冬の新潟で、あなたは温かい（新潟弁バージョン）

第1話

登場人物

四宮由利（しのみや　ゆり）

岬　真司（みさき　しんじ）

由利：（Ｍ）１２月２９日、

由利：（Ｍ）駅のアナウンスが流れる雑踏の中私は新幹線を降りた。

由利：（Ｍ）ここは、私の実家のある、故郷の新潟駅

由利：（Ｍ）年の瀬も押し迫った、この時期だけに、大きな荷物を持った家族連れや、親族を迎える人の姿で、駅全体がごった返している。

由利：（Ｍ）東京から上越新幹線で約二時間。

由利：（Ｍ）こんなに近い場所なのに、帰ってくるのは５年ぶりかぁ・・

真司：由利がけぇって来るんらかね？

由利の母：うんだ、あの子がけぇってくるのは、５年ぶりなんらて、あの子の顔見たらさ声かけてやってくれね

真司：へえ、なんだか、懐かっしなぁ

真司：四宮由利（しのみや　ゆり）は、俺の幼馴染。

真司：新潟の進学校から、東京の大学に進学して、そのまま東京で就職をした。

真司：大学時代に２度ほど、こっちに帰ってきたが、それから５年間帰ってくる事はなかった。

由利：（Ｍ）駅を出ると、目の前には雪景色の街が広がる

由利：（Ｍ）雪の降らない東京の寒さと比べると、私にはこの寒さの方がなんだか心地いい

由利：（Ｍ）そんな事も忘れていたなぁ

由利：（Ｍ）駅からバスで実家に帰る。

由利：（Ｍ）バス停から少し歩くと私の実家がある。

由利：（Ｍ）見慣れたはずの実家。

由利：（Ｍ）それすらも何だか懐かしく感じる。

由利：（Ｍ）たったの５年なのに・・・

由利：ただいまぁ

由利の母：あぁ、おけぇり

由利：（Ｍ）家族は５年間の空白なんて、何もなかったかのように、私を出迎えてくれた

由利：（Ｍ）私の部屋も、５年前のまま。

由利：（Ｍ）いや、５年前というよりは、高校時代のままだった。

由利：（Ｍ）勉強机も、日に焼けた畳も、湿った障子戸の匂いも

由利：（Ｍ）全てがあの頃のまま・・・

由利：（Ｍ）それが少しホッとする。

真司：（Ｍ）俺と由利の出会いは幼稚園にまでさかのぼる

真司：（Ｍ）俺の両親も、由利の両親も、同じクリスチャンという事で

真司：（Ｍ）教会に併設する幼稚園で、俺は由利と出会った。

真司：（Ｍ）家が近所という事もあって、俺と由利はいつも一緒だった

由利：（Ｍ）その日の夕食、お母さんは、いつもののっぺ汁と鮭の漬け焼きを作ってくれた。

由利：（Ｍ）東京では食べられない、私の大好きな料理。

由利：（Ｍ）お母さんの手作りの料理を食べながら、

由利：（Ｍ）私は両親から、東京の生活について、質問攻めにあった。

由利：（Ｍ）流石に５年も帰らないと、そうなるよねぇ・・・

由利：（Ｍ）そして、話の中で・・・

由利の母：由利、

由利の母：そういえば、今日教会の事務で真司君に会ったんて

由利の母：真司君、おめさんの事、懐かっしー言うてたよ

由利：お母さん、私の事、真司に話したの？

由利：もう・・なんでよぉ

由利の母：なんでって・・いいねっかね

由利の母：でも、明日の日曜日は、礼拝に行くんらろ？

由利の母：どうせ、そこで会うんらねかね

由利：そ、そりゃ、そうかもだけど・・・

由利：（Ｍ）岬真司（みさき　しんじ）は、私の幼稚園からの幼馴染

由利：（Ｍ）中学校まで二人は一緒の学校で、高校も同じ学校に行くと思っていた。

由利：（Ｍ）でも、真司はバスケットボールのスポーツ推薦で、別の高校に行ってしまった。

由利：（Ｍ）といっても、私も真司も同じクリスチャンなので、日曜日の礼拝で一緒になる。

由利：（Ｍ）だから、学校が違っても、仲のいい友達の関係はずっと続いていた

