#12 潜入、極東重工情報基地 -1


“國”の各地区に建造された6基のリージョナルタワー。その中層の大多数の階層に広がる工業街区の中でも特に多くの面積を保有する企業が、國内の軍事産業を一手に引き受ける極東重工である。

 それはまさに“都市”と表現しても過言ではないだろう。かつての国家ヒノモトの都市形態である“県”一つが丸ごと納まるほどの面積に、工業プラントが所狭しとひしめくその区画はまるで、オートメーション化され無人となったことも相まって人を寄せ付けぬディストピアのようだった。


 極東重工が本社を構える“ザフト地区”リージョナルタワー。その工業街区の層のひとつ、外縁部に位置する旧世代の情報基地を高台から見下ろす人影から、仄かな燐光がこぼれ落ちる。

 それは影が吐き出す吐息のように一瞬だけその姿を山吹色に照らしてから、夜の闇に溶けて消えていった。

 影――、Voidチーム制式戦闘服【アサルトハーネス・影蜂】を身に纏ったハムドはフェンスに囲まれた工業プラントの屋上から下の様子を窺っていた。


『――こちらハムド。刑事さんが示した情報基地のほぼ直上まで来たよ。そっちはどう?』

『ヒューズです、感度良好。我々も間もなく所定の位置に到着します。合図をしたら降下して下さい』

『了解。それにしても古いプラント群だね。こんなところに極東重工のメインサーバーに繋がる端末なんて本当にあるの……?』

『あのオッサンは胡散臭えが、情報は確かだ。そこは信頼してくれていいぜ……っと、到着だ。んじゃ、頼んだぜ』

『分かった。――ハムド、ミッションスタート』


 ブラストからの通信に短く返すと、ハムドは背を預けていたフェンスをひらりと飛び越え情報基地の敷地内へと落下していく。

 ハムドがまず狙いを定めたのは、基地の外周を警備している1機の自立歩行型ドローン。ぐんぐんと迫るそのドローンめがけて、ハムドは腕部に装備していた高周波振動ブレードを展開する。

 着地と同時に翻ったその刃は、ドローンの頸部を何の抵抗も許さず刈り取った。

 続けざま、ブレードの格納と同時に胸のホルスターから拳銃をクイックドロウ。放たれた弾丸が正確にコントロールインターフェースを撃ち抜く。少し離れた位置で警備をしていたもう1機のドローンが物音に反応する前に崩れ落ちた。


『これで2機。周囲に敵影無し。いいよ、2人とも出てきて』


 サイレンサーから立ち昇る硝煙を払いながらハムドが敷地の外に向けて手招きをすると、基地を囲む塀の陰からブラストとヒューズが現れる。

 2人ともイヅナの制式鎧や傭兵用の強化装甲こそ装備しているものの、潜入のためか武装は両者共に双刀のみという最小限の出で立ちだった。


「サンキュー。んじゃ俺は警備システムを黙らせてくるぜ」

「ええ、お願いします」


 ヒラヒラと手を振りながら、ハムドによって安全を確保された情報基地の正面入り口へとブラストが歩いていく。

 その場に残されたヒューズは、斬り落とされたドローンの切断面を確認して人差し指でツイとなぞった。


「見事な手際ですねー。あの高さからの自由落下で物音ひとつ立てずドローンの首をストン。射撃も正確で惚れ惚れしましたよ」

「君に言われると嫌味に聞こえるよ。前に戦った時も言ったけど、ホント何者なの?」

「そういえば、バーではお話していませんでしたね。私の以前のコードネームは『黒死鳥コクシチョウ』。10年前に壊滅したイヅナ精密電子の精鋭部隊『カラス』の隊長で、おそらく唯一の生き残りです」



「ヒューズの旦那、ハムド。警備システムのハッキングが終わったぜ。これでしばらくは監視カメラやセンサー類は黙らせられたはずだ……ってどうしたんだよ旦那、変な顔して」


 情報基地の入り口に設置された端末から警備システムをハッキングし無力化させたブラストが戻ってくると、形容し難い複雑な表情をしたヒューズが出迎えた。


「いえ……私が“カラス”の生き残りだと伝えたんですが、ハムドが“カラス”を知らなくてですね。そのことに若干の侘しさを覚えただけですよ」

「そりゃ俺だって過去のデータベースをくまなく探してようやく断片的なデータを見つけたんだぜ? 当時は緘口令も敷かれてたらしいし、イヅナじゃない企業の一私兵じゃ知らねぇのも無理はねぇよ」


