一枚上手
寒さが堪えられないほどの格納庫にはエンゼルウィング隊の面々で埋め尽くされていた。みんな私を応援しに来てくれているのだ。
もう時間か、まだ十分に調整が出来ていないかもしれないのに……。
「ヒイナさん! 負けないでください、絶対に負けないでください」
「そうですよ、あんな奴らに負けちゃダメっす!」
可愛い隊員たちが私の周りで口々に激励を送ってくれている。
私は負ける気など微塵もしない。勝って当然、常勝最強超栄光、私はこのスローガンを胸に今日も飛ぶ。
「当然ですわ、私達を軽んじた痴れ者をひれ伏すのみですわ!」
パチパチパチ
その一言で彼女たちは私よりも盛り上がっている。その期待に応えるのは隊長として当然だ。
「大丈夫そうね?」
ヒノさんが外からゆっくりとこちらへやって来た。一同は一瞬で静まり返り敬礼をする。
「レギュレーションチェックに来たわ、……緊張してない?」
彼女は私の機体を上から下まで確認しながらそう聞いた。
「うん大丈夫そうね」
彼女は小さくそう呟いた。
「えぇまったく緊張しないです!」
私はガッツポーズを取り元気な声で答える。
「こんな事初めてよね、でも私のため勝ってほしいわ」
「はいっ!」
彼女は出口に向かっていく。
「ミツルギ司令と一緒にフウリンの艦橋から見てるからねー」
そう彼女は言い残し去っていった。
時はきた、私は自らの機体の全身に力を込め、最終チェックを行う。
「エンゼルウィング対ミツルギ航宙隊の一騎打ち。両者とも準備はいいわね!」
ボイスチャンネルからヒノさんの調子のいい声が聞こえる。
なんだかんだ彼女も楽しんでいるようだ。
「システムチェック完了、出撃合図を待ちます」
「よし、いつでも出れる!」
「よろしい、ではルールを説明させてもらうわ、送ったマップを見て」
この辺りの地形データが表示された。マップの情報では離れた位置で二つの赤と青のリングが点滅している。
「公平な勝負にするためにまず二人は別々の目標まで飛んでいってもらうわ。二つの目標は反対の位置にあるから、そこからは反転してお互いに正面を向き合って会敵する。接敵後はどちらかが一発当てるまで闘う。簡単でしょ? 武装は事前に許可した物のみ、つまり今載せてあるものは使えるってこと。それと今回はキリサキくんがアウェイであることから低空戦闘は禁止とする。何か質問は?」
「ありません」
「問題ない」
「レター出撃!」
彼女の勇ましい声で出撃命令が発せられる。レター、私のウィングネームだ。
「レターオンステージ!」
私は足を踏み込み脚部のタイヤを回転させる。それと同時に背中のターボを唸らせ思いっきり前に加速する。
あっという間に格納庫の建物を抜け、前方には停泊しているフウリンが見える。
「ウィングオープン!」
この瞬間、私の体は空と一体化し天使となった。そうこの開放感のため生きているのだ。
「ファイター降ろせ!」
ミツルギ司令が叫ぶ。
「ジャッジ1へ天候は――」
「分かってるよ、ジャッジ1出る」
コウヘイさんの声を遮ってキリサキは冷静に言い放った。
空を裂くようなエンジン音が聞こえてくる。フウリンの艦底部から赤いファイターがすごいスピードで飛び出した。
「楽しませてくれよ? エンゼルさん」
ボイスチャンネルからキリサキの余裕そうな声が聞こえてくる。私はその無神経な声にイライラするので何も返さず無視をする。
「ジャッジ1ってのは俺のコールサインだ。俺の親は二人共裁判官でよ、出来損ないの俺には一生わかり会えないって思ってたよ。でもこの艦隊に飛ばされてジャッジの名を継いだときわかったよな。これは運命だって、裁くべきは罪人でもなんでもない、自分自身で決める的なんだよ」
彼は淡々と語るそれは昼間私に喧嘩を売ったガラの悪い男とは別人だった。
