁関係者席からだ。一方、ガイア共和国側、魔道省関係者は信じられないという表情だ。
なぜならこの国家選抜アイドル新メンバーオーディションは、日本合衆国とガイア共和国との友好の証として、エンジェルハートによる実戦演習を兼ねており、そのメンバーが今日初めて負けたのだ。
ちなみに他の候補者はメンバーの遊び相手にもならないほど圧倒されて敗北した。
桜ノ宮愛月は日本合衆国の国家アイドルではない霊道学院生ではあるが、一矢報いる結果をもたらしたのだ。
決闘場から降りる、人間に戻った少女を審査員たちが改めて称える。
「よくやった愛月、さすが我が孫娘だ! エンジェルハートをここまで圧倒するとは思わなかった。日頃の鍛錬の賜物だな」
「ありがとう、おじい……じゃなかった、長官」
愛月が話すのは、護神庁長官にして桜ノ宮家の当主、
「それで新メンバーの件だが、歌唱テストもダンステストも好成績だ。今回の演習で合格は確実だろう。よかったな、愛月」
その話を遮るよう、ハートの紋章が輝く制服を身にまとう、黒い肌の老人が大げさな拍手とともに褒め称えた。
「グレート! さすがスーパーニンジャ! 今すぐガイアに留学しましょう!」
「いやいや、我が妹に留学はまだ早いです。諦めてください」
と兄が険しい顔で止める。
「イヤイヤ、今すぐ魔法を学ぶべきです。メチャクチャな魔道士になれます!」
「メチャクチャな魔道士って、僕の妹は最強のアイドルになるんです! 邪魔しないでくださいよ!」
「ノーノーノー! カーライル家のブラッドが入っているならスーパーなナイトになれますよ!」
「スーパーなナイトより、ラブリーチャーミーなアイドルになるんですよ!」
大金星を挙げた霊道学院生に祖父である護神庁長官が賞賛し、ガイア共和国魔法省高官も興奮気味に彼女の功績を称える。兄の勇月は暴走気味だが。
「あの……すみません」
しかし、当の本人は困惑しながら、その話を中断して口を開いた。
「私、アイドルになりません。恋愛したいんで。れいちぇるずの件はパスで」
と、ニッコリと言い切った。
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