不穏

 今日は何の映画を見ようか、マカロンワンタンの逆輸入モノはもうほとんど見てるんだよな……。

 そんな感じで作品のパッケージを漁ってると一つ気になるのを見つけた。

『閉じた空の王子』

 また懐かしいのが出てきた、タイトルに似合わずえげつない映画だったな。

 ……あいつが向こうに行ってもう二週間か、うまくやれてんのか。あいつは不満かもしれないが、俺が信じられるのはあいつだけだ。

 まあ楽しんでいるだろう、少なくともギチギチの現場で頭張るよりは楽だ。


 テッテケテッテケテケテケテケ

 デヴァイスからスペースジャンキーズのメインテーマが聞こえてきた。


「はいよ」

「主任ーっ! 助けてください、もうこっちは大変なんですーっ!」

 耳が痛くなるくらいの女の叫びが聞こえてくる。

「なんだよ、ナカッタ4は君に任せると言った筈だよユウカくん」

 新たな共和国加盟惑星のナカッタ4はこの前ある程度進めたんで部下に任せたところだ。

「さっき惑星大使館の式典があって、私来賓で出てたんですよー。で壇上で祝辞を読み上げてたんです、どうなったと思います?」

 彼女は慌ただしく叫ぶ。その声は本当にうるさくて敵わん。

「何、前みたいに写真写りが悪かったの?」

「違いますよ! というかあれは眩しかっただけです。じゃなくて、石を投げられたんですよ! 思いっきり腕に当たって痛いですーっ!」

「なんだそんな事か、よく稀にあるだろ。俺も昔ある星の現地住民に闇討ちされたよ。んでその石投げた奴は捕らえたのか?」

 そうだ昔ミカド傘下の星でレジスタンスに拉致された事があった。

「そこなんですよおかしいのは、警備が身柄は確保しました。投げたのはまだ二十にもなんない少年です。でもその子に聞き取りもなにもしないで釈放しちゃったんです。おかしくないですかーっ?」

 確かにおかしいな、そうゆう反抗的な動きは治安維持員が厳しく取り締まるだろ。

「警備はどこが担当だったんだ?」

「えっと、現地の警察です」

 あぁ、そうゆうことか……。

「原因はそれだな」

「えっ?」

「その警備もグルなんだよ、地域住民の皆様は本当は共和国なんか歓迎してねんだ。……面倒なことんなったな」

「えぇ⁈ そんなのアリですか? というか面倒ってなんですか⁈」

 彼女は不安そうな声色で聞いてきた。

 色々と手を講じる必要があるな。

「とりあえずまた後で連絡する、当分一人でも出歩くな。それと……死ぬなよ」

「えっ⁈ 死ぬなって、どういう――」

 通信を切った。

 かなり面倒な事になった。ナカッタ4、雲行き怪しいと思ったが早かったな。

 もし今、共和国に対し、反抗運動が起きた場合、駐留している人員では暴動を鎮圧したりテロ行為を阻止したりはできない。任命大使の着任を予定より遅らせるか、そして後は保安局かその他がなんとかするだろう。

 俺は対応要請のメッセージをサイジョウ領治安維持局に送った。

 最近こんな事ばっかだな。四十年前のギキョウ戦争以降、時間をかけて共和国は市民からの信頼を取り戻してきた。だが歴史が記した残酷な真実は決して消えることはない。それにどんなに取り繕ったところで共和国の体質は何も変わってはいない。ナカッタ4も主要産業である砂上船の製造を自動化する工場の建設なんて必要の無いことだ。住民が共和国を拒むのだって頷ける、サイジョウのお上は市民の事なんか考えちゃいないんだ。


