#6 -ハムド-橙閃の猛蜂- 3
ヒューズの引き起こした爆発から、時は少し遡る。
ブラストはヒューズとの、ジャミングによって途切れがちな通信を今まさに終えようとしていた。
『今、貴方の──用アドレ────のフロアマッ────送しま──1階のエントラ ──ホールで合流──しょう』
『サンキュー。アンタもせいぜい気を付けてな!』
言い終わるか否かの瞬間、地鳴りのような轟音と共に目の前の天井が崩落した。
「……おいおいマジかよ」
その光景が先ほどラウンジの扉を粉砕したものに酷似していると見抜いたブラストは、踏み出しかけた足を急制動させた。
崩落し、目前に降り注ぐ瓦礫をバックステップで躱すと、崩れた天井から大きく距離を取りながら腰の鋼剣を引き抜く。
攻撃、防御どちらにも対応できるようもう片方の手はあえて何も持たず、鋼剣の切っ先を正面に向けて身構えた。
天井から落下して来た何かから蒸気のような白煙が噴出し、天井の大穴から白煙に紛れて
煙が晴れた時には、巨大な鉄拳を構えたサクラがブラストを睨み付けていた。
「やっと見つけたわよ、ブラスト!」
「こいつぁ驚いた……可愛いお嬢さんかと思ったが、なかなかハデなご登場じゃねぇか」
「私が可愛いのは間違い無いけど、アンタなんかにお嬢さん呼ばわりされる謂れはないわ。アンタたち! あのいけ好かないマスクに風穴あけてやるわよ!」
鉄拳をまるで盾のように床に突き立てたサクラは身体をその裏に隠し、腰のサブマシンガンを引き抜くとブラストに銃口を向けた。
瓦礫と化した天井やサクラの鉄拳の陰に隠れながら、Void Δチームの構えた10の銃口がブラストに狙いを定める。
「あれ、いきなり嫌われちまったなぁ……お友達もたくさんだしよ。……あー、個人的にはお嬢さんとはサシでデートを希望なんだが……」
「あぁもう! さっきからお嬢さんお嬢さんって、アタシを馬鹿にするのも大概にしなさい!」
苛立ちながら示されたサクラのハンドサインにより撃ち出された、何十発もの銃弾がブラストに肉薄した。
胸と顔、2つの急所を的確に狙った精密射撃はしかし、直撃することなく明後日の方向へと弾かれていく。
ブラストの左腕の
「心臓と頭を狙った精密射撃、ねぇ。ん〜、最も効率的で的確な判断だ。……けどなぁ」
サクラに聞こえるよう大きな声で呟きながら、構えを解く。そして、最大限の嘲りを込めて言葉を続けた。
「その分軌道が読めちまうんだなぁ、これが。応用力が足りないんじゃね? 実戦経験は雑魚の相手ばっかりだったか?