 ブラストの返事にヒューズは「そうですか……」と返して何やら考え込むように顎に手をやる。そうしてしばらく押し黙っていたが、考えがまとまったのか小さく頷いて入り口を指し示した。


「以前ブラストにも話した内容ですしね。道すがらハムド、貴方にもお話ししましょう。私と【鎧の男】との因縁をね」


 落ち着いた、だが暗い笑みを浮かべたヒューズに、ハムドは神妙な面持ちで頷いた。



 携帯端末に表示させた基地内のマップを確認しながら、3人は暗い通路を歩いていく。

 基地内に人の気配はない。作業用ではなく点検用に設けられた狭い一本道を、ハムドを先頭にして警戒しながら進んでいった。

 斥候役を変わろうかとブラストが提案したが、話を聞きながらでも問題ないとハムドは一蹴した。


 時折通路に響くくぐもった銃声と規則的な足音をBGMにしながら、ヒューズは語る。

 それは以前ブラストにも語った内容と同じだが、ハムド向けに『カラス』とはどういった部隊なのか等を加えたものだった。


 ヒューズが語り終えるのと同時に、閉ざされた扉の前で警備するドローンを機能停止させたハムドがマガジンを交換する。

 痕跡を残さぬよう空になったマガジン、空薬莢もポーチに回収したハムドは、扉の前にヒューズとブラストを呼び寄せた。


「ヒューズさんの話は分かった。10年前……ね。僕は知らなかったけど、ウチのセンパイたちの中には『カラス』と戦った人はいるんだと思う。その人たちが誰も話題に出さないってことは、それだけ不吉で謎の多い事件だったってことか……」

