仲間と共に

 私は体の激痛に耐えながら宇宙空間を泳いだ。その向かう先はあの黒く焦げ尽くした物体の下だ。

 痛い! 船と自分を繋ぎ止めているセーフティーロープが足に絡まった。通風を患った人間のように痛みに敏感になる。なんとかして足に纏わりつくロープを解き再び前へと泳ぎ出す。少し痛みが和らいできた、スーツの中が温まってきたようだ。

 目的地を見据えると採掘メカがドリルを扱っていて火花が散っていた。まだ採掘が行われている。そうだあの物体をよく見なければ。


「……という訳です。完全に奴らにやられました」

「そうか、だが何故奴らはこうもあっさり基地に奇襲を仕掛けられたんだ?」

「おそらく何ヶ月か前から準備を進めていたようです、不審なワープや船が最近相次いでいた。なのに大した調査もしてないと聞いています」

「組織の日和見、ということかね?」

「そう言っても過言ではないでしょう」

 

 なんだこの場所は⁈ 眩しい光の中にいる気分だ。向こうで誰かが話している。さっきまで宇宙空間に居たはずなのに地に足が着いているぞ⁈


「統括、我々はどうすれば……」

「……」

 

 私はその声の方へ歩いていく、二人の顔はよく見えない。しかしどちらも聞いたことのある声だった。


「エコーリボーンロードのエージェントは君の他に誰かいるのか? ……待て、誰だ!」

 二人が一斉にこっちを睨んだ。その片方の顔は知っていた。

「サワムラ?」

 何故この男が……。そうだ補給に来るたびに小一時間雑談をしていた仲だ、知らないはずはなかった。

「ほう……」

 何か感心したような顔をしているもう一人の女性は知らない。黒いローブのような物を着た目つきの鋭い淡麗な女性だ、統括? と呼ばれていたが私は全く分からない。

「まさかカコボシの息子が過剰共鳴者の素質を持っていたとは……、縁というのはつくづく恐ろしく素晴らしい」

 彼女は手を広げ天を仰ぐようにした。その目はとても輝きに満ちている。

「待ってくれ、親父を知って――過剰共鳴って、何がどうなっているっ⁈」

 理解が追いつかない、全てが分からない!

「サワムラくん、どうやら縁はこちらの味方のようだ」

 彼女は目を閉じ深く息を吸い込んだ。

「説明している時間はあまり無さそうだ、とりあえずこれを」

 彼女は私の額に手を当てた。

 はっ⁈

 その瞬間何かとてつもない情報が流れ込んできた。しかし私が一番に気にしたのは……。

「親父っ!」

 私が咄嗟に叫ぶと彼女が驚いたように目を丸くする。

「まさか、今カコボシマサユキはメントス基地にいるのか? サワムラくん、安否の確認は?」

 彼女は慌てた表情でサワムラを見る。サワムラは目をつぶりしばらく動かなかった。

「連絡が取れません、会いに行こうにも彼のいると思われる場所はここから離れていて既に分断されています……」

 彼は三分ほど沈黙した後口を開いた。

 なんだこの間は。いやそんな事より……

「上級管理棟は孤立しているのかっ?」

「そうだ、敵機械歩兵が開いている発着場から侵入してきた、そして奴ら見境なく撃ち殺した…… 残った奴らも分断されて、基地システムも乗っ取られてもうどうしようもない」

 サワムラは噛みしめるように言い放ち拳を強く握った。

 流れ込んできた記憶では多くの人間が逃げ惑う光景があった。

「これは……本当に現実なのか? 夢じゃないのか?」

 私はあまりの絶望にそう零す。もう立つ力も出せなくなりフラフラする。

「いいかい? さっきキミに手を当てたのは君と記憶の交換をしたんだ。薄々気づいているだろうけど、キミが知っているあの鉱石には不思議な力がある。この空間もキミが見たかもしれないフラッシュバックも全てが現実さ」

 彼女は私の両肩を掴みしっかりと私を見つめる。

「じゃあ親父は……!」

「大丈夫、そう、きっと大丈夫さ」

 彼女はそう強く励ましてくれた。


「ありがとうございます……。失礼ながらあなたは……?」

 彼女の顔が途端に暗くなり、隣のサワムラは焦ったような表情をした。

 何か不味いことを聞いたのか?

「それを知れば、キミはもう引き返せないよ?」

「え?」

 彼女は何やら真剣な眼差しで私に告げた。その目からしてふざけている訳では無さそうだ。

 なんだ、引き返せない……。

 するとそれを見ていたサワムラが素早く彼女の耳元で何かを囁いた。

「ほう、そうか、そうかそうか」

 それを聞いた彼女は納得した顔で腕を組む。

「いいだろう。よし、これが最初の任務だと思ってくれ。キミたちはいま危機に瀕しているメントス基地の救援に行かなくてはならない」

 彼女は淡々とそう告げた、サワムラも頷いている。

 どういう事だ? 任務とは。いやでも親父は心配だ。

「どうすればいいんですか? 私に出来ることなんて……」

「仲間がいるだろう?」

 彼女は目をつぶったまま私にそう言った。

 仲間って……

「出来ることなんてたかが知れている――」

「ミライくん……、仲間」

 彼女は目でサワムラの方を指した。

 そうか……、そうだ!