ピシリと、空気が凍りついた。怒りのためか、鉄拳を構えたサクラの肩がわなわなと震え出す。
Void Δの他のメンバーが慌てて制止しようと手を伸ばすも既に遅く。柳眉を逆立てたサクラが、床から鉄拳を持ち上げて身体中の筋肉をバネのように引き絞っていた。
「ふ、ざ、け、ん、じゃ、ないわよッ!! アンタたち、そこで援護ッ!! アタシが直接ブン殴ってやるわ!」
鉄拳を振りかぶり仲間の制止も聞かず飛び出したサクラがブラストに迫る。
超重量の武器を持っているとは思えない速度で突進してきたサクラの一撃を、ブラストは間一髪バク宙で回避。
着地しながら銃を抜き、尚も踏み込もうとするサクラの足元に銃弾の雨を浴びせて二の足を踏ませ、小刻みなステップで後退し距離を取った。
「っと、熱烈なアプローチだねぇ! 積極的なレディは嫌いじゃないぜ? そんじゃ、邪魔なオトモダチにはご退場願おうか」
ブラストはマスクの下でニヤリと笑うと、鋼剣から小型機銃に持ち替えて引き金を引き絞った。
銃口の暴れるままに撃ち出された銃弾は壁を、天井を、そしてサクラたちVoid Δメンバーたちに襲いかかる。
瓦礫などの遮蔽物に身を隠した彼らにダメージは無い。だが、物陰に身を隠しリロードを終えた彼らが反撃のために瓦礫から身を乗り出した次の瞬間。
ブラストの放った銃弾の一発が、廊下の壁に埋め込まれたコンソールを撃ち抜いた。
鳴り響く警告音に慌てて振り返ったサクラだったが、彼女が見たものは音を立てて閉まっていく重厚な扉。
災害や緊急時のために備えられた隔壁が、ブラストによって落とされたのだった。
反応が遅れたメンバーの数人が、隔壁の向こう側に取り残される。
『アイツ隔壁を……っ。センク! 何とかならないの!!』
『無茶言いなさんなって! アイツ、直接コンソールを破壊しやがったな。こじ開けるにはちょいと時間がかかるぜ……』
悪態を吐きながら隔壁のロック解除に取り掛かったセンクにもういい!と更に声を荒げると、サクラは前方に向き直った。しかし ──。
「やってくれたわね、なんてヤツ……」
口をついて出てきたのは、苦々しい台詞。
振り向いてから向き直るまでの数瞬の間に、ブラストは忽然と姿を消していた。
あまりの状況判断の早さに、サクラお得意の棘のある言葉さえ忘れてしまっていたほどだった。
先ほどの一瞬の反撃で、ブラストは仲間全員の目を眩ませた上で3人もの戦力を分断させた。その事実に、サクラは唇を噛み締める。
「野郎、けっこうなやり手だぜ? サクラ、やっぱり隔壁開くまで待つか?」
「いいえ。分断されたとはいえこっちはまだ7人。数の有利は変わらない。残ったメンバーで追撃に移るわ」
次の指示を乞う仲間にそう答え、自身も鉄拳を持ち直す。
複数回のチャージと放出を行った鉄拳は発散しきれなかった熱量を内包している。そのことを確かめるように強く握りしめると、サクラはブラストが逃げた通路の先へと駆け出していった。
「おっと、分岐路か。……そういや、ヒューズの旦那からフロアマップが送られてきてたな。えーっと、ここは何階だ?」
マスクに内臓されたインターフェース上にマップを広げて、ブラストは首を傾げる。
上のフロアから順に表示していき、程なくしてヒューズと対談していたフロアを突き止める。
高層ビルの外側からガラスを蹴破るというダイナミックエントリーを決めたものの、落下した階数は数階程度だろうと目星を付け、少し下のフロアを順に表示していく。
あれこれとフロアマップを動かしてようやく現在地を突き止めたブラスト。続けて分岐路の先のどちらがエレベーターホールに繋がっているかを確認しようとした、その時。
