#2 -RAY.D.FUSE- 大地を穿つ極光 2
幽鬼のように立ち尽くすヒューズを我に返らせたのは、アーノルドからの通信だった。
『ヒューズッ! 【I.P.E.】の私兵部隊が本腰上げて来やがった! 残ってるドローンを盾に戦線を下げる。早く合流しやがれ!』
『……こちらヒューズ。命令を受諾。友軍に合流します』
行方をくらました【鎧の男】の追跡もしたかったが、焦りの色を含んだアーノルドの声を受けヒューズは撤退を決意する。
「待ちなっ!」
大地を蹴り飛び上がろうとしたヒューズの首筋に、鈍い輝きを放つ片刃の剣が突き付けられる。
ゆっくりと振り向いたヒューズの瞳に映ったのは、立ち昇る闘気さえ幻視する【I.P.E.】の兵士が1人。
『
「法務部一課のエース……。よもやこんな場所で会うとは、予想だにしませんでした」
「アンタは……何者だ。あの男の何を知っている」
首筋に向けられた鋼剣の切っ先に片手を添えながら、ヒューズはブラストからじわりじわりと距離を取っていく。
「私の名はヒューズ。その装備を見るに、貴方には『黒死烏』と名乗った方がよろしいでしょうか」
「その名前……。その二刀双銃……。まさか、本物か?」
「さて、どうでしょう……ねっ!」
一瞬の動揺を見せたブラストの隙を突き、抜刀した左右の黒刀で鋼剣を弾いてヒューズは大きく距離を取る。
ブラストは不満そうに舌打ちを一つ。そして右肩に背負った蒼穹を吸い込んだような美しい刃紋の刀を抜き放つと、ヒューズと全く同じ構えを取った。
「懐かしい。実に懐かしいです。貴方とは初見であるはずなのに、何故でしょうか?」
「『黒死烏』……いや、今はただのヒューズか? アンタが何者だろうと知ったこっちゃねぇ。アンタは10年前の『あの事件』の真相を知っているのか? 何故【鎧の男】に襲いかかった? 答えろ、ヒューズッ!」
咆哮と共に振り下ろされた斬撃をバックステップでかわし、続けざまに放たれる連撃を両手に持った黒刀でいなしていく。
鍔迫り合いをスラスターの出力に任せて押し退けて、お返しとばかりに黒刀を拳銃に持ち替えて全身を覆い尽くすような連続射撃を見舞う。
ヒューズの膂力に押し負けてたたらを踏んだブラストは無数の銃弾を全身に浴びるも、咄嗟に翳した左腕の義手で急所への直撃だけは避けたようだった。 直撃した弾丸も彼のアーマーを貫くまでは至らない。
ヒューズがリロードを完了するまでの僅かな間に衝撃から立ち直ったブラストは、防御の際に取り落とした蒼刀の代わりに腰に提げたアサルトライフルを掴んで引き抜き、フルオート射撃。
当然、そんな見え透いた攻撃は読んでいたヒューズはスラスターを吹かせて急上昇。死神の葬列を退避して空へと舞い上がる。
続けざまに飛来した紫電を纏う杭のような形状のナイフも急旋回で躱して、尚も高度を上げた。
「聞きたいことはあるでしょうが、生憎と今は時間もあまりありません。積もる話はまた今度、と致しましょう」
「逃すかよッ! 電磁拘束杭、出力最大!」
アーノルドの元へと急ごうと踵を返したヒューズの身体に、突如として痺れが走る。
その現象は一瞬だったものの、痺れを振り払うように頭を振ったヒューズが見たものは躱したはずのナイフから発生した電磁フィールドが2人を覆い尽くすところだった。
『こちらヒューズ。問題が発生した。応援を……おや?』
電磁フィールドを訝しんだヒューズは通信機を起動したが、通信機はノイズを吐き出すのみで一向に繋がる気配がない。
ドーム状に張り巡らされた電磁フィールドに軽く手で触れてみるも、強烈な痺れと共にその手を弾き返してくる。
どうやら、対象の逃亡と連絡を阻む物理的・電子的な檻のようだった。
電磁フィールドの大きさは半径10メートル程。この技術が“あの時”あれば、とヒューズは思わずほぞを噛む。
「10年前……ですか? さて、何のことですかねぇ」
苛立ちを隠すように大きなため息を1つ。障害により撤退が不可能であれば、その障害を排除するしかない。
黒と銀、二丁の愛銃を取り出したヒューズは、その銃口を地表で構えるブラストへと突き付けた。
「真実を知りたがる貴方を止める権利は私にはありません。しかし、今ここで『イヅナ』に、『法務部』に、時間を取られている暇など無い! ……参ります!」
「上等ォッ! アンタを叩きのめして真実を聞き出すさ!
