やるべき事

 ブリッジの中に静寂が続く、その空気の中でお互いの心の距離を測っているのだ。

 僕はこの男の不遜な態度が気に入らない。薄皮一枚を貼り付けた笑み、何度も彩度が変化する瞳も、その心の底では人を見下しているのであろう冷めた目つきも、全てが癇に障る。

 長い沈黙に根負けしたのは僕だった。


「僕は別に君の過去を否定したいわけじゃない、それに当然ここの奴らは君の事を知らないだろう。ただ隠し事をするのはよろしくない、これから長い付き合いになるからな」

 僕は相手が付け上がらない程度にフォローする。


「……あなたが調べた通りです、ですがそれ以上の事を話す義理はありません。ミナトさんの事も、私の事も」

 彼は怒りを噛み締めたような声で呟く。その肩は小刻みに触れている。

 怒らせてしまったかな? ただこの男がお高く止まってるのが悪い。

 視界が揺らいできた、昔からシリアスな場面になると何故かこうなる。

 しかしどいつもこいつも……すぐ怒る……すぐ……。


「サツキ、この銀河には多くの人が暮らしています。でも全員が仲良く手を取り合うなんてできません。現にあなたは私の一番気に入っているこの服を馬鹿にしました、私は悲しいです。今日まで人は傷つけ合いお互いを認め合えません、その連鎖を断つにはどうすればいいと思いますか? そう、お互いが一歩ずつ歩み寄ればいいのです。至らない自分たちを許し一歩前に踏み出すのです。そうすればいつかは……、違いますか。だから謝罪してください! 床に頭をこすりつけて額が真っ赤になるくらい謝罪してください!」

「…………誠にごめんなさい」


 僕はいつぞやのムスビとのふざけたやり取りを思い出した。

 同じじゃないか、彼もムスビも。そんな簡単なこともわからない程、僕は落ちぶれたのか……。


「僕はこの部隊に来る前、スペースポートのオペレーターをやっていた。だが勤務中ネット掲示板で人を馬鹿にするのに夢中になっていて事故を起こした、無人艦艇二隻を誘導ミスで正面衝突させ区画一体を火の海にしたんだ。当然バレたらまずいと思い隠蔽工作をしたよ、それでなんだかんだあってこのザマだよ。僕だって恥ずかしい過去はいくらでもある……。だからなんていうか……誠にごめんなさい」

 僕は要らんことまで余計に話した、恥ずかしいがムスビから教わったことだ。実践しなくては他の有象無象と同じままだ。

「僕は少し気が短いんだ、いつも歯止めが効かない。別にいいんだ、君自身の問題だからね、ただ知りたかっただけなんだ」

 僕はまた言い訳を始める、いつも駄目な理由や出来ない理由を探すことを得意としている。そうすれば心は落ち着く。


 彼は額に拳を当てて考えるふりをしている。

「……あなたに秘密を共有して、あなたは力になってくれますか?」

 彼は重々しい口調で口を開いた。

「出来ることはしよう、秘密を知って、それでおしまいなんて、そんな不義理ではない」

 そうだ、僕の憧れる大人はそんなじゃない。


 彼はミナト艦長の過去を話してくれた。自分にとってミナトジュンは兄のような存在であるという。彼は最近息子を失ったこと、それが原因で精神的に参っていること、自分にできることが何もない事。それらを細かく伝えてくれた。

 それは僕が思っていたよりも根が深い問題だった。てっきりサボりがちで僕と同じやる気がなく飛ばされただけの残念な人だと思っていた。


 だが力になれることもある。

「ミライ、君は学生時代どんな人間だった?」

 僕の唐突な質問に彼は怪訝な顔をする。

「普通の青年、でしたけど……」

 まあそんなとこか、別にいい。

「この話はジンにもしたことはない。僕は十三歳で学校に行かなくなった、家に引きこもりゲームをし、ネット文化に浸るのが楽だと気付いたからだ。まぁ本当のところは現実世界に友達が居なかっただけだがな」

「だから引きこもる艦長を心配してるんですね」

 彼は手を波のように握らせながら伺ってくる。

「まあ聞いてくれ、そんな自堕落な僕にも父さんは気にかけてくれた。引きこもる僕を自分の仕事に連れて行ったんだ。父さんはそこそこ名のしれた映画監督でね、現場の俳優やスタッフは僕を可愛がってくれた。まあ今思えば父さんは自分の仕事を継いで欲しかったのかもしれない、でもネットにしか視野が無かった僕にはいい刺激になったよ」

 そうだ、あのどうしようもない日々が今の僕を作っていた。

「つまり? どうゆう――」

「部屋に籠もってると要らない事ばかり考える。そうやって陰気になってる人間に必要なのは、誰かが外に連れ出して強引に視界を広げてあげる事なんじゃないか? 少なくとも今より絶望的な気分になることはない……はずだ。まぁ人間はある程度忙しくしていたほうが幸せを感じやすいって研究結果も出ている……」