「チッ、やっぱVoidの連中は脚が早ぇ。もう追いついてきやがったか」
苦々しく呟いたブラストの視線の先には、鉄拳を構えたサクラと隔壁による分断から逃れたVoidメンバーが角を曲がって姿を現したところだった。
エレベーターホールへのルートは未だ確定していない。一か八かどちらかの通路に逃げ込むという手もあるが、それは最後の手段にしておきたいのがブラストの心情である。
「とりあえずは、時間稼ぎしますかね……っと!」
リロードを終えた双銃を握り、分岐路の陰に身を隠しながら銃弾をばら撒いていく。
狭い廊下に解き放たれた銃弾は跳弾を繰り返し不規則な軌道でVoid Δチームへと襲い掛かる。
先ほどのような盾となる残骸もない。脱落者は出せなくとも多少の足止めくらいにはなるだろうと、ブラストは撃ち尽くしたマガジンを交換しながら曲がり角から顔を出して様子を窺った。
だが、飛び込んできた光景に彼は思わず舌打ちを漏らす。
鉄拳を構え疾走するサクラの真後ろから、壁のように廊下を塞ぐ2枚のドアが追従してきていた。
恐らくは、どこから引きちぎってきたのだろう。ドアの一部はひしゃげたり、陥没したりしているが、銃弾から身を守る即席の盾としてはこれ以上なくその機能を果たしていた。
「あーあー、無茶苦茶やるなあの怪力女……もうちょい"お淑やかさ"ってもんが欲しいぜ」
「聞こえてるわよ! でも、これでアンタご自慢の豆鉄砲は無力化したわ。さっさとアタシに叩き潰されなさい!」
「だーかーらー!何度も言ってるじゃねぇか。邪魔なオトモダチは抜き、サシでデートしてくれるんならいつでも大歓迎ってな!」
迫るサクラを食い止めようと、リロードを終えた双銃を再び曲がり角から突き出すブラスト。その銃口がサクラへと向けられようとした刹那、ブラストは突き進んで来ていたはずのサクラの姿を見失った。
消失は一瞬、瞬きの合間を縫うようにブラストの間合いの内に入り込んだサクラは、低い姿勢から強烈な左フックを繰り出す。
躊躇も一瞬、即座に銃を手放し腕ごと叩き潰さんとするその一撃を回避する。
壁と鉄拳に挟まれたブラストの銃は見るも無残な姿へとなり果てる。一歩間違えれば壁に縫い留められていたのは自身の腕だったという事実に、ブラストは肝を冷やした。
「片腕は潰したつもりだったけど、上手く躱したわね。でも、自慢の銃はペチャンコ。次はアンタの頭を同じ目に合わせてやるわ」
「ひゅぅ、怖い怖い。始末書書くのも楽じゃねぇんだけどなぁ……ま、そんなにこいつが欲しけりゃくれてやるよっと!」
苦し紛れか、ブラストは片手に残ったもう一丁の銃をサクラ目掛けてぶん投げる。
常人離れした膂力によって回転して飛んでくるそれを、サクラは涼しい顔ではたき落とそうとする。
やぶれかぶれの行動、遂に観念したかとマスクの下で笑みを浮かべたサクラの目に、蒼白い雷光を発するブラストの左腕が映った。
ブラストの左腕、
次の瞬間、電磁杭の衝撃と放電により、マガジン内に装填されていた銃弾の火薬が連鎖的に暴発を引き起こした。
目の前で炸裂したマガジンと銃弾の破片に、サクラは咄嗟に鉄拳を盾にして身を隠す。
至近距離で浴びた雷光と銃弾の暴発は、サクラの視覚と聴覚を数舜とはいえ麻痺させるほどだった。
薄く立ち込める煙の向こうを睨み付けるが、またしてもそこにブラストの姿は無い。
忌々しげに床に叩きつけたサクラの鉄拳は、足元に大きな穴を穿った。
「2度も取り逃すなんて……失態もいいとこだわ。
他の隊員には聞こえないようマスクの中で独り言ちるサクラ。
再び取り逃してしまった己の不甲斐なさに気が滅入るが、破壊されたブラストの銃がふと目に留まった。