ブラストの号令に呼応して、両手に構える蒼刀と鋼剣の威圧感が膨れ上がる。
対するヒューズは、獲物を狙う猛禽のごとく爛々と目を輝かせて一直線にブラストへと急襲する。
彼我の距離は直線距離にして約10メートル。スラスターを全力展開させたヒューズにとっては、迎撃の隙を与える時間さえない距離だ。
爆発的な加速をその身に受けながら、正面に突き出した双銃のトリガーを引き絞り乱射。自らが生み出した弾丸と共にブラストへと肉薄する。
その挙動に反応してみせたブラストは、早々に回避を捨てた。
堅く握り締めた柄がギシリと音を立てるが、ブラストは構うことなく鋼剣を振りかぶりヒューズを迎え撃った。
無数に撃ち出された銃弾が
ヒューズは一瞬のタイムラグなど気にも留めず、障壁を蹴り破った体勢のままブラストの頸椎を砕かんと迫る。
そのタイムラグを計算に入れて戦術を組み立てていたのはブラストの方だった。
障壁は破壊される前提で、初撃の銃弾を受け止めきれたらそれでよし。
生み出したコンマ数秒の時間は、義手の人工筋肉を限界まで引き絞るためのもの。
己の生命を刈り取らんと迫る剛脚に向けて、ブラストは全身全霊の力を込めた鋼剣を振り抜いた。
突風と極光、極限まで練り込まれた2人の力を投影した鋼剣と剛脚がぶつかり合う。
ビシリ、と音を立てて、ブラストが踏みしめていたアスファルトに亀裂が走る。
放射状に広がった亀裂は更に大きくなり、ブラストの足を中心にして陥没。姿勢を崩した彼に、質量と重力加速度のピンポイント爆撃とも言うべき重圧がのし掛かる。
「オラアァァッ!」
それでも、崩れた体勢をそのままに裂帛の気合いと共に鋼剣を一閃。生じた真空波でヒューズの装甲服の表面に裂傷を刻みながら、上空へと弾き返す。次いで煌くは右手の蒼刀・風舞断。更に一歩前に踏み込み姿勢を回復し、鋼剣を振り抜いた勢いのままに縦回転斬りの追撃を放った。
「いい太刀筋だ。……だが、こんなものか? 一課のエースの力は!?」
ヒューズは剛脚が弾かれた時点で装甲服に忍ばせておいた予備の反重力ユニットを起動。
鋼剣のフルスイングと蒼刀の斬り上げによって発生した衝撃を吸収すると共に、その衝撃をも利用して再び上空へと舞い上がる。
重ねて空を覆う忌々しい電磁フィールドへ向けて、最後の反重力ユニットを投げつける。
ユニットは電磁フィールドに弾かれて発動。ヒューズは発生した力場を足場にして空中で方向転換。
ユニットに吸収されたスラスターの加速とブラストの剣撃に加え、更に更に再びスラスターの全力展開。3重に乗せたスピードとパワーは遂に音速に迫る。
「黒刀二連――」
その全てのエネルギーを抜刀した黒刀に集約して、ヒューズはブラストへと斬り込んだ。
「ハッ! そんなに俺の力が見たいなら、
ヒューズが方向転換のために要した刹那の合間に、ブラストは鋼剣を左腕の
「四ノ型――」
紫電を纏った
「――鉤爪!!」
「――
電磁加速された鋼剣の鎗と音よりも速く振り下ろされた黒刀がぶつかり合う。
「ぐうぅぅっ!」
「おおおぉぉッ!」
空中で斬り結んだ刃と刃。その勝負に軍配が上がったのは、ブラストの方だった。
突き込まれた鋼剣は振り下ろされた黒刀の1本を弾き飛ばし、背部スラスターの片方を掠めて空を覆う電磁フィールドを突き破る。
均衡を崩された電磁フィールドが消滅していく中、ヒューズとブラストは互いに残った刀で鍔迫り合ったまま地面へと激突した。
