#9 -セイナ&ファル- 赤き正義と猛る青 1


 ひとりの少年が、下層街区のメインストリートを走っていた。

 傍らには、大粒の涙を目尻に溜めた幼い少女。目鼻立ちもよく似た少年の妹だった。

 固く握りしめた妹の手を引きながら、少年は妹に言い聞かせるように叫ぶ。


「お兄ちゃんが正義の味方になって、お前を守ってやるからな!」


 それは、11年前の災厄。

 “しょうねん”が“出来損ないのヒーロー”になった瞬間。

 セイナという男の原風景。


(あぁ、またこの夢か......)


 燃え盛る下層街区を上空から眺めながら、セイナは呆然と佇んでいた。

 怒号と悲鳴、そして銃声の飛び交うメインストリートのそこかしこで濛々と黒煙が上がっている。


法闘争ほうとうそう】――後にそう呼ばれることとなる、國の立法機関である“法定局ほうていきょく”と司法機関である“ 均整局きんせいきょく”との対立が引き起こした災厄。

 法定局が下層街区の『整理』に繋がる法案を発案。それに均整局が強く反発したことに端を発し、両局の保有する治安維持部隊と警察機関を巻き込んで大規模な武力衝突にまで発展した事件である。



 災禍から逃れようとメインストリートを走る幼い兄妹の前方で、突如として戦闘の火蓋が切って落とされる。

 激しい銃撃戦を繰り広げる両局の部隊は、あろうことか本来庇護すべき民間人を盾にしはじめた。

 文字通り肉の盾となって引き裂かれていく人々の姿に、幼いセイナは思わず口元を押さえる。

 悪心を振り払うように顔を背けたセイナの視界の先に見えたのは、細く伸びた裏路地への通路。

 妹の手を引き藁にもすがる思いで通路に駆け込んだ2人は、物陰に身を隠し息を潜めた。


「大丈夫だ。お兄ちゃんが、ヒーローが絶対に守ってやるから」

「おにいちゃん……!」


 妹が何事かを伝えようとしたその時、突如として地面から噴き出した炎が一瞬にして周囲に広がり幼いセイナは妹の手を放してしまう。

 慌てて手を伸ばすが妹の姿は燃え盛る炎の先。喉が潰れんばかりに何度も名前を呼ぶが、それすらも炎に呑まれていった。

 炎は更に勢いを増し、幼いセイナの退路を塞ぐようにぐるりと取り囲んでいた。

 だが、そんなことなど構いもせず幼いセイナはひたすら妹の姿を探し続けた。


 いつまでそうしていただろうか。幼いセイナがふと後ろを振り向けば、逆巻く炎がまるで生物のように蠢いて漆黒の鎧を身に纏った人間の姿を形作る。

 11年前の事件の最中に見たその姿を、セイナはハッキリと覚えていた。



 セイナの意識はそこで途切れる。ハッと目を覚ませば、そこは連絡橋を走る高速列車の車中だった。

 暗闇の中、見上げた先にある小窓の外で幾つもの星が流星のように流れていく。


「また例の夢か? うなされていたぞ、セイナ」


 傍らで武器を磨く相棒のコウガにそう問われ、セイナは不機嫌そうに肩をすくめた。


「シャハルリージョンへの到着まではもう少し時間がある。もう少し寝ていたらどうだ?」


 そう提案するコウガに、お言葉に甘えて。と返そうとしたその時、遠くから風の音に混じって複数の排気音が響いてくるのをセイナは聞き逃さなかった。

 仮眠をとっていた貨物室のドアを開け闇夜に目を凝らせば、車両の後方から凄まじい速度で接近してくる複数のライト。

 知らず握りしめていた拳の緊張を緩めると、セイナはわざと大袈裟に鼻を鳴らしてみせた。


「そうもいかなさそうだぞ、相棒」



 夜の帳が降りた連絡橋を、複数の大型バイクが疾駆する。

 彼らの名は『黒備え』。極東重工が誇る戦闘部隊『鉄鬼衆』の最精鋭のみで構成された最強最速と名高き部隊である。

 小隊を率いるのは、身体中に幾つもの火器を身につけ重武装した男。その名はファル。突出した戦闘能力と彼のパーソナルカラーから“青の武器庫アズールアーモリー”の異名を持つ偉丈夫だった。