そして、“武器を犠牲にしてまで”逃げの一手を続けるブラストの置かれた状況に考えを巡らせ、サクラはまだ自分が“狩る”側であることを再確認した。
ネガティブな思考を一掃するかのように大きく深呼吸をし、鉄拳を持ち直す。分岐路の先を見据える彼女の顔には、いつしか笑みが戻っていた。
『センク、ブラストがどっちの道に行ったのか分かる?』
『いや、流石にそこまで探知は出来ねぇよ。でもその先がどこに繋がってるかは分かるぜ?』
『勿体ぶってないで、この先がどうなってるか早く教えなさいよ』
『へいへい、人使いの荒いレディだぜ全く……。そっから先はビル間を繋ぐガラス張りの連絡通路になってる。ぐるっと外周を周って、反対側のエレベーターホールで合流する。つまり、行き着く先は同じだ』
『なるほどね。アタシと後2人は……北側を進むわ。残りの4人は、反対の南側を進みなさい』
別働隊の4人が分岐路の先に消えていくのを確認し、サクラも通路へと足を進める。
サクラの見立てでは、如何に“突風”という異名があろうとも純粋な速力ではVoidの方が上。どちらかのグループが先にエレベーターホールへと辿り着き、ブラストを挟撃し撃破する算段だった。
『んじゃ俺はもう少し深くセキュリティシステムにダイブして、エレベーターのアクセス権を奪っておく。わかってるとは思うがダイブ中は俺との通信は遮断されるから、あとは上手くやってくれよ、サクラ』
ふてぶてしく言い放ったセンク。センクからの忠告を聞き流しつつ、別ルートを走るメンバーから作戦の了承を受け取ったサクラは、自分たちもブラストの背中が見えてこないか注意を払いながら通路を進んでいった。
しかし────。
『……なんですって!?』
エレベーターホールを目指すサクラの耳に、別ルートを進んでいた4人の仲間からの通信が飛び込んだ。
エレベーターホールまで目と鼻の先というところで、突然進行方向の隔壁が降りたのだという。
ブラストがエレベーターホールを通り過ぎ隔壁を降ろしたとは考えられない。それどころか、サクラの見立てでは彼はまだエレベーターホールにすら到達していないはずだった。
最初に降ろされた隔壁も含め2ヵ所の隔壁解放を要請したいところだが、センクへの通信はまだ回復していない。
「どうするサクラ。追撃を続行するか?」
「アタシがいつ作戦を変更すると言ったかしら? 追撃は続行よ。センクのことだからエレベーターはちゃんと処理するはず。反対側の隔壁が落ちたならむしろあの男に逃げ場はない、追い詰めたという事実は変わらないわ」
「ハッ。違いねぇ、俺たちで仕留めてやろうぜ!」
形はどうあれ、ブラストを追い詰めているという事実と仲間の力強い言葉に背中を押され、別動隊の四人に引き返すよう指示を出すと、隔壁が落ちた疑念を振り切るようにサクラは更に速度を上げる。
追い詰められたブラストがいるはずのエレベーターホールまでは、もう目と鼻の先。ブラストは今頃、開かないエレベーターに悪戦苦闘しているはずである。
最後の曲がり角を飛び込むように走り抜けたサクラたち3人は、エレ―ベーターの前で佇むブラストを視認した。
唯一の逃げ道である通路を塞ぐように仲間2人を展開させたサクラは、意気揚々と鉄拳を突き付けた。
「残念ね、そのエレベーターは動かないわ」
サクラに気付いたブラストは、鬱陶しそうに大きなため息をついた。
「はぁ……パワーだけのゴリラ女かと思ってたが、お嬢さん意外と計算高いストーカータイプ?」
逃げ回り、そして退路を断たれたとは思えないほど軽い口調でブラストはサクラを指さした。
「お、おあいにく様ね! そんな安い挑発にはもう乗らないわよ!」
「あーらら、つれないねぇ。まぁ、俺もそろそろ鬼ごっこには飽きてきたとこだし、なっ!」