「サワムラ、親父を、カコボシマサユキを救出しに行ってくれるか?」

「当然ですよー、チームメンバーだからね」

 彼は胸を叩いた。

「6番ポートはまだ落ちていない?」

「うん、襲撃時艦船の収容はしていなかった、今は僕たちのいる暫定スクラムの司令室がある」

 よかった、おそらくアイツも無事だろう。

「そこのオオフクホバーのナカザトって男に会いに行ってくれ、ホバーカートを貸してくれるし、裏道も知っている、上級管理棟へ安全に行けるはずだ」

「オオフクホバー……。あっ、ずっと見張りをやってくれている人がいた、豚柄のツナギ来た」

「そうその人!」

 よかった彼は無事だ。本当によかった。

「わかった、その人の所に行ってみるよ、じゃあ僕からも」

 彼は私の額を人差し指で突っついた。

 これは……。

「跳躍遮断場が張られる前、最後にメントス基地があった場所の跳躍コード。体感は40デイトも移動していないから少しのズレしかないと思うよ」

「これをどうすれば……」

「シノミヤくんはこの手の事にも明るいはず、相談してみて」

 落ち着いた声で彼は語る、その目は自身で満ちていた。それを見て隣の女性はうんうんと頷いている。

「そしてなんとかメントス基地に着いたら、外に飛んでいる敵の制御艦を止めてほしい。そうすれば基地の中に侵入している機械歩兵達も停止する」

 彼は目をつぶり、手を撫でた。

「今の私達には対艦戦闘能力はない……、別の方法を――」

「仲間、まだいるよ。今ミツルギシドウの警備艦隊とヒノマイコの仕切っているエンゼルウィング隊は同じ場所にいる。あの人たちも仲間だ。連絡して」

 なんだと? ミツルギさんの事も知っているのか? いや今はいい。

「やってみます」

「違うよ、やるの。今度じっくり教えてあげるけど、今はこう言わせて。成さねばならない。大丈夫きっとできるから」

 その言葉に私の胸は熱くなる。まるで今までのサワムラミキトではない、この冷静さ情熱……。

「わかった、やります」

「そう、ミライはできる!」

 彼は背伸びして私の頭を撫でた。少し恥ずかしい。


 はっ!

 気がつくと私は元の宇宙空間に戻っていた。

 そうだ、私にはやらなくてはならないことがあるんだ。

「おーい、ミライー、何してるんだ? 危ないから戻ってこーい」

 メットのスピーカーからカレンの声が聞こえる。

「了解です、ロープ巻取りをお願いします」

 私は黒い物体にプローブを付けた。

 これはまた今度だ。


「おい、何急に外に行っちまったんだよ。勝手なことするなよ?」

 カレンが私に心配そうに声をかける。

 確かに迷惑をかけてしまった。だが、まだまだ迷惑をかけてしまうかもしれない。

「カレン、みんなを集めて、スタッフミーティングを行います」

「えっ? ……おう」


 艦長以外のクルーが広間に集まった。その面々はいつもと変わらない表情をしているが、私からは少し強張って見えた。

「聞いてください。一昨日の夜、宇宙軍メントス基地が謎の軍団に襲撃を受けました」

「何? そんな情報届いていないぞ」

 サツキがそう言いながらデヴァイスを確認し始めた。

「これは特殊な情報筋からの情報です。この事実を知っているのは恐らく私達だけです」

「その、特殊な筋というのは?」

 ムスビがヴァイザーにナニソレと移しながら聞いた。

「それはその……」

 私はうまく言えずに言葉を濁す。彼らにさっきの出来事を説明しても信じてもらえないだろう。

 でも事実なんだ、絶対に……。

「俺の友人だ」

 突然後ろから声がした。振り返るとミナト艦長がそこには立っていた。

 どういう事だ?