 バイクに跨ったファルは、ライトの先の暗闇に目を凝らしながら今回の任務内容を思い返していた。

 國内最大の製薬会社であるキサラギ化成が、秘密裏に非人道的な生物兵器を輸送しようとしている。生物兵器は実験と称して輸送先のリージョン下層街区で使用される、と。

 情報を得た極東重工は、それを阻止すべく部隊を率いて輸送列車の撃破に乗り出す。その任務の斥候となったのが、ファル小隊であった。


『やっぱ走るのはいいねェ。まるで世界に俺1人みてェだぜ』

『ファル隊長。我々も付いてきてますよ』

『せっかく人が気持ちよくぶっ飛んでんのに水差すなよ。先頭は変わってやらねぇからな』

『俺たちゃ隊長のケツがダイスキですからね。見飽きたら鉛玉ぶち込んで穴増やすんでよろしくお願いしますわ』


 編隊を組んだ10台の大型バイクの集団は無線通信越しに軽口を叩き合う。

 真夜中の連絡橋を走る機会など黒備えとてそう何度もある訳ではない。夜風を切って走る心地よさを感じながら、彼らは前方を走っているであろう輸送列車を目指していた。



『……おっ。隊長じゃないですか? キサラギ化成の輸送列車』

『へぇ、少なくとも情報がまるっきり外れってわけじゃァなさそうだ。よっしゃ、親父殿に無線繋げ! 次いでマーカー照射、マップ上に輸送列車の位置を落とし込んで本隊の奴らに教えてやりなァ!』


 バイクを走らせること数刻、前方に輸送列車のテールライトを視認したファルはそれまでの軽口が嘘のように部下たちに指示を飛ばしていく。

 マスクに隠れて窺い知ることはできないが、その口元には笑みが浮かび獲物を狙う猛獣のようにその双眸をギラつかせていた。


『おう! 聞こえるか親父殿ォ! 俺だ、ファルだ!』

『そう大声を出さなくとも聞こえている。こちらは黒備え本隊、百人隊長のシンゲンである。要件を述べよ』

『前方に標的ターゲットを補足。間違いねェ、キサラギ化成の輸送列車だ』

『了解。ファル小隊はそのまま本隊の到着を待て。合流の後、一気に制圧する』


 通信の繋がった大隊長に輸送列車発見の報告を入れたファルだが、その返答は本隊の到着を待てというもの。

 ファルは不満げに鼻を鳴らすと、通信はそのままに大型バイクのアクセルを一気に回し加速する。


『そんじゃあ、待たせてもらうぜ! 付いて来なァ野郎ども。待機場所の指定はねェ。命令通り、本隊を出迎えてやろうじゃねェか!』

『待て! 待たんかファル!! ……と言って聞く男ではないな。全隊、行動開始。ファルの馬鹿諸共制圧するぞ!』


「おーおっかねェ。オラ、グズグズしてっと親父殿が来ちまうぞ! 気張れよ、今夜の敵はキサラギ化成だ」


 無線通信越しに聞こえた大隊長の静止を振り切り、ファルは小隊を率いて闇夜の連絡橋を突き進んでいく。

 狙うは当然、先頭車両。例えどんな敵が出てこようとも正面から叩き潰して制圧する。“黒備えくろそなえ”たる自分と自らが率いた小隊ならばそれが可能であると、ファルは信じて疑わなかった。



 連絡橋の線路を走る高速列車と並走しながら、ファル率いる黒備え部隊は幾つもの貨物車両を追い抜いていく。

 時折物資の護衛と思われるキサラギ化成の兵士から射撃を受けるも、高速で走行するファルたちには掠りもしない。

 お返しに手に持った軽機関銃の掃射を浴びせてやれば、キサラギの兵士たちは悲鳴をあげながら列車の物陰へと逃げていった。

 だが、目指す先頭車両まで残り数両といったところで、巨大な破裂音と共に隊列の中ほどを走る1人の小隊員の駆る大型バイクが地面に縫い留められたかのようにその場で急停止した。

 慣性の法則に従い、バイクに乗っていたファルの仲間は投げ出され路面を転がっていく。


『何があった!? 状況を報告しろ!』

『列車よりプラズマ反応! 規模からして列車に装備された 拘束電磁杭射出砲ガン・ターレットと思われます』

『チッ! イヅナの電磁杭か。厄介な代物乗せてんじゃねェか。ブッ飛んでったのはどいつだ』


 後続の仲間から被害状況を聞きながら、ファルは高速列車の様子を窺う。

 急停車したバイクから投げ出された隊員からは通信があり、装備しているパワードスーツのおかげで大きな負傷もなく無事な様子。しかし、バイクの機関部には電磁杭が突き刺さり完全に機能停止。後続の本隊に回収してもらうしかないとのことだった。

