#13 潜入、極東重工情報基地 -2


「テメェらのその装備……法務部とVoid、そっちの黒いのは護衛の傭兵か? ここは俺たち極東重工の情報基地シマだぞ。他所モンが何の用だ、えぇ!?」


 警戒するヒューズたちの視線を跳ね除けるように荒々しく足を踏み鳴らした青黒い鎧姿の男が、腰から下げたショットガンのホルスターに手を伸ばす。


「待て、焦るなよファル。奴等、単なる企業スパイじゃなさそうだぞ。もしかしたら俺たちの調査対象なのかもしれない」

「ぁあ? ……確かにそうだけどよ。所属企業がバラバラなのも違和感しかねぇし、よりにもよっての端末を見てやがったんだぞ?」


 血気盛んな青黒い鎧の男に対し、赤線入り装甲服の男はまだ冷静に状況を見定めているようにヒューズは感じた。

 だが、返答次第では即座に通報。もしくは戦闘が始まってもおかしくない状況であることは間違いない。


(警備ドローンは侵入を検知される前に全て片付けて来たはずですが……)


 ヒューズは2人の男に気取られぬよう刀の柄にそっと手を這わせる。

 なぜ侵入がバレたのか、それは今疑問を抱く時ではない。ヒューズの脳裏では、コンソールルームの唯一の出入り口を塞がれたこの状況をどう打破するか。その一点のみに思考を割いていた。

 男2人の装備を見る限り、青黒い重装備の男は“黒備え”、赤線入り装甲服の男は“B.A.B.E.L.バベル”である。どちらも極東重工とキサラギ化成が誇る精鋭部隊であり、戦闘になれば無傷での撃破は困難だろうと思われた。


「おいおいおふたりさん、なーにをブツブツ言ってんだよ? 俺たちはちょーいと調べモノがあってお邪魔しただけさ。……それより、なんで先日ドンパチやらかしたばっかのキサラギと極東の私兵さんが仲良くお散歩してんだ?」


 そんなヒューズの心境をよそに、横にいたブラストが口火を開く。

 相手の隙を作り出すためか、それとも単純に興味が湧いたのか、いつもの調子で吹っ掛けたのだった。


 だが、返ってきたのは背筋が凍るほど冷え切った声音。


「……テメェ、その話どこで嗅ぎ付けた。はまだ表沙汰になってねぇはずだ」


 気炎さえ立ち昇る青黒い重装備の男――ファルの剣幕に、ブラストはハッと思い出した。

 連日のニュースでキサラギ化成の列車襲撃事件が一切取り上げられていないことを。

 情報屋のガウアも言っていたはずだった。「まだどこの情報屋も入手していない最新情報だぞ」と。


(すまねぇ旦那。ミスっちまったぜっ)

(うわ、この人絶対悪いと思ってないよ……)


 何をしてくれたんだとヒューズから剣呑な視線を向けられたが、ブラストは『うっかりしてたわ』と言わんばかりにいつもの調子で肩を竦めた。


 そんなブラストの姿が火に油を注ぐことになったのだろう。あるいは炎に爆薬でも放り込んだ、と表現した方が適切だっただろうか。

 怒りも露わに凄まじい形相でファルが吠え立てた。


「答えろ! テメェら均整局の回しモンか!? 俺たちに誤情報流して引っ掻き回しといて、次はI.P.E.と京極と組んで何企んでやがる! 目的は!? 下層街区に何の恨みがある!」