「俺は誰にも靡かないが、負けるつもりもない。それは自分の強さからくる奢りではなく、仲間やお上に対する誓いだ。誰にも譲れないな。あれ聞こえてるか」
「黙って飛ぶことは出来ないの?」
私がやっと口を開く、少し感心したことは認めない。
「緊張をほぐしてやってんだろーが、まったくよ。まあ昼間のことは謝るよ、たまに仲間の手前ああなっちまうんだ」
こいつ、いい人ぶっている、男ばかりの愚連隊みたいなチームに善人などいない。
「ペラペラ喋ってると弱く見えますよ?」
「ハハ、それは困ったな。っていうか喋り方普通じゃね? 『ですわー』とか言わないじゃねーか」
こいつ、痛いところを突いてくる。正直最近そうするべきか悩んでいるんだ、だがこいつに馬鹿にされるのは気に触る。
「関係ないでしょう? そろそろ折り返し地点、黙ってください」
マップを見ると、赤いリングのアイコンが消滅した。
行くぞ
私は右足を思いっきり蹴り上げターンした。そして上下逆さまのまま加速し続ける。
こんな日に限って雲が多く視界が悪い、先手を取られれば一撃で沈む可能性もあり得る――。
刹那、私の視界を緑の弾丸が通り過ぎた、そして少し遅れて奴の轟音のエンジンが近づいてくるのが聞こえた。マズイ、もう見つかっていたのか⁈
私は機体を一瞬で仰向けに傾け自由落下に身を任せる。機体は雲をふかふかのベッドのようにして飲み込まれていく。
ヒュゥゥゥウウ
雲を切り裂く音が聞こえる。
私は考える、なぜこんなにも早く接敵した?
……そうかファイターは人形で風や空力の影響を受けるエンゼルウィングとスピードが圧倒的に違う、あいつはわざとゆっくりリングに向かっていたのだ。試合はずっと前から始まっていた!
「その通りだ、速さが違うんだよ! ただ奇襲は失敗しちまったからな、次の手を考えなくちゃ――なんてな!」
彼は私の心を読み、そう言った。途端、私を守っていた雲がみるみるうちに何処かへ飛んでいく。
雲は私の前方で一つの球になって留まった。その核には青い光が見える。
気体圧縮装置⁈ こんな使い方が出来るとは……。
「マズいッ!」
その雲球を盾に奴は急降下してきた。私は咄嗟に右腕の訓練用機銃を放つ、しかし雲球が邪魔して命中しない。
全て計算のうちか⁈
「徹底的にぃ!」
彼が叫ぶと、期待圧縮装置が解除され一気に雲球が吹き飛ぶ。
しまった! 私の機銃の衝撃が球に残っていたのか⁈
戦闘データを表示するグラスがぐっしょりと濡れ私の視界が一気に悪くなる。
「エンゼルウィングの事は勉強させてもらったぜ! 今までエンゼルウィングが撃墜された33件の内、25の原因がパイロット本人の被弾、戦闘データハッドの損傷、もしくはその両方だぁ!」
彼は大声で私に怒鳴った。そして機銃の連射音が聞こえてくる。
感心した、素晴らしい。予習は完璧だ。
ここまでは……。
私は右手の小指をコマンド入力しグラスを解除した。私は素顔を晒し視界は開け、そして左脚を持ち上げ装備したシールドを起動する。
「これで前は見えている!」
「何⁈ 馬鹿な、それを取っちまったら高度も見えなくなる、遊びじゃすまねぇぞ!」
「続けるよ!」
私は上方へ逃げていった奴を追いかける。重力があるぶん縦方向への機動性はこちらにも分がある。
私は左腕を奴のアフターバーナーに向け手を握る。黄色い低速のビームが奴にめがけて飛んでいく。
かかった! 左手の磁力ホールドショットは確かに相手の機体を掴んでいる。
「何⁈ 機体が重い!」
「……巻取り開始」
私は冷たく言い放つと
ものすごい速度で奴に急接近していく。しかし我ながらよくハッドなしでホールドショットを当てたものだ。
「チキショウ! 上手く動けねぇ」
奴はなんとか振りほどこうと暴れるが磁気の影響か、フレアや機銃をみっともなく撒き散らしている。
愚かな奴、エンゼルウィングを愚弄した罰だ。
「くらえっ!」
勝った、一時はどうなるかと思ったが、ひとつ上を行ったのは私だ!