 高速で走るバイクだけを無力化するほどの精密射撃を、それも初撃で。キサラギ化成のエース級が護衛しているとみて間違いないだろうと、ファルはあたりを付けた。

 なればこそ、俄然その積荷の重要度も高くなるというもの。


『こりゃタレコミはマジだぜ。野郎共! 電磁杭に撃ち抜かれたヤツは後で…」

 《――ザザッ。……聞こえるか?》

「……ぁ?」


 不意打ちに士気の下がった部下を鼓舞するようにまくし立てようとしたファルと仲間たちに、通常回線で1人の男が割り込んできた。


 《こちらはキサラギ化成所属、B.A.B.E.L.バベルの者だ。こんな夜更けに我が社の輸送列車を襲撃とは、如何なる理由があってのことか》


 男は落ち着いた涼しげな声でファルに問いかける。

 ガンタレットを操りこちらを撃ってきた男だとファルは確信し、応答する。


 《直で連絡とはいい度胸じゃねェか、キサラギ化成。いいから黙って列車を止めろ。積荷をあらためさせてもらう》

 《それはできない。この積荷は明日の朝一番にシャハル地区の下層街区まで届けなきゃいけないんだ》


 下層街区という単語に、ファルはやはりなと舌打ちする。情報通り、キサラギ化成は輸送先の下層街区で生物兵器を使用するつもりだったのだ。


 《そーかい! それじゃあ仕方ねェ。力づくで止めさせてもらうとするぜ!》

 《…さっきの攻撃は敢えて外してやったんだ。次は、容赦しない》


 罵声と共に一方的に通信を遮断したファルは、自らに続く部隊の仲間を鼓舞するように吼え立てた。


『ぶっ潰すぞ野郎共! 俺に続け!!』


 その咆哮に応えるようにアクセルを踏み込み死線へとその身を投じる小隊の仲間たちに、ファルは口端を吊り上げる。

 ファルの取った作戦は至極単純なもの。先ほどまでの整然とした隊列をあえて崩し、縦横無尽に動き回ることで敵の照準を攪乱させる。例え1人が電磁杭に貫かれても、その間に他の仲間が列車に取り付き射手を無力化させればいい。

 荒々しい言動とは裏腹に、ファルの精神は冷静そのものだった。


 闇夜に奔る閃光にファルはマスクの奥で目を瞬かせる。後方から聞こえるバイクの横転する音を意識から追いやり、バイクの武器格納部から取り出した軽機関銃を握りしめた。


『電磁杭、直撃!』

『損害報告は後だ! 次弾のチャージ中に列車に取り付けッ!』

『了解です。ぐあっ!?』


 通信していた無事なはずの仲間から発せられた苦悶の声に、ファルは驚いて振り向いた。

 視界に映ったのは、機関部から白煙を上げて失速していく一台のバイク。


『何があった!?』

『銃撃です! 電磁杭とは別に、列車からの発砲を確認!』

『チンタラ走ってんじゃねぇ! 撃ち返しながら接敵しろ!』


 電磁杭の射出された 拘束電磁杭射出砲ガン・ターレット目掛けて軽機関銃のトリガーを引きながら、ファルは仲間を叱咤する。

 だが、電磁杭とライフルによる精密射撃を織り交ぜた敵の攻撃に、ファル小隊の仲間たちは1人、また1人と戦線を脱落していく。

 気付けば、碌に列車に取り付くことさえ出来ぬまま、残った小隊メンバーは隊長ファルと部隊最年長の古兵フルツワモノロクローの2人だけになっていた。


 しかし、仲間が脱落していくのをファル達とて指をくわえて見ていたわけではない。電磁杭の発射と銃撃の僅かな空隙を縫うように反撃を繰り返し、どうにか 拘束電磁杭射出砲ガン・ターレットを沈黙させることに成功していた。