「勝負あったぞ、『黒死鳥』! さぁ、真実を話してもらおうか」
「ええ。この勝負、私の勝ちです」
「なに……ッ!?」
鍔迫り合いでヒューズを押し込んでいたブラストが、舌打ちと共に飛び退る。
一瞬の間を置いて、ブラストがいた場所をヴォンッと音を立てて20mm弾の掃射が駆け抜けていった。
「助かりました。アーノルド」
「アンタには借りがあった。それを返しに来ただけだ」
残った黒刀を支えに立ち上がったヒューズの傍らに、重たい音を立ててアーノルドが着地する。
全身を覆っていた強化装甲服は所々が破け、サイボーグ化された地肌は煤に塗れている。肩に装着していたミサイルポッドは片方が外れ、もう片方は開閉が上手くいかないのか時節火花を散らしている。
満身創痍とも言える姿だが、それでも彼は戦友を救出するために戦場へと舞い戻った。
「さて。さしもの貴方でも、私の相手をしながらバルカン砲を凌げるとは思いません。ここはひとつ、撤退しては頂けないでしょうか?」
ヒューズの顔とアーノルドが構える
「興が醒めた。ま、元よりアンタを殺す気も無かったけどな。撤退でも何でもしてくれよ。……今度はこっちから出向いて潰してやる」
「それは勘弁願いたいですねー」
物騒なことをサラリと言ってのけるブラストに、ヒューズはあぁそうだ。と小さなチップを投げ渡す。
「これは……?」
「傭兵派遣企業“バード商会”所属、B級傭兵【
個人的には平和的な食事会が好みですがね。と付け加えて、ヒューズは彼に背を向けた。
【鎧の男】は
10年前。かつて【I.P.E.】の黎明期に存在した『
「帰還しましょう、アーノルド。彼にはもう、戦闘継続の意思はありません」
「お、おぅ。だがすまねぇ。アンタを助けに来るために、スラスターの燃料は使い切っちまったんだ」
「私の予備燃料を使って下さい。貴方の大型スラスターなら私ごと運べるはずなので、一緒に連れ帰って頂けると助かります」
出撃時に増設しておいたプロペラントタンクを取り外し、アーノルドに手渡す。
破損したミサイルポッドをパージして軽量化した彼に掴まって、ヒューズは無事に【I.P.E.】の本社から帰還したのだった。
アーノルドと呼ばれた男と共に撤退していく『烏』の隊長を見送りながら、ブラストは小さなチップを握り締めた。
探し続けていた『10年前の事件』の真相。その手掛かりを遂に手中に納めたブラスト胸の内は、複雑怪奇の様相を呈していた。
『今撃てば、2人とも殺せる……』
物思いにふけり視線を落としていたブラストに無愛想な相棒が声をかける。
『いや、いい。残存するドローンの掃討に当たってくれ。俺もすぐ行く』
『……了解』
ビルの上から飛び降りた影にチラリと視線を飛ばして、【I.P.E.】のエースも残る戦場へと歩き出した。
こうして、後に【I.P.E.本社襲撃事件】と名付けられた戦いは幕を閉じた。
事件の首謀者を【I.P.E.】が血眼になって捜索したが、襲撃の目的共々、真相が公になる事はなかったという。
【鎧の男】に引き寄せられ死闘を繰り広げた2人の男たちだけが、迫り来る波乱の幕開けを感じていた。
-RAY.D.FUSE- will return.
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