「はァ……? わけわかんねーことをギャーギャー吠えんなよワンコロ。無断でアンタの小屋にお邪魔したのは詫びるが、先に俺の質問に答えてくんねーかな?」

「ンだとコラァ……!」


 一触即発の空気であるにも関わらず、ブラストはファルを煽り続ける。

 ファルは低く唸るように呟きながら、腰に装着したショットガンのグリップに手をかけた。

 対するブラストもその動きを見逃さず、いつでも双銃を抜けるように構えを取った。


「待て、待ってくれファル」

「あァ!? どう見てもだろセイナ! あいつらボコボコにして」

「ちょっと静かにしてくれ! そこのキミも、彼を煽るのはそれくらいで勘弁してくれないか!」


 セイナと呼ばれた赤線装備レッドラインの男が咄嗟にファルの言葉を遮る。


「俺たちは先の事件で誤情報に翻弄された。君たちもご存じの通りのキサラギ化成の列車急襲事件だ。俺たちがここにきたのはその真相を把握するためだ」


 一息に言い切ると、セイナはファルが抜きかけていたショットガンを強引にホルスターに押し込んだ。


「それじゃあ、僕たちと鉢合わせしたのは完全に偶然……ってこと?」

「そうだ。彼……ファルから、ここの端末なら極東重工のセントラルサーバーにアクセスできると聞いた。“黒備え”の彼の権限なら、ある程度は探りを入れても怪しまれないだろうからな」


 セイナの言葉に、ヒューズ、ブラスト、ハムドの3人が顔を見合わせる。

 あまりにも、彼ら2人と自分たちの行動が似過ぎていたからだ。

 互いに視線だけを飛ばしながら、3人はどう言葉を返すべきか推し量る。


「大筋はセイナが言った通りだぜ。次はテメェらが答える番だ!」


 軽口で言い返そうとしたブラストは、ファルにビシッと指を差され思わず仰け反り押し黙る。

 それを見たヒューズはため息を一つ吐き出すとブラストとハムドを庇うように一歩、セイナとファルの方へと距離を詰めた。

 腰の刀からは手を放し、戦闘の意思がないことを強調する


「情報収集の為とはいえこの様な侵入をした非礼をお詫びしましょう。ここにいる理由は我々もほぼ似たようなものです。ここ一連の事件に極東重工の影が見え隠れしているので、その真相を探りにきたのですよ」


 そのセリフはセイナとファルにとっても予想外だったのだろう。

 しかし、ヒューズたちが彼らの疑っている“均整局の回し者”であるとするならば、わざわざこんな工業街区の末端の端末まで極東重工を調べに来るはずもない。

 そう結論付けたセイナとファルは、若干の申し訳なさを感じさせる声音でヒューズたちに言葉を返した。


「では、君たちは均整局とは関わりがない……と?」


 ヒューズはゆっくりとした首肯をもって返す。


「ええ、むしろその均整局がここ最近の事件や騒動を扇動していたのであれば、我々その被害者とも言えます」


「お互い武器を納め、情報交換といきませんか?」そう提案したヒューズに、セイナとファルも警戒しつつ頷いたのだった。




「申し遅れました。私はバード商会Bランク傭兵、ヒューズと言います。こちらの2人は、イヅナ精密電子法務部のブラストと京極ハイテックスVoidチームのハムド」

「俺はキサラギ化成B.A.B.E.L.のセイナ。穏便な対応に感謝する」

「ファルだ。極東重工黒備え所属。ブラストとか言ったか、さっきは怒鳴って悪かったな」

「気にすんなよ。煽ったのはコッチだ」

「ブラストの口が滑った時はどうしようかと思ったよ。僕はハムド、一先ずよろしく」


 マスクを外し自己紹介を済ませた5人はそれぞれコンソールルーム内で楽な姿勢で向かい合う。


「では、ひとまずお互いの状況を整理していきましょうか」


「私が話の主導権を握っても構いませんね?」と周囲を見回したヒューズは4人が無言で頷くのを確認すると、先ほど自分たちが行ったハッキングによりここ最近の騒動の裏に均整局の暗躍が見え隠れしていることをファルとセイナにも伝えた。

 2人は驚きつつも想定はしていたといった様子で、ヒューズに続きを促す。


 I.P.E.本社への傭兵部隊と旧型ドローンによる襲撃。

 バード商会でのヒューズ個人を狙ったVoidによる暗殺未遂。

 そして極東重工がキサラギ化成の輸送列車を襲った事件。


 3つの事件に均整局がはっきりと絡んでいること。

 そのどれもが均整局からの情報提供によって極東重工から部隊が出撃、もしくは各企業へと出撃依頼が出されていること。


 ブラスト、ヒューズ、ハムドの3人が【鎧の男】という共通の人物を追っていることや【鎧の男】は3人の過去に関わりがあり、そのどれもが過去10年の内に起きた大きな事故や事件で姿を見せていることは伏せ、ヒューズは語った。