軽薄な言葉に濃密な殺意を乗せて、ブラストが床を蹴った。いつの間に抜刀したのか、手には双剣が握られている。
これまでよりも数段早いその踏み込み。引くか受けるか、サクラは一瞬躊躇する。
突き込まれた鈍く光る片刃の剣が、サクラの躊躇を貫いた。
眼前に迫る切っ先。サクラのマスクは並の銃弾程度は簡単に弾き返す性能を持つはずだが、その一撃を受け切れるとは到底思えないほど疾く鋭い。
咄嗟に身体を限界まで逸らしどうにか避けるも、刀身が掠めたフードの先端を易々と切り裂いた。
追撃として振り下ろされる蒼刀はバク転で躱し、銃を構えていた仲間2人の後ろまでサクラは距離を取る。入れ替わるように前進したVoid Δメンバーの2人はブラストの動きを封じるように弾幕を張り巡らした。
「敵の前進を妨害する面制圧のばら蒔き射撃……ちょっとは学んだじゃねぇか。だが────」
次の瞬間、2人の視界からブラストの姿が掻き消えた。
隙とも呼べない、放った弾幕が着弾したかを確認したい。そんな一瞬の認識の隙間をこじ開け、ブラストは深く体勢を落とし床を踏み込んだ。
「────まだ遅ぇ」
2人の目には、ブラストが瞬間移動したかとさえ映っただろう。そう錯覚させるほどの、低く重い踏み込み。
そして彼我の距離を一瞬で詰めたブラストの、蒼と鋼の刃は弧を描き始めている。
左右同時に振り抜かれた双剣がVoid Δメンバー2人の持つ銃と激突。金属を切り裂く耳障りな音が鳴り響く。
如何なる膂力によるものか、2人の手に握られた銃はその銃身の半ばから斬り飛ばされていた。
だが。彼らは使い物にならなくなった銃を抱えたまま、あろうことかブラストと距離を詰める。
振り抜いた刃を返させまいと、2人は両側からブラストを抑え込もうとしたのだった。
「サクラッ!」
「くたばんなさい、ブラストッ!!」
組み付いた2人に気を取られたブラストの視界を、サクラの鉄拳が埋め尽くした。
「っとぉ!?」
咄嗟に剣を手放し組み付いた2人を強引に振り払うと、体勢が崩れるのも構わずブラストは振り抜かれた鉄拳を限界まで身体を反らして回避する。
「さすがに今のは危なかったぜ。流石の連携だなアンタら」
倒れ込んだ姿勢のまま、ブラストは「けどな……」と不敵に笑った。
「コイツで終わりだ。痺れちまいな」
サクラたち3人が言葉の意味を理解する間もなく、ブラストは右腕を振り上げた。
ワイヤーが急速に巻き上げられ一瞬で3人の真上まで上昇したブラストは、その勢いのまま天井に取り付けられた消火装置のスイッチを殴り付ける。
無理やり作動させられた消火装置から撒き散らされた大量の水は即座にサクラたちをずぶ濡れにし、床にも大きな水溜まりを作り出す。
「まず……っ」
サクラのみがブラストの狙いを察知しその場から飛び退くが、後の2人は振り払われたことにより体勢を崩し反応が遅れてしまっていた。
サクラが飛び退いていくのを見送った2人の足元に、蒼白い雷光を放つ電磁杭が撃ち込まれる。
まるで落雷が落ちたかのような轟音と膨大な電流が解放され、薄暗かったエレベーターホールを白光が埋め尽くす。
光が収まった頃には、全身を貫いた電撃に悲鳴一つ上げることさえ叶わず、倒れ伏したVoid Δメンバー2人の姿があった。
2人が気絶していることを確認し、ブラストはアンカーを義手に格納して悠々と着地する。
振り払う際に手放した剣を拾い上げると、ヒュンと一振りして水滴を払う。
自身の放った切り札から逃れたサクラを見て、ブラストは余裕たっぷりに手のひらを差し出した。
「さーて、これでようやく2人きりになれたな。鬼ごっこの次は、俺とダンスでもどうだい?お嬢さん」