由利：でも、今は真司に会いたくないなぁ・・・

由利：（Ｍ）私は布団の中で、見慣れた天井を眺めながら、そう思っていた。

由利：（Ｍ）そして、明日の礼拝を少し憂鬱に思いながら、疲れの中で眠りに落ちて行った

真司：（Ｍ）次の日の日曜日、俺はいつもの様に、教会の朝の拝礼に出かけた。

真司：（Ｍ）由利は母親と来ていたようだ。

真司：（Ｍ）由利にとっては、この教会も、礼拝も、懐かしく感じているのだろうか・・

真司：（Ｍ）礼拝が終わった後、俺は由利に声をかけた。

真司：由利

由利：あぁ・・真司

真司：ひっさしぶりらな、元気にしったかね？

由利：ま・・まぁね、真司は？

真司：俺は元気さ、元気が一番の取り柄らっけね

由利：そういう所、変わらないね

真司：そうらか？　おめさんは何か変わったんらかね？

由利：え？

真司：いや、だっけさ・・

由利の母：由利、先にけぇってるわね、

由利の母：真司君、由利が折角けぇってきたんらっけ、どっか連れて行ってくれね

真司：はい、いいですて

由利：もう、お母さん！　余計な事言わないでよ、私にだって予定があるんだから！

真司：由利、おめさん、予定あるんらかね？

由利：え・・別に・・ない・・けど・・

真司：高校時代の友達と会う約束とか、ねんらか？

由利：今回は連絡してない・・し

真司：そっか

真司：したらば、今から長岡に行かねか？

由利：えー、長岡？　ガチで言ってる？

真司：今日、バスケの試合やってんらよ。

真司：一緒に見に行かねか？

由利：べ、別にいいけど・・

真司：（Ｍ）そして俺達は、電車に乗って長岡に出かける事になった

由利：電車の中で真司が何か話していたけど、私は違う事を考えていて、正直、あまり聞いてはいなかった。

由利：暫くして、降車駅で電車が止まった。

由利：私は何となく、扉が開くのを待っていた。

真司：由利、由利！

由利：え？

真司：何ボーっとしてんらかね

真司：ボタン押さねば、ドアは開かねろ

由利：え・・あ・・そうか・・

由利：（Ｍ）私は慌ててドアのボタンを押した。

由利：（Ｍ）ここに居た頃は、当たり前だったこんな事も、忘れているなんて・・

真司：（Ｍ）新潟のローカル線は、列車が駅に停車しても自動でドアが開くわけではない。

真司：（Ｍ）寒い地方は、車内の温度を保つために、乗り降りする人がボタンを押してドアを開けるようになっている。

真司：（Ｍ）観光客が戸惑う姿は、これまでも、よく見てきたが、地元民の由利が、忘れてるなんてなぁ

真司：（Ｍ）長岡では、地元のプロバスケットボールチームの試合が行われていた。

真司：（Ｍ）やっぱりバスケの試合は興奮する。

真司：（Ｍ）由利を誘えてよかった

由利：（Ｍ）試合を見る真司の顔は、まるで子供みたいだった

由利：（Ｍ）中学時代に見ていた真司の顔がふと頭に浮かんで来た

由利：（Ｍ）真司は変わらないなぁ

由利：（Ｍ）試合の後、私達はアオーレ長岡に行った。

由利：（Ｍ）アオーレでは年末のイベントも行われていて、買い物客で賑わっていた

由利：（Ｍ）華やかな店の飾りつけ、楽しそうなイベント、賑やかな人並み。

由利：（Ｍ）普段なら、気持ちが浮きたちそうな、こんな所でも、私は他の事を考えていた

由利：（Ｍ）そんな時

真司：なーしたて？　くうれぇ顔してさ

由利：え？

由利：私、そんな顔してた？

真司：あぁ、しったよ、何かあったんらかね

由利：ううん、別に何にもないよ

真司：そういんか・・

由利：うん

由利：私から目線を外し、人ごみを見ながら真司が言う