『ロクロー、敵はAI搭載型の機動兵器か何かか? こっちの銃撃をものともしねェ。ロケットランチャーの直撃を一度は食らったのに、だぞ』

『B.A.B.E.L.には"不死身のレッドライン"と呼ばれる精鋭がいると聞いたことがあります。その名の通り、赤い線をあしらった装備が特徴的だと……』


 《不死身? 不死身ねェ。キサラギはとうとうゾンビまで作り出しやがったか? ……おい、聞こえてんのかゾンビ野郎! 死なねェってんなら堂々と顔を出しやがれ!》


 列車の陰に隠れる敵に向けて、怒りのままにファルは叫ぶ。敢えて先ほど相手が呼びかけてきた通常回線で叫んだが、その叫びに返事はなかった。

 そんな安い挑発には乗らないと言外に言われたようで、それが更にファルの激情を煽る。

 リロードを終えた軽機関銃を再び構えたファルは、敵が隠れているであろうガン・ターレット拘束電磁杭射出砲の周囲目掛けて銃弾をばら撒いた。

 無数の火花を散らし、銃弾は跳弾を繰り返す。100発、200発と途切れることなく撃ち込まれる銃弾の雨に晒され続けた 拘束電磁杭射出砲ガン・ターレットは次第に崩壊し始め、遂には周辺の電気回路をショートさせ炎上、爆発を引き起こした。


『どうだ! 不死身だか何だか知らねぇが、こんだけデケェ爆発に巻き込まれちゃタダじゃ済ま――ッ!』

『隊長ッ!』


 自動操縦にしていたバイクのブレーキにファルが手を伸ばすよりも早く、ロクロ―が列車とファルの間に自らのバイクを割り込ませた。

 黒煙の立ち昇る列車の甲板から飛来した銃弾が、ロクローのバイクに無数の風穴をあけていく。運の悪いことに、その内の数発は燃料タンクを貫通していた。

 クロックアップされた世界の中で、ファルとロクローの視線が交差する。飛び移れと手を伸ばしかけるファルに、ロクローは小さく首を横に振る。

 そして、そのロクローの遥か後方。雲間から射す月光に照らされた一筋の真紅の線を、ファルの双眸は確かに捉えていた。

 夜陰にはためく赤いマフラー、漆黒の鎧にあしらわれた赤き一本線レッドライン ――それはまさしく、ロクローの話していた"不死身のレッドライン"と呼ばれる男の姿だった。


 クロックアップされた世界に、音が、時間が戻ってくる。

 装甲を跳ね回る火花が気化した燃料に引火し、ロクローを乗せたバイクは一瞬で炎に包まれる。

 熱風と爆炎に顔を思わず顔を背けたファルの頭上を、灼けたパーツ片が掠めていった。

 無駄と分かりながらも後方へと流れていくバイクへ手を伸ばすファル。その視線の先で、絶望を上塗りするかのように機関部に残った燃料に引火したバイクが再び火柱を噴き上げた。


『ロクローーーーッ!』


 目の前で仲間を喪ったファルの脳裏に、彼自身の忘れることのできない過去が呼び起された。


 ――それは、11年前に起きたファルとファルの所属していたとある組織に起こった裏切りと仲間の死。

 全身を駆け巡る激痛で動けないファルを嘲笑うかのように、“組織”の裏切り者たちによって仲間たちが打ち倒されていく光景。それはまるで幽鬼のように、およそ同じ人とは思えぬ紅く光る裏切り者たちの眼光。

 そして、裏切り者たちを率いているかのように悠然と佇む黒いパワードスーツ姿の男――


 フラッシュバックした記憶を振り払うかの如く、そして仲間を倒された怒りを体現するかの如く、ファルは雄叫びを上げる。


「ざっけんじゃねぇぇぇぇ!!」


 ファルと輸送列車は、山間を抜けるトンネルへと差し掛かった。

 雄叫びと共にアクセルを全開にしたファルは、加速させたバイクの進路をトンネルの“壁”へと向ける。

 普通に考えれば荒唐無稽な、しかしその列車への最短ルートは、黒備えの跨るバイクの暴力的なまでの加速力によって実現することとなった。

 楕円形になったトンネルの壁面をまるで地面のように駆け抜けたバイクは重力に逆らいながらあっという間に列車の斜め上空まで到達。真下を走る列車に狙いを定め、バイクを弾ませたファルは、そのままバイクごと列車にダイブしていった。





「なっ……こんなの、俺でもやらないぞ……」


 自らの真上に落下してきた大型バイクを間一髪で回避したセイナは、輸送列車の甲板に突き刺さった大型バイクを冷や汗を流しながら見やる。

 ズキリとする痛みに手元に視線を向ければ、右手の人差し指があらぬ方向を向いていた。どうやらバイクを回避した際に避け切れず、握っていた愛銃を引っ掛けてしまったらしい。