「……と思ったか?」
「えっ⁈」
途端に上空から緑色の弾丸の雨が降ってきた。奴はそれを綺麗に躱している。
スパパパパパ ダン!
私はその雨に対応できずに被弾した。自慢の黒い機体が蛍光の緑で汚れてしまった。
何が起きた……。
……そうか、私がホールドショットを当てたあと機銃をばらまいていた、おそらく低速で発射し時間差で自分の所に重力で落ちてくるように放ったんだ。フレアもブラフ、慌てていたのも演技だった……。
「決着のようね」
ヒノさんが冷たく言い放った。
「そんなっ……」
私はじわじわと湧き上がってくる感情を抑えようとする。
「勝者は……ジャッ――」
「引き分けです、ヒノ教導長」
キリサキは暗い声で呟いた。
「自分は自滅しました、一発だけコックピットに被弾しています」
私はそれを聞きゆっくりと彼の機体の前方に回り込む。
確かにキャノピーが蛍光塗料で汚れている。その隙間からキリサキの頭を抱えている姿が見える。悔しそうだ。
「そうなのヒイナ?」
「え、ええそうです」
彼女は何やらミツルギ司令と相談しているみたいった。
「わかったわ、この勝負は引き分けよ。まあ帰投しなさい。みんな待ってるから」
彼女はそう言いボイスチャンネルから退出した。
私は失意に打ち砕かれそうになっている。ゆっくりと基地の方向に飛んで行こうとした。
「待ってくれ」
キリサキが私を引き止めた。
「前が見えない、引っ張ってってくれ」
「……」
私は無言で彼の機体の上部を両手で掴む。そしてブースターを吹かした。
「いい勝負だったな、正直危なかったわ」
彼は落ち着いた声でそう語る。下を見ると戦闘ログを確認している彼の姿が見える。
「全部計算づくでしょ、ふてぶてしいよ」
私は思いもしない毒を吐いた。
「いやこの星の重力係数のデータも十分にわかってなかったし、あのタイミングで弾が落ちてきたのは運が良かった」
彼はコックピットのコンピューターでこの星の解説情報のページを睨みつけている。
「でも結局一発当たったのはなぜ?」
「それはあんたの事が心配だったからさ」
「はぁ⁈」
彼は訳の分からない事を言い出した。
「いやほんとほんと。あんたがアフターバーナーに触れて大火傷しないか心配で弱めたんだよ。そうしたらうまく制御できずに最後の一発を正面から貰っちまったってわけ」
なるほど、戦闘中はそんなこと全然考えていなかった。この男はそこまで考えて戦っていたのか、……一枚上手なのか……。
「過去に2件エンゼルウィングが宇宙船のエンジンに焼かれた事例があったのを思い出したんだわ。ハッド取った時点であんたが捨て身だって分かったからこっちが怖気づいたってことだわ」
「意外とデータを大事にするんだね」
「親のせいだ……」
流石は裁判官の子というわけか。しかしその言い方は少し不服そうで引っかかる。
「あんた、部隊のみんなとうまくやれてないんだろ? 飛び方でわかる」
「何⁈」
こいつどういう事だ、こいつに何がわかるというんだ。
「高潔なお嬢様演じたいんだろうけどサ、壁作ってるぞ。……等身大でいいんだよ、君が本当に強いウィングなら誰も本当の君を否定したりはしねぇよ。まあ薄々勘づいてそうだがな」
「はぁ⁈ そういうアドバイスは求めてないんですけど?」
彼は私の反発を気にせずずっと戦闘ログを眺めている。
きっと彼は誰よりもマメで理屈的なのだろう。その振る舞いに騙されていた。
ただ彼も私と同じ、所属部隊への誇りと忠誠心を持っている、そこは違わない。理解はできる……かもしれない。
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