真司：ここ

真司：おめさんには、もう懐かっし光景なんらろな

由利：そうね、懐かしいと思っちゃう

真司：由利は東京に行って、変わってしもたんらろかね

由利：変わってしもたって、何よ

由利：別に東京っていうより、大人になれば、変わるでしょ、普通

真司：まぁ、そうらな

由利：そうよ、何言ってるの

真司：でもさ、おめさんには、昔から変わってね癖があるんて。知ってっかね？

由利：私の癖？

真司：うんだ

由利：何それ？

真司：そういのがあるんらって

由利：だから、何よ、その癖って

真司：でも、教えてしもうとなぁ・・

由利：いいじゃない、教えてよ

真司：教えて欲しんらかね？

由利：うん、教えて

真司：そういの・・

真司：おめさんさ

真司：嘘をつく時さ、瞬きの回数が増えるんらて

由利：え？

真司：東京で、何かあったんらろ？

由利：・・・

真司：話したくねんなら、話さねでいいて

真司：人のプライベートなんて、わざわざ聞く趣味ねんらっけさ

由利：うん・・

真司：まぁ、何があったんかは知らねけどさ、こっちにいる間、ながまっていけね

由利：うん・・

真司：・・・

真司：そうだ、明日は大晦日らな、万代（ばんだい）シティ行かねか？

真司：何かやってっかもしんねしさ

由利：うーん・・

真司：特に約束ないんらろ？

由利：それは、そうだけど・・

真司：じゃぁ、決まりらな

由利：別にいいけど・・

由利：（Ｍ）真司の言葉で私は少し落ち着けた気がする。

由利：（Ｍ）帰りの電車の中での、真司との会話は、久しぶりに楽しいと思う事が出来た。

真司：（Ｍ）由利は東京で何かあったようだ、

真司：（Ｍ）５年も帰って来なかった地元に、帰ってくるには、やっぱり、それなりの理由があるんだろう。

真司：（Ｍ）心配だけど、由利が黙っているなら、聞かない方がいいのだろうなぁ

真司：（Ｍ）次の日、俺たちは万代シティにいた

真司：（Ｍ）大晦日の万代シティは、歩いてるだけで面白い。

真司：（Ｍ）由利も、この雰囲気の中で、元気になってくれればいいのだけど・・・

由利：（Ｍ）私達は午前中、年末の食べ物や、東京へのお土産をいろいろ買い歩いた。

由利：（Ｍ）そして、昼過ぎになってビルボードプレイスで、昼食をとる事になった。

真司：ふう、ようやっと座れるって感じらな

真司：由利、疲ぁれたかね？

由利：そうね、ちっと疲れたかな。

真司：東京の生活で身体が訛ったんらねかね？

由利：そんげ事ねわね

真司：で、目当てのものは買えたんらかね？

由利：うん、一通りね

由利：結局、私の買い物ばっかになってしもたね。

由利：ごめんね

真司：いいさね、そんげこと

真司：ところで、由利はいつまで、こっちに居られんらかね？

由利：うちの会社は、仕事始めが４日からなんて

由利：だっけ、３日の１２時の新幹線で帰ろかと思ってる

真司：そういんか

由利：真司はいつから仕事なん？

真司：俺のところは、来年は７日かららな

由利：いいなぁ

由利：４日は金曜日だから、ホントは有給取りたいんらけどさ

由利：年始は毎年恒例の行事があってさ

真司：てーへんらな

由利：・・・うん・・・

真司：なぁしんたんだね？

由利：ううん・・・

真司：何かあったんらかね？

由利：うん・・・会社でね・・・

由利：私って必要なのかなぁって、思ってしもたんよ

真司：どういう事らね

由利：私ね、９月にコロナに感染してしもんたんよ

真司：・・そういんらったか・・・

由利：うん、そいでね、会社を１０日休んだんて