テッテケテッテケテケテケテケ


「はいよ」

「どうも」

「おぉ、お前かちょうど心配してたんだ。どうだ第零採掘はもう慣れたか? ちゃんと飯食ってるか? ベッドが硬かったりしてないか? それにもし――」

「ミナトさんの復帰って親父が面倒見たの?」

 少し重く告げられた。その意外な質問にどう答えるべきか……。

「そうだな俺と広報局の上が話し合った。知っての通り第零採掘は特別な技能分野があまりないから、ミナトもすんなり受け入れた。なんだミナトとなんかあったのか?」

「親父さ、ミナトさんが今どうゆう状況か把握はしてる?」

 奴は俺に確認するように問うた。

「あぁ知ってるさ、かなりキツそうだったな。お前には事前に知らせるべきだった、でも俺が言っても信じないと思ってよ」

 俺はデヴァイス端末でミナトジュンの人事データを確認する。『カコボシマサユキの権限以外で閲覧不可』、今も制限をかけている。

「まだ早かったんじゃないか、とても職務を遂行できるとは思えない、正直他のクルーは扱いに困ってるよ」

 深刻そうに告げる声が聞こえる。

 だがそうにも行かない、彼には彼の思いがあるんだ。

「考えとくわ。なんだそれで電話してきたんか?」

「いやそれ以外にも、この任務はいつまでやればいいの? 私達はこの採掘した鉱石の使い道すら知らないんだ、それってどうなんだよ」

 淡々と吐くこいつの声には不安と怒りが入り混じっている。

「あぁそれは俺の更に上の奴が仕切ってるから俺も知らん。お前の署名とミナトの署名を用意してくれれば俺が問い合わせてもいい、結構掛かるけどな」

 こいつは昔から色々と知りたがりだった。だが今知る必要の無いこともある。

「そう……」

「まあ頑張れよ、今度は上手くできそうだろ? お前はな、リーダーってよりも誰かの横でそいつを支えるってのが向いてると思うんだわ。今はわかんねぇかも知んねぇけどさ――」

 そうだこいつは一人で色々こなすが、その優秀な能力は人を引っ張るのではなく、支持するために使われるべきだ。


「あのさ、久しぶりに料理やったんだ。部隊のみんな喜んでくれてさ。『オレ』やっぱ上手いんだな……、失礼『私』」

 嬉しそうに意気揚々と話してくれた。悪くねぇな、そうゆうお前も。

「ハハハハ、そうかそうか。確かに俺も好きだぞ。そうか上手くやれてそうだな――」

「私も思うよ、艦長なんて向いてなかった、人の上に立てる人間じゃない……」

 こいつからそんな言葉が出るとは思わなかった。かなりの若さで巡視船を仕切るようになってから、顔を合わせて食卓を囲うたび自分の優秀さを喧伝するような男だったこいつがだ。

 俺もまだシン……、カコボシミライという人間を全て理解してやれてる訳ではないようだな。

「人の価値ってのは、自分だけで決められねぇからな、要は自分と周りの相対的評価だ。またこれから自分磨いてけ」

 俺はカッコつけたくて考えもせずわかったような事を言っちまった。

「なあ親父、親父にとっての価値あるものって何だ? 私最近よく考えちゃってさ……。なんだと思う――」

 今日はらしくないことばかり言う、何か変なものを食べたのか? 食岩は思考能力を著しく低下させるらしいし。

「なんだその年で迷子か? 最近はそうゆう若者が多いってのは聞くけどよ……お前もかよ! ハハハ」

「悪いかよ、別にそうゆうわ――」

「悪かねぇよ」

 俺は真剣なトーンで返す。

「えっ?」

「俺は今までドラゴンダイヤの時計だの真空仕込のコース料理だの色々お目にかかったけどよ、結局どれも俺には魅力的に映んねぇ。じゃあ何が大切なんだって言ったら今なんだよな」

「何言ってるんです?」

 若干引いてる彼を気にせず俺は語るのをやめない。

「映画見て、ミツルギとかと適当なバカ話して、そんな姿をお前に呆れられ馬鹿にされる。そんな毎日が俺自身の人生の価値なのかもしれねぇ。だからな、俺はこの日常を守るためだったら何でもするんだ。何だってできるんだ。わかるか?」

 俺のカッコいいセリフに涙したか?