「……正直、Δチームがここまでやられるなんて思ってもみなかったわ」
「お褒めの言葉をどーも。降参してくれると、俺もレディをキズモノにせずに済むんだが」
サクラをおちょくっているのか、ヒラヒラと手を振り軽薄に降参を勧めるブラスト。
その言葉に、サクラの中で遂に何かが“ブチリ”と切れた。
「……ん……いわよ」
「ぁ? ……なんだって?」
「ふざけんじゃないわよ! 降参!? アンタの戯言ももう聞き飽きたわ! アタシのパワーを受け切れないクセに、ヘラヘラしてんじゃないわよ。大人しく死になさいッ!!」
気炎を上げ、鉄拳を地面に叩きつけた反動を推進力にサクラはブラストとの距離を一気に詰める。
鉄拳を起点に縦回転、美しい真円を描き振り下ろされた超重量の塊がブラストへと炸裂した。
その衝撃はブラストの頭蓋はおろか胴体さえも粉砕するほどの威力を持った一撃だった。
———粉砕する、はずだった。
「おー怖。怪力な上に気が強いとは……あの若造も大変だなぁ」
確かにブラストの頭部へと振り下ろされたはずの鉄拳はしかし、再び紙一重のところで躱される。
「なんてヤツ——!」
悪態と共に短く呼気を吐き出し、反撃として繰り出された蒼刀の斬撃をステップで躱す。
双剣から放たれる連続攻撃を時に避け、時に鉄拳で受け止めること数合。大きくブラストとの間合いを取ったサクラは、極度の集中と緊張により荒くなった呼吸を落ち着けるため大きく息を吐き出す。
額を流れ落ちる雫を払いたくなる衝動を抑え、だがそれが疲労によるものだけではないことに薄らと笑みを浮かべる。
これまでの戦闘で蓄積し続けた熱量は既に許容限界を迎えている。鉄拳から漏れ出る蒸気が、陽炎のように揺らめいていた。
サクラの突撃を警戒し双剣を構えるブラストと一定の距離を保ちながら視界の隅に表示されるインターフェイスを視線のみで素早く操作し、サクラは鉄拳に施されていた出力リミッターを解除していく。
全ての操作を終えたサクラが鉄拳を一薙ぎ。すると、エレベーターホールに渦巻いていた熱気が噓のように消え失せる。
構えることさえ止めて、別人のように大人しくなったサクラのその様子を不審に思ったのか、ブラストはわざとらしく首を傾げた。
「ありゃ……? もうお疲れかい? それとも、俺とデートする気になったのか?」
「そんなの、まっぴらごめんよ! この一撃で、アンタを木っ端微塵にしてあげるの」
「へぇ、そいつは楽しみだ。ロケットパンチでも飛んでくるのか?」
サクラの言葉を時間稼ぎのハッタリとでも思ったのか、ブラストは片手の人差し指を立ててくいくいと手招きする。
「アタシを……ナメんじゃないわよーっ!!」
踏み込んだ足は床を砕く。渾身の力を込めて撃ち出された正拳突きは鉄拳に内包された熱量全てを衝撃波へと変換し前方へと解き放った。
サクラの持つ鉄拳は、戦闘により内部に熱を蓄え続ける。オーバーヒート寸前まで蓄えた熱エネルギーを内部機構のリミッター解除により衝撃波へと変換・放出するこの技『ソニックブロウ』こそが、サクラ必殺の一撃だった。
到底当たるはずの無いとタカをくくっていた、鉄拳の射程距離外から放たれた衝撃波をまともに浴びたブラストは凄まじい勢いで吹き飛び、そのまま壁へと激突。主人の手から弾き飛ばされた蒼刀が瓦礫と共に不協和音を奏でた。
吹き飛ばされたブラストを見やる。だが、呼吸のために小さく上下する胸部装甲を確認したサクラは、警戒しつつ鉄拳を握り直した。
「マ……マジかよ……。とんでもねぇ切り札持ってんなお嬢さん……」
「今の一撃を食らって息があるなんて、I.P.E.の戦闘服は流石に丈夫ね。でも、次でおしまいよ」
左手に握っていた鋼剣を支えに、ブラストはよろめきながら立ち上がる。
