#11 -幕間- 潜入作戦立案


「……というのが事件のあらましだ」


 極東重工によるキサラギ化成の輸送列車襲撃事件のあらましを語ったガウアは、喉の渇きを潤すために手元のグラスの中身を一息に飲み干しアルコール混じりの息を吐き出した。

 テーブルに置かれたグラスに残った氷がカランと音を立てる。


「ふむ。百人隊長級の出撃、ですか。ただの支援物資を積んだ輸送列車の襲撃にしては大事おおごとですねー」

「だけどそいつらキサラギに撃退されてんだろ? ケンカ吹っ掛けるにしちゃお粗末もいいところじゃねぇか」

「それを俺に言われてもな。俺が調べられたのは今言った通り極東重工がキサラギの輸送列車を襲ったことと、キサラギがそれを撃退したことだけだ」


 ガウアは知ったことじゃないと肩を竦めると、カウンターの奥でグラスを磨くマスターに向けて軽く手を上げる。

 マスターが小さく頷くのを確認して視線を戻すと、妙に興味深げに自身を見るハムドと目が合った。


「……どうした?」

「その義頭ヘッドウチ京極ハイテックスの製品じゃないね。アルコールも経口摂取できるなんて珍しい……」

「おいおい、情報屋を詮索するのは御法度だぞ? 聞きたきゃ金を払いな。國家機密から昨日の晩飯まで金さえ払えば何でも喋ってやるが、タダでやれる情報はねぇよ」

「あっ、ご、ごめんなさい」


 触りたそうに視線を揺らめかせるハムドに向けて親指と人差し指を丸めるコストを示す円を作り、残りの指を催促するようにガウアは動かす。

 表情の窺えない無機質な義頭であるはずのガウアから剣呑な気配を悟ったハムドは慌てて両手を左右に振って、乗り出しかけていた体を椅子の背もたれに押し付けた。


「そう脅してやるなよオッサン。っつーか窓際とはいえ刑事のアンタが御法度とか言うとシャレになんねぇから」

「窓際じゃねぇよ。ちょっとばかり外の景色がよく見えるだけだっての」


 職権濫用か?とたしなめるように指さすブラストに、ガウアは心外とばかりに首を振る。

 ちょうどやってきた2杯目のウィスキーを受け取ると、皮肉げに鼻を鳴らしてグラスを傾けた。


「騒がしくも心地良い。少し、昔を思い出します……っと、話が逸れましたねー」

「だな。なんにせよ、極東重工の過激な動きが不審であることは疑いようもねぇ。なぁハムド、アンタなら極東重工の施設に潜入して監視設備を無力化したりできねぇか?」

「隠密任務だね。任せて! 仲間に加えてもらった以上、僕の隠密能力をちゃんと見せておかないとね!」

「二つ返事は心強いですが……先ほど、スパイは専門外とか言ってませんでしたか?」

「うぐ……」


 ヒューズが可笑しそうに目を細め、肩をそびやかすハムドを揶揄からかう。

 目を泳がせ口をモゴモゴとさせるハムドに、ヒューズは冗談ですよ。と笑みを浮かべた。



「それじゃあ、まずは僕が監視用ドローンを無力化させればいいんだね」

「おう、そうしたら俺とヒューズの旦那が忍び込むから、アンタはそのまま先行してってくれればいい」

「なぁ……お前ら、本気で極東重工の腹を探る気か?」


 ガウアが怪訝そうな声音で尋ねる。とんとん拍子に進んでいく潜入任務に、彼の情報屋としての勘も警鐘を鳴らすべきか決めあぐねているようだった。


「別にオッサンに迷惑はかけやしねぇよ。それとも、危ないから止めとけとでも言うつもりか?」

「どうせ言ったところで止まるタマじゃねぇだろ……けど、行くなら末端の情報基地にしとくといいぜ。中央に比べて警備は薄い」


 絞り出したガウアの助言にヒューズ、ブラスト、ハムドの3人は頷く。


「それじゃあ、潜入する施設の選定は刑事さんがやってくれるってこと?」

「チッ、やっぱそうなんのかよ……。やってやるけど、お前らヘマして騒ぎにすんじゃねぇぞ? 万が一バレたら俺のクビが飛んじまう」

「頼むぜオッサン。ハッキング用のツールは俺が準備しとく」

「あ……ねぇ! それってもしかして例の“イヅナのスーパーコンピューター“謹製ってやつ?使い終わったら解せ……じゃなくて、そう記念! 記念に貰ってもいいかな?」

「マジかよ。おいブラスト、そのツールも含めてそろそろ“イヅナのスーパーコンピューター”の正体の情報売らねぇか? 言い値で買うぞ」


 んなことしたら会社から俺が抹消されるわ。とブラストは大袈裟に肩を震わせた。

