【第1話 1】

 3月中旬の陽気に包まれ、施設を囲う桜木の花弁たちがそよ風に揺れる。

 

 東京都江戸特区にそびえる江戸城下、日本革命後に建てられた江戸自由平和公園には霊道士の聖地、日本霊道会館(通称『日霊館にちれいかん』)が佇む。


 ここ三日間、日霊館では国家選抜アイドルグループ《れいちぇるず》の一般非公開オーディションが開催されており、一日目はパフォーマンス審査、二日目は人格適性審査およびカメラテスト、そして最終日は実戦演習だ。



「次、エントリーナンバー6番、桜ノ宮愛月殿、前へ」

「ハイ!」


 額当てに刻まれた丸に桜の家紋『桜紋』は名門ニンジャ《桜ノ流儀さくらのりゅうぎ》の証、今年の8月で18歳となる少女が中央ステージ、決闘場へと入場する。そばの審査員席、関係者が座る観客席から拍手が鳴り響く。


「どーも、どーも。ここで一花咲かせれば、国家霊道士へと飛び級できるわよね、おじいちゃん」


 実戦演習ともあって、白みが強い桜髪を後ろに束ね、審査員席で見守る祖父に微笑む孫娘だ。声援を受ける彼女の名は桜ノ宮愛月さくらのみやあづき、日本合衆国を建国した三ノ宮の一角、桜ノ宮家の姫様だ。どうやらアイドルとは別の目的があるらしい。


 華奢ながらも日ごろの鍛錬で引き締まった曲線美を忍び装束でまとい、犬に似た精悍な顔立ちは戦闘に臨む緊張感でより凛々しくなっていた。



「Thank you everyone.わたし、頑張ります!」


 対する相手は余裕だった。《射手座の天使》ことトレミー・マイオスは緑色の髪を揺らしながら、観客席で声援を送る家族に手を振りながら、決闘場へと足を踏み入れる。決して、アイドルスマイルは崩さない。


 彼女は日本の同盟国、自由と友愛の国、ガイア共和国が誇る国家選抜アイドル、《エンジェルハート》のメンバーで、ドレスカラーはエメラルドグリーンだ。


 ステージ上で二人は対峙する。

 緊迫した空気が会場を支配していく中、トレミーは右手を胸元に軽く当て、左手で衣装のスカートを軽く持ち上げる。その仕草はシンプルだが、見る者にトップアイドルの優美さを感じさせた。


「桜ノ宮のお姫様と対戦できるとは光栄です。お手柔らかにお願いします」

 流ちょうな日本語に観客席がどよめく。


「日本語がお上手ですね」と愛月が微笑む。

「ちっちゃい頃から日本のアニメを音読していたので、自然と覚えました」


 例えるなら、ほのかなレモンの香りがする、なめらかな味わいの紅茶だろうか。

 対して、桜の姫は社交辞令に満ちた言葉の中に苦みを加える緑茶か。


「こちらこそ、よろしくお願いします。霊道学院生がエンジェルハートのメンバーをケガさせるわけにはいきませんので、しっかりと、手加減いたします」


 

 天使は生意気な態度に数秒間、驚きを隠せない表情を浮かべた。

 だが、そこはアイドル、蜂蜜のようスイートスマイルで返す。


「『お手柔らかに』と言っても、しっかり戦わないと審査員のみなさんが困ります。少しだけ、本気で戦ってよろしいですか? もちろん、桜ノ宮のお姫様におケガはさせませんので」


 それに対し、愛月も目を三日月にして言葉を撃ち返す。

「それでは、しっかりと、戦いますね。射手座の天使さま」

「よろこんで、お相手を、いたします」



 ゴクリ、生唾をのみ込んだのは行司だ。

 どういうわけか、女の戦いがすでに始まっていた。

 二人の微笑みが彼に向く。はやくしろよ、と。


 促されるまま、彼は紅白の旗を振った。

「それでは6番、実戦演習、はじめ!」

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