真司：まぁ、コロナじゃ会社に行けねっけな

由利：・・・・うん

真司：それがなーしたんだかね？

由利：１０日休んで、

由利：会社に申し訳ない気持ちで出社したらさ

由利：何も変わってない、いつもの会社らったんよ

真司：それって、いい会社って事なんらねかね？

真司：それの何が・・・

由利：いい会社だと思うわね・・・

由利：でもさ・・・

真司：でも？

由利：私の抱えてた仕事も、もう終わってたんて

由利：みんながフォローしてくれてさ・・・

真司：それらって・・・

由利：分かってるんて

由利：会社のみんなには感謝してるわね

由利：でもさ、

由利：私の仕事らっけさ、私にしか分からね事があると思ってたんらよ

由利：でも、私が休んでいる間、電話とかメールで、仕事の事、誰も私に聞いてこねくてさ

真司：・・・・

由利：私さ、会社に入って２年間、一生懸命働いたつもりらったんよ

由利：３年目になって、小せかったんらけど、誰かの手伝いらねくて、

由利：私がメインの仕事を任せて貰ったんて

由利：ほんに嬉っしかったんよ

由利：そいでさ、幾つかそういう仕事をこなして

由利：今度は、ちっと大っきめの仕事がもらえたんて

由利：でも、その仕事の途中でコロナに・・・

真司：そういんらったんか

由利：出社したらさ、私の仕事は綺麗に片付いててさ

由利：私には別の仕事が用意されてたんて

真司：・・・・

由利：そいで思ったんて

由利：この仕事も、また私がコロナで休んだら、誰かが片づけてしもうんらろな・・・って

由利：私って会社に必要あるんらろかなぁ

由利：二年半、あんげに必死でやって来たてがんに

真司：なにね、そんげ事か

由利：そんげ事って何らね

由利：真司には私の気持ちなんて

真司：あぁ、分かんねわね

真司：由利、

真司：おめさん、そんげ２年や３年で、何かデッケ事が出来ると思ってたんらかね

由利：別に、そういう訳ら・・・

真司：仕事を任せてもれーるだけ、由利の方が俺よりいいねっかね

真司：俺なんて、まだ手伝いくれーしか、させてもれーねんらぞ

真司：言ってみればさ、単なる労働力でしかねんらて

由利：それは・・

真司：会社の上司に言われたんて。

真司：どんだけ出来る奴でも、３０超えて、ようやく使える人間程度、

真司：４０くらいになんねと、本当の意味で必要な人間には、なれねんだってさ。

由利：・・・・

真司：若いうちは単なる労働力

真司：その労働力のうちに、どんだけ実力が付けられっかが勝負なんらってさ

真司：まぁ、それは俺の会社の話なんらけどさ

真司：どの会社でも、あんまし変わらねんらねかね

由利：そういんだけんどさ・・・

真司：俺だって、上手く結果が出せねがったり、思った事をさせてもれーねくて、

真司：イライラしたり、鬱になりそうらったりするわね

由利：え？　真司が？

真司：あぁ、

真司：それこそ、今の俺の仕事なんて、誰がやってもてーして変わんねよ

真司：それでもさ、俺だから良がったって言われるように頑張ってるんて

由利：そういの・・・

真司：由利の気持ちは分かっけどさ、ちっと考えすぎなんらねかね？

真司：話聞いてっと、会社の人はいい人そうらし

真司：俺からしてみっとさ、由利が羨ましいくらいらよ

由利：ありぃがとね、そう言ってもろて、ちっと楽になったわね

真司：そういんか、いがったな

由利：昨日、大人になったら変わるって言うたけどさ

由利：真司は変わんねね

真司：そういんか？

由利：昔のまんま

由利：人の気持ちは分かんねけどねｗ