 冗談か本気か分からないその仕草に笑いが起こる中、ヒューズだけが口元を隠し目を細めていた。


「ハッキングツールの件はブラスト、貴方に任せます。それ以外は潜入任務ですし、装備は最小限にしましょう。私の装備の修理は間に合いそうですか?」

「銃はいいが、飛行ユニットはかんばしくねぇ。イヅナのラボで秘密裏に修理してはいるけどよ……。いっそのこと完全に改修しちまった方がいいかもしれねぇな」

「そうですか。……考えておきますよ。なら、暫くは地に足付けて地道に情報収集といきましょうか」

「潜入する施設の選定、日程の調整は俺の役目だな。情報屋として、ヘタな情報は渡さねぇから安心しろ」


 代わりに情報量は弾んでくれよ、と手首のICチップを見せるガウアにブラストは渋々自分のICチップを近づける。

 代金が支払われたことを確認したガウアは一つ頷くと、グラスに残ったウィスキーを飲み干し立ち上がった。


「毎度のことだがオッサン、アンタいい商売してやがるな。ロクな死に方しねぇぞ?」

「うるせぇ。窓際刑事のささやかな小遣い稼ぎだ。んじゃ、俺は行くぜ。情報が揃ったらまた連絡する」


 バーの外、下層街区の雑踏へと消えていくガウアを一瞥したブラストは「相変わらず食えねぇオッサンだわ」と呟いてテーブルに向き直った。




 ヒューズ、ブラストたちと潜入任務の打ち合わせを終えたハムドは、下層街区の乱雑なネオンに顔を顰めながら独り帰路に着いていた。

 肌が透けて見えるような扇状的な衣装を身に纏った街娼の流し目に無視を決め込み、黙々と歩みを進める。

 何度目かの路地を曲がったところで、胸ポケットに入れていた携帯端末のバイブレーションが鳴った。


『もしもし。うん、どうかした? ……あぁ、色々あったけどちゃんと信用してもらえたみたいだよ。え? そ、そりゃバッチリだったさ! 僕の変装は完璧だからね! 正体を現したら2人とも驚いてたよ!』


 通信相手は副官であるサクラから。

 つい先日命のやり取りをしたばかりの者たちと単身接触を試みたハムドを心配して連絡してきたのだった。

 そんなサクラに心配をかけまいと、ハムドはやや上ずった声で今日のバーでの出来事を捲し立てる。

 だが、サクラが普段の勝気な調子ではなく落ち着いた、姉然とした声色なのに気付くと、ハムドはバツが悪そうに指で頬をかいた。


『……うん。そうだね。ザボさんには色々無理言っちゃってるけど……え? ザボさんがそんなことを? ……あはは、お見通しって感じだね。あの人にはかなわないなぁ』


 サクラからの言葉が予想外だったのか、ハムドは少しの間立ち止まって笑い声を上げる。

 ひとしきり笑った後、ハムドは視界を覆うネオンの隙間から覗く上層部のプレートを見据えて、静かにサクラへと言葉を伝えた。


『あぁ、向き合うつもりだよ。あの事件と。僕が、迷いなく前を向いて走れるようにね』


 通信を切って再び上層を見上げた彼の双眸は、覚悟を湛えていた。






 窓の外に広がる雲海が月明かりを反射しさざなみのように姿を変える。

 小さなテーブルライトのみが灯る、静かな執務室。

 椅子に身体を預け本をめくる男の側に鎮座した古めかしい通信機が、リィンと鳴る。

 片手で開いた本を器用に保持したまま通信機を手に取ると、男は凝り固まった顔の筋肉を緩め唇を湿らせた。


「――私だ」


 通信の内容は上層部直々の指令。男はただ一方的に告げられるその言葉を一言一句聞き漏らさぬよう耳を澄ませた。


『極東重工内部に反逆者あり。第371情報エリアにて密会との情報。探し出し、抹殺せよ』


 返事を待つこともなく、通信は切れる。

 通信を終えた男は読みかけのページに静かに栞を挟み、閉じた本を傍らの机に置き、姿勢を整え深く息を吐いた。

 立ち上がった男は迷いの無い手つきで紅と黒を基調とした武装を身に纏っていった。

 最後に、部屋の壁にかけてある大太刀を恭しく手に取り肩に掛けた。


「出陣かい?」

「勅令なれば」

「助太刀は必要?」

「不要。國賊ごとき、我等9番隊のみで十分だ。“國”に仇なす者には――」

「「――誅滅あるのみ」」


 机の上に置かれた鬼面を手に取り、男は極東重工へと跳んだ。


「仕事熱心だね、“真紅の鬼“は」


 静けさの戻った部屋で独り、鬼は笑んだ。







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