君が幻影ー反逆の心臓編ー

だいふく丸

【プロローグ 1】

 3月3日――5時のチャイムとともに夕陽が東京の下町を茜色に染めていく。

 板橋区のとある神社で境内を掃除する青年がいた。美形な顔立ちの彼は、高校生カップルが神社を通り過ぎていくのを見て、ホウキを止めてため息をつく。


「なー、ナオキ。オレ、彼女が欲しいわ」

「彼女って……お前は国家アイドルだろう? 我慢するんだ、ジョニー」


 嘆いたのは明るい性格の下館しもだてジョニーで、発言を諫めたのは愚直な性格の川西直樹かわにしなおきだ。二人は地域住民を元気づける国家コロッケアイドルで、ユニット名は『コロッケぱんち』だ。

 

 名前の由来はジョニーと直樹は中学の同級生でコロッケが好きだった。ジョニーが直樹を板橋区の国家アイドルオーディションを誘い、現在に至る。


 国家アイドルである以上、恋愛は禁止だ。なぜなら、彼らの右手中指に光る魔宝石と契約を交わしているからだ。だがしかし、彼らは現在19歳だ。

 高校生が味わうだろう甘酸っぱい青春を犠牲に、板橋区の住民たちを元気づけるアイドルとして生きてきた。もちろん、本人たちは楽しんでいる。ただ、ジョニーの心は満たされない。

 


「だってさ、オレらアイドルになって3年だぜ? ケダモノやらマモノやらと戦ってきたけどさ、そろそろ我慢できねーわ。あー、青春してーっ!」

「恋愛禁止は魔道士としての誓約だ。我慢ができないなら、AI彼女と横浜デートしてこい。AIキャラクターなら問題ないから」


「AI彼女って……そこまで堕ちてねーって……あー、温泉デートがしたい!」

 直樹がホウキを止める。相棒に喝を入れるためだ。


「いいか、ジョニー。恋愛禁止を代償にするからこそ、僕らは強い魔道士でいられる。しかも、歌って踊れて戦うアイドルになれる。板橋で困っている人たちに愛と勇気と希望を届け、コロッケで板橋を盛り上げていこうって決めたじゃないか」


 川西は右手中指の指輪を示す。魔宝石をコロッケに装飾した指輪は美徳を示すもので、国家アイドルを証明するものであり、魔道士とも呼ばれる。



「でもよ、俺たちの客はババアじゃん。オレは可愛い子に愛と勇気と希望を届けたいんだよ」

「ババア言うな、板橋マダムといえ」

「でもよ、そのマダムに『今日のMショー見るから』って言われたんだぜ。だけど、俺たちは出ねぇって……あーあ、三ノ宮祭さんのみやさいなのに神社で掃除とはつまんねーな……って、今日は満月じゃん!」

「皆既月食でもあるぞ。ニュースぐらい見とけ、ジョニー」


 3月3日は三ノ宮祭という、日本合衆国がいつまでも平和に繫栄できるよう祝う祭日だ。この国を建国した日本朝廷を支える桃ノ宮家、桜ノ宮家、梅ノ宮家の『三ノ宮家』にちなんでそう呼ばれる。


 国中がお祝いムードだが、神社で働く国家アイドルと心霊保安官は職務を優先する決まりだ。しかし、一部の国家アイドルは音楽番組に出演して楽しめる。




「あー、《れいちぇるず》の涼子りょうこちゃんとお月見デートしたいわ」

「女性アイドルとはお互いのファンのためにも話さない決まりだろ? それに俺たちでは涼子さんとお話はできない。アイドルの格が違うんだ、格が」

「だよなー。しゃーない。明日はババアたちとカラオケパーティーでもしよ」


「ババア言うな、板橋マダムといえ」

「どっちでもいいわ。ほんと、ナオキはかってぇ野郎だな。そんなにかってぇならよ、こっちの方も硬くしてみろって。ほれほれ!」

「あ、バカ! ホウキをおもちゃにするな!」


 と、ジョニーが相棒の股間をホウキで小突く。同じくホウキでガードする川西だ。

 彼らはまだ19歳、ふざけたい年ごろだ。だが、成人でもある。


「二人とも何してんの? もうすぐ20歳になるのにガキか?」

 小学生のようたわむれる二人のもとに、愛馬に乗った神社の管理者、前原智子まえばらともこが近所のパトロールを終えて戻ってきた。彼女が着る濃緑制服は心霊保安官の証だ。ニンジャ系霊道士ともあり、忍具を装備する。