脳震盪でも起こしているのか、その動作は緩慢で隙だらけだった。
「そいつは流石に、勘弁してもらいたいな......」
「ふん。
「あぁ......痛いほどな。……代わりと言っちゃなんだが、俺からもひとつお嬢さんに教えてやるよ」
「ご遠慮させてもらうわ。アタシが欲しいのは、“突風のブラスト”を倒したっていう名声だけよ!」
ブラストへトドメを刺すべく、サクラは床を蹴ろうとしたその瞬間。
非常灯の明かりが僅かに灯るだけだったエレベーターホールが。否、全ての照明が、息を吹き返したかのように点灯した。
その光景に、サクラは思わず足を止めた。
「ッ!?……センク!? どうなってるの!?」
そんなサクラの言動を意にも介さず、独り言のようにブラストは呟き続ける。
「アンタの敗因はな、お嬢さん……」
体勢すらまともに整っていないブラストの口から吐き出される言葉は、まるで呪縛のようにサクラをその場に縛り付けた。
「敵を、一人だと思い込んだことだよ」
ブラストが低く呟いたその言葉に、サクラは絶句する。
戯言だと、一笑に付してやろうと作り笑いを浮かべたサクラを、ブラストは今まで見たこともない凍てついた眼光で見据えていた。
刹那、鉄拳が衝撃と共に爆発する。
「────ッ!?」
瞬間、ブラストが駆けた。
先ほどまでの死に体のような状態からは想像もつかない速度で彼我の距離を詰めたブラストは、鉄拳の爆発で体勢を崩したサクラへと強烈な斬撃を見舞う。
自らの身に起きた状況を認識する間も無く横薙ぎの一撃を受け、反対側の壁に打ち付けられた。衝撃で空気を押し出された肺は酸素を求め、サクラは無様な呼気を晒す。
「安心しな。峰打ちだ、死にはしねぇよ」
身体に力が入らず壁にもたれかかったまま視線だけを動かして周囲を見やると、隔壁を降ろされたために引き返してきたであろう別動隊の4人が次々と倒れていく光景だった。
そして反対側、窓ガラスに穿たれた幾つもの風穴を発見したサクラは、全てを悟った。
「……そ、げき……しゅ……」
「正解~。参考になったかい?
明滅する思考と薄れゆく視界の中で、サクラは唇を噛み締めながらその意識を失った。
サクラが戦闘不能になったことを確認したブラストは、吹き飛んでいった蒼刀を回収し手に持っていた鋼剣と共に背中の鞘へと納める。
天井から垂れ下がった配線か何かのワイヤーをロープ代わりにサクラ以外の2人の戦闘員を簀巻きにしていると、一本の通信が入った。
『……通信室も含めた敵部隊、全員沈黙』
『相変わらず流石だねぇ、相棒』
念のため、とバード商会のビルを狙撃できる位置で待機していたカームからだった。
全てはブラストの作戦通りだった。Void Δチームの別動隊を封じ込めたのも、センクを狙撃して行動不能にしたのも『翠静の凪』たるカームの手腕である。
『念のため聞くけど、殺して無いよな?』
『……全て麻酔弾。……あんな大きな的、外しようがない』
『二課の凄腕狙撃手は言うことも違うねぇ。けど、これも俺の主演男優賞並の演技力があってこその──』
『…………悪趣味』
吐き捨てるようなカームの言葉を最後に、強制的に通信は終了された。
『んぁ!? あ、ちょ、おいっ! はぁ……やれやれ、女ってのは難しいねぇ』
こんな掛け合いも、今に始まったものではない。
いつものように肩をすくめた後、ブラストはサクラを担ぎ上げた。
「さてと、行きますかねぇ。旦那、死んでないと良いけど……」
動き出したエレベーターに乗り込んだブラストは、合流地点へと向かっていった。
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