「まるで……意図的に企業同士の戦闘を勃発させている……?」


 そこまで話したところで、腕組みしていたセイナが険しい顔で眉根を寄せた。

 自然と口から漏れ出たセイナの言葉に、そこにいる全員が弾かれたように顔を上げる。


「けどよぉ、そんなことして國とか均整局にメリットなんかあんのか? 利益を生むわけでもないし、っつーかそもそも均整局なんてただの警察組織ポリ公だろ?」

「それは……」


 ファルの懸念に全員が答えに窮したその時、何かを察知したハムドがホルスターから拳銃を引き抜いた。


「待って。これは……マズい。囲まれてる……ッ!」


 ハムドの叫びに4人は慌てて周囲を警戒するが既に遅く。

 ガラス張りのコンソールルームの周囲を、黒く揺らめく幾つもの殺意が取り囲んでいた。


「マジかよ!? ファルとか言う、極東重工のアンタが連れて来たんじゃねぇのか?」

「俺じゃねぇ! つーか、囲まれるまで誰1人気付けなかったってのか!?」


 仮にも各企業私兵の精鋭を自負する彼らをして、誰1人としてこの包囲網の構築に気付けなかったことにヒューズたちは警戒を強める。

 この窮地をどう切り抜けようか考えを巡らせていると、コンソールルームの扉が開き、1人の男がゆっくりと入ってきた。


 コンソールの微かな光にまず照らされたのは、顔の右側面に付けられた白い鬼の面。

 古来ヒノモトの甲冑のような鎧を身に纏った右半身と、紅と黒で構成された忍装束。

 左肩から背中に掛けられた、男の身の丈よりも長い大太刀。

 腰まで届くほど長くたなびく金属質の赤い長髪。

 5人が普段目にするどの企業とも明らかに違うその装備に、彼らは思わず息を呑む。


「アンタ、どこの誰だ」

「貴公らが國賊か」


 ブラストの問いには一切答えず、重くのしかかるような短く、だが明確な敵意の込められた男の声。

“國賊”という物言いに覚えのあるヒューズが、唇を震わせ驚愕の声を上げた。


「“特務機関スサノヲ”……! 何故彼らがここに……いえ、それよりも今、我々を國賊と……!?」



 國という組織は、“天帝”と呼ばれる最高権力者とその補佐官、そして実質的な運営を担う3つの機関によって成り立っている。

 天帝守護を第一とし、リージョン中枢を始めとする國の施設の警護及び国家の威容を誇る『護帝機関アマテラス』。

 國民の全情報と警察組織や立法組織を統括し、安定した治安維持と教育を担う『天理機関ツクヨミ』。

 そして、社会の裏に跋扈する企業間の紛争や暗躍、地下組織に蠢くテロリスト等、それらを國賊粛清の名のもとに葬る『特務機関スサノヲ』。

 これらは、國に住まう誰もが幼いころに天理機関ツクヨミの教育施設で習う一般常識として浸透していた。


 そして、國が有する実質的な暗殺者集団であるスサノヲはその構成員全員が鬼や狐を模した面を付け、古来ヒノモトの伝承にあるニンジャを模した装束を身に纏っている。と企業の私兵の間ではまことしやかに噂されていた。

 噂されていた。というのは、彼らは國直轄機関でありながら歴史の表舞台に現れることなどなく、敵として眼前に現れることはすなわち、その者への死を意味しているからだった。