 周囲を見回すも愛銃の姿は見当たらず。良くてバイクの下敷き、悪ければ闇の彼方といったところだろう。

 やれやれと肩をすくめ、セイナは左手でへし折れた人差し指を強引に引き戻す。激痛に顔を顰めるが、数秒もすれば痛みも少しずつマシになっていった。


 超回復――それが、セイナが持つ能力の正体。

 キサラギ化成での人体実験により発現したそれは、セイナに『不死身』とまで称される驚異的な再生能力を与えた。

 黒備えからの被弾や爆風に曝されても傷一つないのはその能力ゆえ。弾丸による傷や切り傷程度なら、常人を遥かに上回る速度で回復する。だが、再生力をアテにして真正面から突っ込み過ぎるきらいがあるセイナは、いつも相棒や仲間たちの肝を冷やしていた。


 何度か拳を握り傷の調子を確かめていたセイナだったが、何者かの気配を感じて顔を上げる。

 静かに構えを取り前方を見据えていると、列車へと着地したファルがショットガンを構えてやって来るところだった。


「よぉ、やっとツラ拝めたな、ゾンビ野郎。流石のテメェも、ショットガンでバラバラにされりゃ生き返れねェだろ?」

「さぁ、どうかな。試してみるか?」

「……スかした態度とりやがって。どこまでもムカつく野郎だなこのクソゾンビ! お望み通り、試してやらァッ!!」


 一歩踏み込み重心を低く構えたファルはショットガンを乱射。驟雨しゅううのようにばら撒かれた散弾はセイナの身体を引き裂かんと弾幕を形成する。

 対するセイナは、一瞬の迷いも無く銃弾の雨に真っ向から突き進んだ。

 肩を、腹を、脚を打ち据える鉛玉をものともせず、一歩ずつ確実にファルとの距離を詰めていく。


「クソだのゾンビだの……口が悪いな、君は」

「て、テメェ、正気か!?痛覚ってもんがねェのか!?」

「……痛いさ。痛みに倒れることだってある。だけど、だけどな」

「嘘だろ…なんで倒れねェんだよお前は!」


 至近距離まで接近され、ついに弾切れになったショットガンの銃身をバットのように握り締めフルスイングしたファルだったが、セイナはスウェーバックのように腰を反らしてそれを躱す。ガラ空きになったファルの腹部に、まるで破城槌のような赤い拳が撃ち込まれた。

 内臓を貫いたかのようなボディブローを受けその場に膝をついたファルは、激痛に顔を歪めこみ上げてくるものを押し留める。


「ぐぅ…テメェ…ッ」

「君たちのような無法者に、俺の“正義”は……決して屈しはしない!」


 歯を食いしばり、追撃が来ないことを不審に思いながらファルが顔を上げた瞬間、その顔面に助走を付けたセイナ渾身のドロップキックが突き刺さった。





「しまったな、積荷を崩した」


 吹き飛んだファルが激突して崩れ落ちた積荷の山を極力見ないようにして、セイナは困ったように頭をかく。

 静けさを取り戻した列車の甲板の上で付近にこれ以上敵がいないことを確認して、セイナは安堵のため息をもらした。


「しょうがない。コウガに怒られる前にコンテナを戻しておくか。いやそれよりもターレットの消火が先か」


 刹那、背後から発生した風切り音に何事かを考えるより先に身体が反応して身を屈める。

 四つん這いになったセイナの上、僅か数十センチの位置を大型コンテナが吹き飛んでいった。

 視線の先で甲板に衝突したコンテナは衝撃に耐えきれず、中に納められていた積荷の薬品が盛大に宙を舞い夜の闇に零れ落ちていく。


「よそ見するたァ余裕だな、このゾンビ野郎がよォ!!」

「バカな、攻撃は確実に入っていたはず……」


 立ち上がり振り返ったセイナが見たものは、崩れたコンテナの山の中から青い燐光を放つパワードスーツが立ち上がる姿だった。

 砕けたマスクの下から覗く顔は破片によって傷付き血を流している。

 パワードスーツの脇腹部分は陥没しダメージは内臓にまで達している。

 それでも、ファルは立ち上がった。

 ポーチから取り出した救急医療キットを首筋に打ち込み身震いをひとつ。

 大きく息を吐いて、ガツンと両拳を打ち合わせる。


「テメェは不死身だってハナシだったな……?」

「……それがどうした?」


 訝しむセイナをギラつく双眸で睨み付けたファルは、パワードスーツによって強化された、甲板を踏み抜くほどの脚力で一瞬で懐へと潜り込む。

 その顔が驚愕に歪むよりも早く、踏み込みの速度を乗せたファルの拳がセイナの腹部を打ち抜いた。


「奇遇だな、俺もだ」


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