 僕は経験の観点から助言したが、それを聞いた彼は目を丸くしている。

「少し意外です――」

「何が」

 彼は腕を抱きながら優しい声色で答えた。

「全てです、人に歴史ありですね。……でもサツキの言う事も間違っていないと思います」

 彼は僕を見てニコッとした、その目は全然冷たくなんて無かった。

「後でミナトさんと三人で映画でも見ますか」

「ぼ、僕もか……。まぁいいだろう」

 僕はしてやったりと思ったがその彼の一言で一気に不安に駆られた。言うだけなら簡単だからな、だがなんとかしよう。

 自分で言うのもなんだが僕は頼られるのが好きだ、その空間や話題の中では自分に居場所ができたような気がするから。ただ問題は僕があまりに頼りがいが無いように見えることだ。


「そういえば、採掘部隊ですよね。何を掘るんです?」

 彼はブリッジ全体を見渡しながら尋ねてきた。その回答は僕の仕事だ。

「それもムスビから説明するよう言われた。僕らは『パワーストーン』という鉱物を採掘して納品している」

「パワーストーン?」

 彼は首を傾げた。

 僕は自分の座っていた席にホログラムビジョンを起動させ周囲の星図を表示させる。

「後で実物を見せよう、とりあえず聞いてくれ。この船の広範囲捜索レーダーには僕らが採掘する鉱石の情報が登録されている。のでこの船は半径1デイトしかないレーダーを駆使しながら三日に一度くらいのペースで次元跳躍をして場所を移動、対象の鉱物を探す、を繰り返している」

「私も一応地形分析レーダーに付いていたので思うのですが……、短くないですか? 1デイトって」

 彼は表示されている星図を指で測りながら笑った。

「おまけに正確に探すには三日間は回し続けなければならない。見つかればここに黄色く表示されるのだが……今のところ全く無い」

「ふっふっふっふ……。失礼」

 彼は口を覆いながら肩を震わせ笑った。やはり他の人も可笑しいと思うのか……。まあいい

「なんとか対象を発見でき、位置を特定できたのならその場所へ跳躍し、すぐさま採掘作業を開始する」

 僕は今度はブリッジの円形の反対側の席に移動してパネルを起動した。

「作業は簡単で、この席からホールドビームを対象に発射し、この船の上部、つまりドームの真上に固定する」

「その鉱物は宇宙空間にあるんですか?」

 その一言で僕は大事なことを思い出す。

「あぁ、前提を忘れていた。対象は宇宙空間を漂流している岩や氷などに埋没している。あまりに巨大な場合はうまい具合に砕いたりする。そうなると長丁場になるな」

「すごい偏見なんですが、採掘作業って汗臭くて汚れてて力仕事ってイメージなんですけど……。あまりそういう感じでは無いのですか? すみません」

 彼は申し訳無さそうに小さな声で僕に問うてきた。  確かにミライのイメージは間違っていない。炭鉱惑星などでは劣悪な労働環境で働いているケースが多い。だが……

「ここではそんな事はない。まず僕たちは外に出ない。見せてあげよう」

 僕は操縦シートの船体固定レバーを上げヘッドセットマイクを手に持ち格納庫のボタンを押した。

「ジン、今から動作テストで採掘メカを降ろす、息を止めたりせず、素直に部屋から出てくれ」

「ええー、やっとシリンダー全部回収し終わったのにー」

 ブリッジにジンの嘆き声が流れる。格納庫のカメラ映像を確認すると箱を抱えながら部屋を出るジンの姿が確認できた。

 僕はその画面を指差しミライが体を乗り出し映像を見る。

「採掘メカ、降ろしまーす」

 格納庫ハッチの開閉ボタンを押し、採掘メカを発進させる。

「凄い、ほんとにシャンデリアが吊るされてる……」

 彼はそっちに驚いた、メカに興味を持ってくれ。


「おっ、早速見せてるの? ボクがやるよー」

 ジンが素早くブリッジに入ってきてシートに座った。

 そうだこれはジンの仕事だった。


 コンコン

 ブリッジのドームのガラスをノックする音が聞こえた。上を見上げると採掘メカが手を振っていた。今はジンが操縦している。

 相変わらずヘンテコな見た目をしている。採掘用メカはカメの甲羅ような形をしていて自動で発掘、採集してくれる。しかし最近はジンがおもちゃ感覚で手動で操作している。意外とジンも採掘作業が出来ているので、ムスビ達も納得してくれている。

「ミライさん、このメカはブルーコーラって名前なんですよ、ボクの相棒です!」

 ……などと言っているが勝手に彼が付けた名前だ。正式な型名はよくわかっていない。

「カッコいいですね! それにジンさんも上手です」

「へへぇー……」

 ジンは喜びながらメカのサーチライトをチカチカ点灯させる。おだてるとすぐに調子に乗る……。

「まあとにかく採掘作業は一切外に出ることなく行う訳だ、分かったかい?」

「二人ともありがとうございます。なんとかやっていけそうです」

 ミライは落ち着いた声で述べた。

 まあなんとかなりそうかな……。そう安堵しながら僕はブルーコーラの曲芸機動を眺めた。

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