「ミライ、まさかお前が、そうだなんてな」

 彼はスタスタとこちらに歩いてきた。一同は敬礼をしたまま彼を目で追う。

「楽にしてくれ。まあいい、ミライの言っている事は事実だ。更に付け足すと、基地内で懸命に抗戦しているがあと三日もすれば陥落すると言われている」

 眉を撫でながら彼はそう語った。

 何故彼も知っているんだ? そうか彼もあの統括とかいう女性と繋がっているのか。

 彼は私の方を見つめてはにかんだ。

 とりあえずありがとうございます。

「確かにメントス基地は二日前から偽装中のため跳躍不可と書かれている。だが何故襲撃の情報は公になっていない?」

 サツキがデヴァイスの情報をホログラムで投影させた。

「それは敵の通信妨害のせいだと思われます。他にも跳躍妨害が施されていて援軍も望めない状態です」

「じゃあどうすればいいの? ボクたちに出来ることないじゃん⁈」

 ジンが足をバタつかせながら喚いた。相当混乱している。

「仲間がいます。この場所にも、ここ以外にも」

 私は右手を強く握った。それを見て一同は一斉に顔を見合わせる。

「まさかお前、救援に行こうってか?」

 カレンが険しい顔でこちらを睨む。

「はい、私達はこれを救援しに行きます」

「バカか? 一軍事基地が対処できないレベルの戦力だろ? 行ったっていい的じゃねぇか! それにあたしらは戦闘要員で配置されてるわけじゃねぇ、やる理由もない!」

 彼女は私を指さしながら囃し立てた。

 そうだ彼女らにはやる理由もない、でもサワムラもあの女性も言った、仲間と共にと。


「いいや、キミたちは行かなくてはならない。……なぜなら俺が命令するからだ」

 ミナトさんが高圧的な態度でそう口を開いた。それを聞いたクルーは目つきが一気に鋭くなる。

「ミナトさん――」

「キミたちも共和国に命を捧げる軍人だ。指揮官の命令は絶対、たとえそれが『死ね』という命令であってもだ」

 彼は唸るような声でそう言い放った。まるで今までのミナトさんとは別人だ。

 彼は今悪役を演じてくれているのだろう。理由も道理もない仲間を結束させるために、背伸びして無理して冷酷な上司を演じている。


「ふざけないで……、ふざけないでください!」

 その叫び声に場が凍りついた。声の主ムスビがヴァイザーを真っ暗にした。

「あなた今まで何してました? ずっと引きこもってましたよね? 毎日現場を任せっきりにして、自分は何もしないでただただトラウマに怯えて布団に包まって……。そんな人を私達が上司だと認めると思いますか?」

「なんでそれを……」

 ミナトさんが狼狽えた、小刻みに肩が震え始めている。

「気付かないとでも思いました? 毎晩あなたが電話で奥さんと喧嘩している声が聞こえてくるんです! 仕事にもプライベートを持ち込んで自分がダメなのはしょうがないんだって言い聞かせて恥ずかしくないんですか?」

「やめろ、やめてくれ……」

 彼女は一気に詰め寄る、その気迫に満ちた表情はヴァイザー越しにも十分伝わってきた。

「なんで復帰したんですか? 誰もあんたのことなんか――」

「やめるんだムスビ!」

 低い声でサツキがそう言い彼女の肩を掴む。

「やめるんだ、君らしくもない。君は混乱しているんだ、こんな状況初めてだからな」

 彼は彼女の正面に立ちまっすぐ彼女を見つめた。その顔は今までの卑屈な彼からは想像もできないような優しい顔だった。

「誰しも背負いたくなくても背負っている物がある。銀河ってくだらないよな、みんな見下し合って、罵り合って。でも、それでもうだうだ言いながら今日を生きてるんだよ。そんな自分と誰かを否定しないでくれ」

 彼の視線を前に彼女は下を向いて俯いてしまった。ジンもカレンも決して大丈夫とは言えなさそうだ。

「艦長、一時間だけクルーに考える時間を下さい。命令に従うしかなくても、吟味する事くらいは許されるはずだ」

「いいだろう」

 私はこの男を見直した。始めは陰湿な冴えないオタクと私の眼には写っていたが、今ではその姿はとても頼もしく見える。


 ミナトさんが自室に向かっていったので私は追いかける。

「ミライ」

 艦長室の前でサツキに呼び止められる。振り返ると彼が小走りで此方に駆け寄ってきた。

「君はミナト艦長を頼む、僕はなんとかして皆を説得する」

 どうやら彼は覚悟を決めているようだ。

「よろしくお願いします。ところで……」

 私は彼の事をまじまじと見つめる。

「さっきのセリフ、誰かが一言一句違わず言ってたような気がしたんだけど……」

「あれは姉の受け売りだ」

 彼は小声でこっそり私に告げた。

「正確にはアニメのセリフなんだ。姉が声優やってて、練習でそこばかり読み上げてるから覚えてしまってね……」

 そういうことか、あれは確か私の部下だ、思い出した。

「そうだったんですね、でもあなたの覚悟は自分のものですよね?」

「うむ」

 彼は手を差し出した。私もその手をガッチリと掴んだ。この部隊に来てこの人と出会えてよかったと、今は切に思う。

 私は彼にデータスティックを渡した。それは謎の空間で統括と呼ばれる女性から教えられた事を鮮明に書き起こしたものだ。

「これは?」

「サツキ、この作戦の軍師となってくれますか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る