真司：人の気持ちなんて、分かるわけねわね

真司：だっけさ、でーじにしようって思うんらねかね

由利：え？

真司：あー、あれだわんね

真司：俺が変わらねのは、この街が変わんねかららろ

真司：東京みってにコロコロ、コロコロ

真司：新っしもんに、変わって行かねっけさ

真司：変わらねように見えるだけらよ

由利：ふふ、そうかもしんねね

由利：（Ｍ）私は真司の言葉で気持ちが楽になった

由利：（Ｍ）そして、真司は、私が新潟にいる間、私をいろいろな所に連れ出してくれた。

由利：（Ｍ）１月３日

由利：（Ｍ）上越新幹線の上りのホーム

由利：（Ｍ）東京に帰る私を真司が見送りに来てくれた

由利：わざわざ、見送りに来てくれて、ありぃがとね。

真司：そんげ事いいわね

由利：真司のおかげで、気持ちの整理がついたわね

由利：ありーがとね

真司：それはいがったな

真司：東京でも元気でやれね

真司：また、こっちにけぇって来いて

由利：うん

由利：久っさしぶりにけぇって来て、私はやっぱしこの街が好きらって

由利：思い出せた気がするんらて。

真司：そういんか

真司：俺は由利の事、好きらったよ、ずっと

由利：え？

由利：なにね、突然

由利：ずっととか言って、高校の頃、何も言わねがったくせに。

真司：俺はさ、子供の頃からこの街が好きで

真司：この街で生きていきたいと思ってたんて。

真司：だっけ東京に憧れ一杯の由利を、止められねがった

真司：まだ高校生の俺達じゃ、おめさんを引き留めたって責任取れねがったしな

由利：ずーりぃて

由利：今から東京に戻る私に、そんげ事言うんらなんて

由利：東京にけぇりてぐなくなってしもうねっかね・・・

真司：はは、わぁりね

真司：でも、そんげ事は気にすんなね

真司：いつでも新潟にけぇって来いて

由利：やっぱり、私、東京に戻らね

真司：由利・・・

由利：戻りたぐね・・・

真司：いや、戻らねと不味いろ

由利：真司がわぁりんらよ

真司：わぁりかったって

由利：だって・・・

真司：種入れを抱え泣きながら出て行く者は束を抱え喜び叫びながら帰って来る。

※詩篇　126篇　6節

※聖書　新改訳2017　2017新日本聖書刊行会

由利：真司・・・

真司：おめさんの好きな聖句（せいく）らろ

由利：・・・・うん

真司：新潟なんてちっけぇもんらろ

真司：いつでも、けぇって来れるわね

由利：うん・・・わがった

真司：なんなら、俺がおめさんを迎えに行ってやるわね

由利：なんなんてそれｗ

由利：そんげ事は、もっと格好いぐ言ってくれねとｗ

真司：ははは、そうらな

由利：あ！　そういえば

真司：ん？

由利：真司、私が嘘をつくときの癖、ずっと隠してたんらろ

由利：なーして、今まで教えてくれねかったんよ

真司：あぁ、あれか

真司：あれは、嘘らよ

由利：え？

真司：おめさんが何か隠してそうらったから、カマかけただけらよ

由利：えー、ひんでわね

由利：もう、信じてしもたねかね！

真司：わぁり、わぁり、ははは

由利：もう、ふふふ

由利：（Ｍ）こうして私は東京に戻った

由利：（Ｍ）東京に戻って、私は今まで以上に頑張る事が出来た。

由利：（Ｍ）そして、３年後

由利：（Ｍ）驚いた事に、本当に真司が私を迎えに来てくれました。

由利：（Ｍ）結婚を機に、私は新潟に帰り、

由利：（Ｍ）今では、仕事と子育てに追われる、忙しくも幸せな暮らしを送っています。

由利：（Ｍ）あの時の事は、今でも、照れくさい、いい思い出として、私の中に残っています。

完