「まぁ、そうでしょうねー。かつてのイヅナには最強の名を冠する部隊がいた。と会社に戻った時に吹聴して下さっても構いませんよ?」


 おどけてみせたヒューズに、ハムドは「遠慮しておくよ」と肩をすくめた。


「さて、この扉を抜ければ残りは後半分ってとこですか」

「だな。電子ロックも“イヅナのスパコン”様謹製のハッキングツールにかかればなんてことはねぇ」

「結局のところ、“イヅナのスーパーコンピューター”って何なの? 凄腕のハッカーだとか、高性能AIだとか、色んな噂が独り歩きしてるけどさ」

「正直に言えば、俺も知らねぇんだよ。このツールも、“イヅナのスーパーコンピューター”が作成したってやつをコッソリ拝借してきただけだしな」


 2本の指で挟めるほどの大きさのチップを見せながら放ったブラストの言葉に、ハムドとヒューズがギョッとして振り返った。


「貴方、ハッキングツールは任せておけと言っていたのはそういうことだったんですか!?」

「僕もてっきり申請するとか直接頼むとかするかと思ってたけど、企業的に大丈夫なのそれ!?」

「ちょっ? えっ? なんで今俺が責められてる感じになってるわけ? いやホラ、大丈夫だって! ちゃんと後で元の場所に戻しておくからさ!」


 突如として2人から捲し立てられ、泡を食ったブラストは手で弄んでいたチップを危うく落としそうになる。

 手の上で飛び跳ねるチップをなんとかキャッチすると、今度こそしっかりと懐にしまいこんだ。


「始末書に『私的な事情で極東重工に忍び込むのに使用したため』なんて書かないでくださいね……?」

「わーってるって! バレないように戻すのは得意だから任せとけよ。ハムドもそんな目で俺を見るんじゃねぇよ……」

「いや、別にいいんだけどね。イヅナの“蒼き突風”と呼ばれた男がこんな不りょ……破天荒だなんて想像してなかっただけだからね」


 やや疲れたようにハムドがため息を吐き、ヒューズもそれに同意するように頷いた。



 扉を通過した3人は、目的の端末を目指して基地の更に奥へと足を踏み入れていく。

 点検用の通路は通り抜けた扉までで途切れ、ごちゃごちゃとした配線が剥き出しのダクトのようなスペースが奥まで続いていた。



「型落ちのドローンに簡単な電子ロック……本当に薄い警備だね。刑事さんの狙いは完璧って感じかな」

「ああ見えて、オッサンも中々やるもんだろ」


 人間が立ち入ったのは何年前になるのかさえ分からない埃の積もった配管に足を掛けたハムドがポツリと呟く。

 ドローンは警備はしても掃除はしませんからね。とヒューズが皮肉れば、ブラストが遠くに見えるドローンが清掃用じゃないかと揶揄う《からかう》。


「ええ、ですがいつ侵入に気付かれるか分かりません。目的の端末までもう少しですし、急ぎましょう」


 視線の先でチラついたドローンの放つ赤外線センサーの僅かな光源に即座に反応し、銃弾を撃ち込んだヒューズが先を促した。



 本来、こんな末端の情報基地には大した情報など残されてはいない。

 しかし、3人は基地内のが幾重ものファイアウォールを突破した先に極東重工のセントラルサーバーへのアクセスが可能なこと、更にこの日が施設の定期メンテナンスの日に当たるため普段よりもより一層警備が薄くなることをガウアからの情報で聞いていたのだった。


「流石はヒューズのダンナ。貸した銃を試射もしてねぇのによくあんな距離当てられるわ」

「整備はしっかりされてましたからね。昔はよく世話になった銃ですし、クセは忘れたりなどしませんよ」

「だろ! 俺の相棒の、カームの銃だからな。持ってきて良かったわ」

「それは……聞かなかったことにします」



 雑談をしながらも警戒は怠らず、というよりも警戒の片手間に雑談ができてしまうほどの薄い警備を抜け、ヒューズたちは大きな吹き抜けのある空間へと辿り着いた。

 3人が到着したのは、周囲50メートル四方ほどの何もない空間。大広間のようなその空間の中央には、ガラス張りのコンソールルームと思わしき部屋がひとつあるだけだった。

 情報基地の中央に位置するこの場所は、普段は警備用や作業用ドローンの集積地なのだろう。四方に伸びる通路へドローンのものと思われる足跡が幾つも続いていることから、3人はそう結論付けた。


 自分たちがやってきた道以外の通路に気を配りつつ、3人は部屋の中央に鎮座するコンソールルームへと侵入する。

 省電力モードなのか室内は薄暗く、その中でまばらに明滅するコンソール群が静かに稼働していた。

 極東重工が保有する広大な工業街区の中に無数に存在する情報基地のひとつに過ぎず、施設全体がオートメーション化されあまり作業員が立ち入ることもないのか、ぼんやりと明かりを放つそれらは目に見えるほどの埃が積み上げられていた。


 ハムドはキョロキョロと辺りを見回すと、数あるコンソールの中でも一際大きなものに歩み寄り、事前に記憶していたシリアルナンバーを確認する。


「あった、これだよ。これが極東重工のセントラルサーバー直通の端末」


 待機状態を解除して、ハムドはホログラムキーボードを操作しながらセントラルサーバーへのルートを探っていく。


「いけそうですか?」

「ルートの直前まではなんとか見つけられそう。でも、ファイヤウォールを突破するにはブラストが持って来てるチップ頼みかな」

「あいよ。ここにセットすればいいんだな?」

「お願い。使い方はよっぽど特殊じゃなければ僕でも分かるはず」


 ハムドはコンソールにセットされたチップからハッキングツールを読み込み、画面の隅に表示させながら使用方法を確認する。

「……よし、これなら大丈夫そうだ」と小さく頷くと、後ろに控えるヒューズとブラストの方に振り返った。


「このツールは時間制限があるみたい。サーバー側に常駐するセキュリティに気付かれずにハッキングしていられるのは……侵入してから数分間だけ」

「調べる情報を絞る必要がある。そういうことですね?」


 ハムドは頷くとコンソールに向き直り、ホログラムキーボードを忙しなく操作し始めた。


「最優先で、直近の極東重工私兵団の出撃履歴と出撃理由、次いで他企業への折衝、送金記録だハムド。できる限りのデータを読み込んで共通点を探ろうぜ……!」

「分かった。さぁて、“イヅナのスーパーコンピューター”様のお手並み拝見といこうかな!」


 実行を示すキーをハムドが叩いた瞬間、画面全体がブラックアウトしたかと思うと、画面の中心で何かのキャラクターと思しき2Dドットで構成された塊がクルクルと回転しダンスのようなものを踊っていた。