 そのスサノヲが今、明確な殺意を以てヒューズたちにその姿を見せている。


「問う。貴公らが國賊か」

「違う、と言っても聞き入れてくれるわけではありませんね……?」

「然り。この問答は確認であり、貴公らの罪科の是非を問うものに非ず」


 跳ねる心臓の音を抑え込むように絞りだしたヒューズの言葉は、隊長らしきその男によって一刀のもとに切り捨てられた。


「あまりにもタイミングが良すぎる! まさか、あの刑事さんが裏で手を引いて……!?」

「あり得ねぇ。あり得ねぇと信じてぇが、あのオッサン、戻ったらタダじゃおかねぇ!」

「お喋りは後だ! 来やがるぞ!」


 突然の事態に混乱し口々に声を荒げる5人だったが、身体だけは染み付いた動作を半ば反射的に遂行する。

 それぞれがコンソールルームの窓ガラスから距離を取って互いの背中を守る位置に移動し、身構えた。




「……誅滅、執行」


 隊長らしきその男の唇から紡がれた背筋を震わすような冷たく、だが烈火の如き熱を孕んだその声がコンソールルームに響くのと同時に、周囲を取り囲むガラスが一斉に破られ鬼や狐の面で顔を隠したスサノヲ隊員が飛び込んでくる。

 飛び散るガラス片と共に放たれた無数の弾丸がヒューズ達を襲う。


 ヒューズたち各企業の私兵部隊が着込むアーマーや装甲服は高性能の防弾加工が施されているとはいえ、その衝撃の全てを相殺することはできない。

 奥歯を噛み締め悲鳴と鈍痛を飲み込むと、5人はそれぞれの武器を引き抜いた。

 相対するのは5人のスサノヲ隊員。その動きは付け入る隙もないほど迅速かつ一糸乱れぬ統制の取れたものであり、一人ひとりが各企業の私兵部隊の精鋭に匹敵するという噂に違わぬ精強ぶりだった。


 狙い澄ました急所への銃撃を武器で受け止め、弾き、それぞれの死角を補うように守りを固めるヒューズたち。

 だが、今回は潜入任務であったこともあり、ヒューズたちは最低限の武装しか携行していなかったことが仇となった。


 片や数でも武装でも圧倒的に勝る”國”の暗殺者集団である。コンソールルーム内でヒューズたちと斬り結んでいるのは5人だけだが、一瞬でも隙を見せればどこからともなく狙撃されることから部屋の外で待ち受けているのは今の数倍の数であろうことは想像に難くなかった。


「特務機関スサノヲ、これ程とは……ッ!」


 逆手に持った小太刀で斬りかかってきた敵の一撃を黒刀で受け流したヒューズは呻き声を漏らす。

 鍔迫り合いになった狐面のスサノヲ隊員を強引に押し込もうとすると、あっけないほどにスッと引き距離を離される。


 かと思えば室外からの猛烈な発砲音とマズルファイア。飛び退くようなサイドステップで辛くも回避すれば、一瞬前まで立っていた場所で無数の銃弾が舞い踊った。


「旦那! 流石にこれはヤベェ。どう考えてもジリ貧だぜこの状況。どうする、あの極東重工とキサラギ化成の2人を囮にでもするか?」


 回避した先で背中合わせになったブラストが早口で捲し立てる。彼もまた鬼面のスサノヲ隊員の斬撃を躱して転がり込んできたようだった。


「ダメです。彼らがいれば極東とキサラギに協力者ができる。我々の求める真相の究明には必要な人材ですよ。奴を追う手がかりをみすみす手放すわけにはいきません」


 ブラストと立ち位置を入れ替え、闇に紛れて飛来したクナイを黒刀で叩き落とす。飛んできた先を見やれば、鬼の面を付けたスサノヲ隊員はまたもや距離を取って銃を構えた。


「イヤらしい戦い方ですね。我々を疲労させ物量で擦り潰すつもりですか」

「入り口に陣取ってる隊長みたいな野郎を潰すか? それで引いてくれるとも思えねぇけどよ」

「どの道、活路はそこしかありません。やるしかないでしょうっ!」

「ちょ、おい旦那!?」


 ブラストの静止を振り切り、ヒューズは鬼面のスサノヲ隊員が引いた先で腕組みする隊長らしき男の前へと大きく踏み込んだ。


 数メートルの距離を一足で詰め、低い前傾姿勢のまま両手に握った二振りの黒刀それぞれに踏み込みの速度を乗せ逆袈裟に振り抜く。

 完全に相手の虚を突いた攻撃。以前戦ったハムドの反応速度さえ凌駕するであろうその一撃はしかし、敵の肉を断つ事は無く、分厚い鉄柱に叩き付けたかのような甲高い音を響かせた。


