【プロローグ 2】
「ライオン……?」
三人は一斉に観客席側中央ステージを見た。ライオンの被り物をする細身の男が立っていた。無地の白シャツを着て、右手首にブレスレットを付け、目を引くのは右手に握る漆黒の鞘だろう。
「何者だ、お前? どうやってオレの世界に入ったんだ?」
前原が前のめりになる部下を止める。
「ジョニー、今日は満月で、しかも皆既月食だ。つまり、ケダモノが暴れるにはもってこいの日だ。だが、奴には理性があるようだ。となれば」
「死神か」と、二人のアイドルが口にする。
「そうです、死神です。龍鏡を壊し、みなさんの霊魂をいただきます」
三人はその声で彼が若いとわかった。その少年は太刀を抜いた。
黄金の光が会場に解き放たれ、その眩しさに三人は顔を覆わざるを得ない。
再び目を開くと、そこにいた少年は金色の甲冑に身を包み、人の面影を残す獅子の姿となった。
「こ、これが死神!?」と、川西直樹はあまりの迫力に奥歯を噛み締める。
一方、ジョニーは興奮気味に目を輝かせていた。
「めっちゃモフモフな毛並じゃん、触りてぇな! トモちゃん、どうするよ?」
二人は初めて死神と対峙する。死神とは、主に美徳を捨てて大罪を背負った魔道士や霊道士であり、国家アイドルや霊道士の心臓を狙う人間への呼び名だ。
前原はこの金色の獅子がどうやって部下が作り出した異空間に侵入したのか理解できない。しかも、奴は『龍鏡を壊し』と口にした。心臓を食らう、ただの死神ではないのは明らかだ。
だが、実戦演習中ともあって緊張感と危機察知能力が相手の力を即座に測り、部下に命じる。
「お前ら、下がれ。あの刀を見る限り、落武者の悪霊を宿しているはずだ」
「だったら、戦うしかねーな。時代遅れのサムライを成敗してやろうぜ」
「ジョニー、落武者をナメるなよ。死ぬぞ?」
上官からの忠告を、ジョニーは真面目に捉えなかった。
「いいかライオン、ここはアフリカじゃねーんだ。仲間に会いてーなら、上野の動物園にでも行きやがれ!」
「ジョニー、あんまり挑発するな。どんな技を使うかわからないんだぞ」
「ハハハ、ナオキはチキンだな。ビビッてーと、ライオンに食われちまうぞ」
「冗談言ってる場合かよ……どうしますか、前原少佐」
勝気な部下の性格を推し量り、前原はここは戦うしかないと作戦を変える。
「直樹。ここはジョニーと私が対処する。お前は魔界から離脱し、赤羽の近藤少佐に応援要請を」
「わかりました。すぐ……」
《
前原の背後、視界の外、大きな破裂音がした。生温かい飛沫が背中にかかる。
ジョニーが相棒の死を前に叫んだ。
「ナオキいいいいいいいいいいいー---ッッッ!」
前原は回避行動をとり、ジョニーのそばへと立ち、金鏡の獅子と対峙する。
その猛獣の斬撃が部下の身体を木っ端微塵にしたからだ。
「クソッ! 人間をゴミだと思ってやがるな!」
前原に部下の死を嘆いている時間はない。どうやって倒すか、もしくは撤退するか、またしても判断に迷う。だが、部下は待てなかった。
「待て、ジョニーッ!」
「クソがッッッ! ライオン焼きにしてやらァッ!」
《
一段と黄色い炎を身にまとう。
銀槍が怒れる感情に呼応してより長く鋭利になる。
相棒が死んだのだ。レッスン帰りにコロッケを食べた愛おしい思い出が過る。
最愛の友の仇を討つべく、その獅子の心臓をめがけて槍の炎を放つ。
だが、耳に届く金属音と感触が現実を突きつけた。
「嘘だろ……俺の最高の技だぜ……?」
と、手から離れた槍が魔法杖に戻る。
父に反抗した幼少期を思い出す。父の見下す目つきが獅子の眼光と重なる。
王者の風格が死を予感させた。
「この世界を救う王だ。オレがお前の罪を背負ってやる。だから、お前はオレの力となれ」
「何を言ってやがる、このサムライがッ!」
ジョニーは再び技を繰り出そうと杖を拾うとする。
「ジョニー、退けッ!」
女上官は腰のホルスターから手裏剣を取り、右手の霊力を込める。
《加賀流忍法 稲妻手裏剣》
ゴロゴロと音を鳴らす二つの雷撃だが、その獅子は刀剣で部下の腹部を突き上げて刺し、そのまま盾にした。
そして、左腕でその男の左胸の心臓をくり抜き、あろうことか、果物を頬張るよう食べたのだ。
「ナオキ……ジョニー……私の部下を、私の……ッ!」
己の判断力の遅さが招いた悲劇を前に、前原智子は右胸の心臓と籠手の『梅鉢紋』に誓う。
コイツはココで滅霊する、とホルスターから奥義の巻物を口に咥えた。
そして、力強く両手を重ねた。主役が死んだため、ステージが光の粒子となって消えゆく中で、ニンジャは呪文を唱えた。
《加賀流忍法 滅霊奥義
両腕を砲塔に見立て、身体中の、血液中の霊気を手のひらに集め放つ技だ。
しかしながら、その技を発動するには霊気が足りなかった。
「クソッ! ジョニーとの演習か……」
霊気が溜まらない理由に気付く。
「正義は我が魂にあり。朽ちろ、ニンジャがッ!」
薄暗い中、霊魂が抜かれた、三人の死体が神社の境内を赤く染めていく。
そばに立つ少年が獅子の仮面を取って肉塊を眺める。実に冷めた目だ。
「早かったわね、モフモフの王さま」
神社の本殿から女の声がした。透明感がありつつ、女狐のよう賢さや狡猾さを感じさせる。「その呼び方はやめてください」
「じゃあ、名もなきモフモフさま」
「フツーに呼んでくださいよ、フツーに」
シャツの胸ポケットにかけた黒縁メガネを手に取る。
「――カグヤさん、もっと強いアイドルを狩らせてください。強くなりたいんで」
「あら、獅子は兎を狩るにも全力を尽くす、と言うでしょ? それに祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、とも言う」
「えっと……古文の授業ですか?」
そのメガネの少年は意味がわからず、ポリポリと額をかいた。
「AI社会で生き抜くには、歴史のお勉強が必須よ」
「えっと……富士山が噴火した話ですよね?」
「学校では教えない愛の歴史よ、名も無きの王子さま」
少年が薄暗い本殿へと足を踏み入れる。ひどく肌寒いのは、女の霊気のせいか。
「今年の七夕の日は黄金の夜明けとなる。それは彦星と織姫が再会する素敵なお話だから。私たちの愛の力で、嘘にまみれた世界を救いましょう。お月さまの代わりに」
白金髪の女は本殿に飾られた大きな鏡を優しく撫でたあと、刀剣を振るった。
神社仏閣鏡の声が諸行無常の響きと化す。盛者必衰の理を教えるように――。
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