 画面の端にはご丁寧に小さく『now loading…』と描かれている。

 水色のドレス、長い金髪、ティアラのような髪飾り。全てが荒いドットで描かれているため細部までは分からないが、的確な配色からそれが古いとある有名な童話に登場するキャラクターだと判別できた。

 場違いなほどに可愛らしい画面に、3人は思わず揃って虚を突かれる。


 誰かがその名を呟こうとした時、再び画面がブラックアウト。一瞬の後に画面が再点灯した。

 そこには、ドット絵が表示される前の画面とは明らかに異なる、数えきれないほどのデータフォルダが表示されていた。


「ハッキング成功です! ハムド、急いで検索を!」


 画面に表示された残り時間がジリジリと減っていく。かじりつくように画面を凝視しながら、ハムドは目的のフォルダを検索して絞り込みをかけていく。


「あった! 出撃履歴!」


 潜入任務であることを忘れたかのような歓喜の声だったが、誰もそれを咎めることなくハムドの声に釣られて画面に目をやった。


「旧型ドローンの派遣……I.P.E.第58プラント。理由はえっと、違法電子機器製造の疑い? 均整局からの通達……バード商会の傭兵まで手配する話なの……?」

「黒備え19番隊、44番隊の出撃。キサラギ化成高速輸送車両……理由は、生物兵器散布の阻止……均整局からのリークあり……?」

「両方とも均整局が……? オッサン、そんな話一言も言ってなかったぞ?」


 ポツリとつぶやいたブラストには目もくれず、時間が惜しいとばかりにハムドは次々とフォルダを開いては閉じていく。

 表示された制限時間は既に半分を切っていた。


「こっちは折衝履歴だけど……うぅ、普通の商談とか取引まで入ってる。いちいち確認してたらキリがないよ」

「一か八かです。キーワードを“均整局”で検索して絞り込んでください」


 焦りながらもヒューズの言葉に頷いたハムドはホログラムキーボードを叩く手を一瞬止め、藁をも縋る思いでキーワード検索に“均整局”と打ち込んだ。

 画面から消えていく幾つものデータ群……。

 そして数秒の後、画面に残ったのは両手で数えきれるほどのデータフォルダのみとなった。

 素早くデータの更新日時に目をやり、ハムドは直近のデータを展開する。


「これは僕たちへの依頼。極東重工からだったってこと……!? 内容は、暗殺任務……バード商会B級傭兵。均整局からの通達、依頼理由は……こ、國家反逆の疑い!?」


 正確には“國”は国家では無く、イヅナ精密電子やキサラギ等と同じ企業の一つである。だが、リージョナルタワーを建造し管理する実質的な統治者として“國”は確固たる地位を築き上げていた。

 その“國”が定めた法の下、國家への反逆はれっきとしたテロリストであり重犯罪人である。ハムドはその記述に一瞬ビクリと肩を震わせ、自身の真横で画面を見つめるヒューズを不安げに見やる。


 視線に気付いたヒューズはしっかりとハムドを見据えると、穏やかな表情で目を瞑り首を横に振った。

 その表情と仕草から、ハムドは理由など無く直感的にこの人はテロリストなどでは無い。そう感じ取ったのだった。

 ヒューズに向けて小さく頷くと、ハムドは再び画面に目を向ける。


「『均整局から通達』、『均整局から通達』。『均整局から通達』……。どれもこれも、”均整局からの通達“ばかりだ。均整局が極東重工に擦り寄ったなんて話は聞いた覚えがない。ここ数ヶ月以内に起こった企業同士の小さな武力衝突や暗殺事件、その全てが均整局から送られた何らかの通達内容が発端になってる」

「おいおい……あのオッサンなんも言ってなかったぞ? ……まぁあの人マドギワゾクらしいから、知らされてないだけかもしれないけどよ」

「しかし、極東重工と均整局、そしてこの短期間でのやり取りの数……どうもキナ臭い――――」


 考え込むように顎に手を当てていたヒューズが言葉を続けようとしたその時、コンソールルーム内の照明が一斉に点灯した。


「あぁ!? ンだテメェら!」


 部屋中に響いた大音声に、ヒューズたちは弾かれたように振り向く。


 そこには、青黒い鎧を身に纏った偉丈夫と急所を守る強化装甲に施された赤い線が一際目を引く美丈夫、2人の男が立っていた。




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