「親父…………、流石に寒ぃっすよそれは。フフフフフ! いや失礼失礼」

 こいつ、調子乗りやがってからに。なんだってんだよ。

「そんなんだからカミさんに逃げられちゃうんすよー。ホントに」

 こいつっ、本当に生意気な奴だ。

 コンコンコン

 ドアをノックする音が聞こえた、珍しいなこの部屋に尋ね人とは。

「すまん人が来た、切るぞ。また何かあれば掛けてこい。じゃあな」


「はいよ」

 ドアを開けると身長がそこそこ高い吊り目の端麗な人が立っていた。

「広報放送室ナガスと申します。カコボシマサユキ副局長でよろしいでしょうか?」

 淡々と話す声でこの方が女性であることが分かった。今の言葉で言う、ボーイッシュ?系なのだろう。

「あ、そうです。カコボシです。ってこの前ミライをここに連れてきてくれた人か」

 そうだミライが言っていた。放送室の元空軍エースと仲良くなったと、確かに敬礼が空軍式だ。俺に至ってはもう陸海空宙区別が付かねぇので正直指摘もしたくない。

「それで何か御用でしょうか」

 そういうと彼女はタブレットを私に渡してきた。画面には兵装関係の書類が表示されていた。

「お呼びしたのですが会議にいらっしゃらなかったので、承認のサインを頂きに来ました」

「呼ばれてない……。あっ放送切ってました。それにさっきまで寝ていてデヴァイスの電源も切ってました……。申し訳ない」

 眠るときはいつも邪魔が入らないように放送とデヴァイスを切っている。大体俺に用があるやつなんてほとんど居ない。

「就寝中でも基地内にいるのであれば、放送とデヴァイスは点けるようにお願いします。……このやり取り前もした気がする」

 彼女は小声で呟いた。親子です。

「待っててよ、今ちゃちゃっとサインしますから」

 書類の内容を確認しながら彼女に話しかける。

「どうです? うちのミライは、いい男でしょう。あの若さでパトロール艦の艦長になるくらい仕事は出来ますよ、それに家庭的な面もあって作る飯がうめぇ。ちょっと気難しいとこもありますけど今のうちに手懐けとけばいい思い出来ますよー。あいつは面食いですけどお姉さんほどの美人さんならミライも――」

「すみません、私結婚してるんで」

 そう突っぱね、俺に薬指を見せた。がっつり結婚指輪がはまっていた。

「うっ……」

 その切り返しの速さは早撃ちの達人が故郷を燃やされた怒りに狂った時ぐらい早かった。

 俺は気まずくなりすぐに話題を変えこの書類の事を彼女に聞く。

「最近本部のステルスする回数増えてるよねぇ、今週だけで三回でしょ? 跳躍波長数が流出してるって噂もあるけど本当なのかね……」

「私にはわかりかねますが、たしかに異様ではあります。こんな事今まで無かったのに……。そう言えばカコボシミライ四刻は基地内にはいらっしゃらないのですか? 最近見かけないので」

 彼女はそんなこと興味ないといった感じだ。ただミライのことは気になるようだ。

「ミライのことはトップシークレットだ……。冗談、あいつは今俺の下で外交官の警護をやってる。今もその任務中だ、筋肉痛でヒイヒイ言ってるよ」

「そうなんですね……、この前最後にあったときラーメンご馳走になったんですよ。そのお礼を言いたかったのですが……」

 彼女は残念そうに首の後ろび手を置く。なんだ意外と仲良くひいこらしてるんじゃねぇか、マセやがって。

「伝えとくよ。はいよ全部終わった」

 俺はタブレットを彼女に返し、ポケットから自分のデヴァイスを出す。

「デヴァイス出して、駄賃をやる」

 彼女は怪訝な顔をした。

「えっ、いいんですか?」

 そう言いながらお互いのデヴァイスをリンクさせた。

「下のコーヒーショップで一杯飲んできな」


 あれ俺、あいつとおんなじことしてねぇか? やっぱ親子だな。

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