「……この一撃を防ぎますか」


 男の手には、いつの間に抜き放たれたのか背中に納められていたはずの大太刀が握られていた。

 その大太刀が地面に突き立てられ、ヒューズの黒刀を受け止めている。


「國賊如きに後れを取る弱卒など、特務機関スサノヲにはおらぬと知るがいい」

「身に覚えのない國賊扱い、弁明の機会くらい設けては貰えませんか?」

戯言たわごとを」


 受け止めた黒刀を弾き一閃。太刀筋で以ってヒューズの言葉を否定し、男は返す刀で大上段から大太刀を振り下ろす。

 ヒューズは弾かれたことにより崩した体勢から即座に持ち直し、双刀を頭上で交差させその痛烈な斬撃を受け止めた。

 軋みを上げる腕を裂帛の気合と共に振り払い、その勢いを利用して男との距離を取る。

 黒刀を握る手に僅かな痺れを感じたヒューズは違和感を振り払うように強く柄を握りなおす。

 一合打ちあわせただけでこれでは、真正面から挑むのは無謀もいいところだろう……などと考え始めた自分に舌打ちを一つ吐き捨て、”黒死鳥ヒューズ”は獰猛な顔付きを隠そうともせず万丈の気炎を吐いた。


「國賊のそしりがなんだと言うのです。既に二度死んだこの身に、最早恐れるべきものなどありはしない!」


 ダンッ、と爆ぜるような音を響かせたヒューズの足元。再び距離を詰めるヒューズの首を狙って振り下ろされる大太刀を受け流そうと双刀を頭上に翳した。

 角度を付けたことによって黒刀の上を大太刀の刃が滑っていく。自重と振り下ろした勢いは止まらず、落ちた先でコンクリートの床に深い亀裂を作り出した。

 辛くも大太刀を受け流したヒューズは意趣返しに男の首を狙って黒刀を翻す。皮一枚のところで男は回避し、風切音がヒュンと虚しく鳴き声を上げる。

 男が仰け反り姿勢を崩した好機を逃さず大太刀を踏み付け左右から胴を両断せんと更に双刀を振るうが、真っ直ぐに伸び上がった男の片脚がヒューズの腕をカチ上げた。


「なるほど。その右腕、アーマーの類ではなくサイバネ化されているのですね。腱の1つでも斬れたかと思いましたが……太刀筋が甘かったか」

「…………」

「ダンマリですか」


 バク転で距離を取った男の手には、何事もなかったように大太刀が握られている。常人、否、生身では考えられないその膂力に、ヒューズの眉間に皺が刻まれた。

 コンクリートさえ切断するヒューズの黒刀は確かに男の右腕を捉えていたがしかし、その燃え上がるような真紅の装甲に傷一つ付けることは出来ていなかった。


 男は無言で大太刀の柄を握りなおすと腰を落として左脇に構える。間合いを測らせないカウンター狙いのその構えに、ヒューズは舌を鳴らして眉間の皺を深くした。

 男の構えには挑発や不遜さはおろか殺意さえ欠片ほども感じられない。ただ大太刀の届く領域に一歩踏み込んだら、斬る。そんな気迫だけが放たれているのをヒューズは感じていた。


 男との距離をジリジリと詰めながら、ヒューズは周囲で戦っている他の4人に視線を飛ばして様子を見やる。

 ブラストとハムドは、コンソールルームの中を小刻みに走り回りながら常に複数人を相手に牽制と挑発を繰り返しているようだった。

 チラチラとこちらを気にするブラストに小さく首を振って応えてみれば、「早くソイツをなんとかしろ」とジェスチャーを送られる。どうやら、ヒューズへと射線を通さないよう上手く立ち回ってくれているようだった。

「無茶です」と首の動きだけで返してやったら苛立ちまじりに中指を立てられ、この状況下でも冗談を飛ばすそのブレなさに思わず口端を釣り上げた。




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