 心霊保安官は神社を拠点に地域住民が悪霊に憑依されていないかを監督し、国家アイドルとともに街の平和と幸せを願いながら神社に祀られる、日本合衆国の守り神、

龍神様りゅうじんさま龍鏡りゅうきょうを守る仕事だ。


「お疲れ、トモちゃん」

「お疲れジョニー、馬小屋のところ、掃除よろしく」

「オッケー!」


 ジョニーは社交的な性格で上官にも臆することがない。どこか憎めない性格だ。

 ホウキを担いで馬小屋へと向かうジョニーがくるりと前原に振り向く。


「トモちゃん、最近、彼氏とデートした?」

 ギロリ、目元が鋭くなる。「わかってて、聞いたよな?」


「じぇんじぇん、わかりましぇ~~~んっ!」

 華麗なステップでおどけるジョニーだ。高速ダンスが得意で、SNSでもよく話題になる。


「ジョニー、ちょっとは魔法が使えるからって、霊道士をナメるなよ?」

「馬みたいに舐めませんよ。からかっているんですよ、トモちゃん」

「お仕置きが欲しいなら、そう言いなさい。ボクちゃん」

 

 ケラケラと笑う部下に、上官は両手の指をボキボキと鳴らし始める。

 その様子に、ジョニーは野球の素掘りのようホウキを振った。


「悪ガキかよ、ジョニー」と、額を抑える川西だ。

「このフォーム、わかります? 俺の好きな野球選手なんだけど?」

「やあやあ、どこかで見たなと思いきや、私を捨てたあの野郎にそっくりだ」

「やっぱ、わかる? 恵比寿でナンパするのが趣味らしいよ」


 国中がお祝いムードなのに、神社で今日も地域パトロールなのは上官も気が引けていた。おまけに忘れようとしていた恋愛事情を思い出し、ストレスメーターが急上昇していく。


「今日は三ノ宮祭の日だ。特別に実戦演習をしようか。喜べ、ジョニー」

 ニンジャの血筋が疼きうずき、眉間に皺がよる女上官は合掌した。

 

 彼女の籠手は手のひらに穴が開いており、手相に刻まれた左右の線と線が重なり合うと、右胸にある心臓が呼応し、特殊な能力が解放される。


 これを《霊道開眼れいどうかいがん》という。


 一瞬にして、境内のほこりが爆発でも起こったかのように吹き飛んだ。

 ビリリと電気を帯びたダイヤモンドのごとく煌めく宝石眼を見て、ジョニーはほくそ笑んだ。


「AI彼女とデートするより楽しめそうだわ、トモちゃん。大好きだわ!」

「私も大好きよ、ジョニー……今日のの記憶はないと思いなさい」

「ジョニーも少佐も……はぁ~、二人とも血の気が多すぎるって」

 川西直樹は戦闘が大好きな二人に愛想が尽きる。

 

 そんな相棒にお構いなく、ジョニーがホウキを真上に投げ捨てた。

 そして、右手中指の指輪に口づけする。彼の魂が魔宝石と共鳴し、愉快の美徳を示す黄色に輝き出した。そして、煌びやかな衣装に身を包む魔法少年へと変身する。


「《マジカルファントム魔法幻影 ドリームステージ夢の舞台》愛するみんな、かもーんっ♪」


 前原が瞬きをした瞬間、そこは古めかしい神社の境内とは一転し、ど派手なライブステージに様変わりした。華やかな照明がステージ上を照らし、そこに立つ三人に三万人の声援が飛ぶ。


 ジョニーが銀色の魔法杖を客席に向けてクルクルと回す。

「トモちゃん、オレらもMショースペシャルに出たいのよ。なんとかならない?」

「大人の事情でMショーは無理ね」

「だりーな、その大人の事情って」


「ケーブルテレビのカラオケ番組で頑張りなさい」

「でもさ、マダム相手だとストレスがたまるんだわ。トモちゃんさ、このストレスぶつけていーい?」

「そうね……あの野郎に弄ばれたストレスをぶつけていいならば」

 

 上官が腰に巻くホルスターからクナイを取り、ジョニーは杖を構えた。

 

「ノープロブレム! アイム、オッケー! かもーん、トモちゃん♪」

「クズジマァ! テメェのち〇こ、切り落としたるわッ!」

「俺は下館ジョニーだぜ! 《マジカルエフェクト魔法発動 バーニングスピアーモード炎上鋭槍


 魔道士が魔宝石を輝かせると、その魔法杖が鋭利な槍となって黄炎をまとう。

 霊道士が霊力を溜めると、そのクナイが鋭利な刃となって風をも切り裂く。


「おい、ジョニー。調子に乗るとまた貧血で倒れるぞ……うん? なんだ?」


 上官の背後で見守る川西直樹は周囲を見渡した。少し違和感を抱いたのだ。

 だが、戦闘に夢中な二人は気づかない。


 どこにでもいそうな男子高校生が仮面を被ったからだ。

 彼は平然と神社の結界を破った。そのとき、三人は異変に気づく。

「誰だ!?」

 そして、彼が口ずさむ言霊が魔界の彼らの耳に届く。


 君が代は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔を生すまで

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